第9話 会話記録「作戦012前」

 メキとの出会いから数週間が経過しました。

 この数週間で様々な拠点を経由しました。いえ、拠点とは言えないほどの粗末なものであったことは確かでしたけれど、食料と水ぐらいは最低限確保していました。


 森の中、洞窟の中、山の中腹、谷の底といった自然を利用した物を中心として、私達は生活をつづけました。人込みに紛れるには、私の魔力反応は大きすぎましたし、そう都合よく廃棄された何かしらの施設などはなくて、拠点を転々とするしかありませんでした。


 その道中で、アリスの情報も探します。

 私が目を付けたのは、軍事施設でした。正確には、軍事施設にある情報統合管理地点への強い接続権限を持った魔導機械です。そこから情報統合集約管理に接続できれば、情報を抜き取ることができます。

 情報統合管理地点には本国に関する情報なら全てがあるはずです。アリスの情報もあるでしょう。問題は、接続権限はあっても権限にも強さの段階があります。弱い接続権限では汎用魔導兵器の詳細情報にすら接続できないでしょう。


 しかし未だに私の天使の輪の修復率は3割前後です。全力戦闘はまだまだ難しいですし、魔力要求値の高い兵装を使うのは難しいでしょう。そう何度も戦闘はできませんし、私がまだ存在しているとばれるのも困ります。

 だから、よく吟味し、そのうえで最低限の動きで情報を入手したいところです。


「いよいよだな」

「えぇ。これまで、色々助かりました」

「いや、あたしは何もしてないぞ」


 メキはこういいますけれど、2人であるというのは相当楽でした。安全な場所の確保や、情報の精査、私にはできないことも彼女にはできました。それに一番大きかったのは、誰かがいるということです。

 メキを助けているという実感が、私を助けていたのです。改めてそう思います。彼女を助けていなければ、人を助けるべきという私の在り方は否定されていたでしょう。


「……ていうか、これで終わりじゃないだろ?」

「そうですね」


 今回の作戦は、あくまで情報統合管理地点との接続権限を確立し、情報を得ることだけです。そこが終着地点ではなく、アリスを助けることが私の最終目標ですから。


「結局、地点023にしたんだな」

「えぇ。この辺りでは一番大きな塔がありますし、おそらくですが強力な接続権限が与えられていることでしょう」


 地点023。それが今回、私達が侵入する予定の施設です。

 4年前には存在していなかった施設で、運び込まれた物資を見る限りでは、軍事兵器製造を行う工場のような場所です。


 施設自体の大きさは私の造られた研究所の数倍はあり、近くには巨大な塔が立っています。あれは通信塔でしょう。通信塔の大きさと接続権限の強さは大抵相関関係にありますから、それなりの接続権限があることが予想されます。


 それに加えて、人の行き交いがありません。無人の工場だと推測されます。無人であればかなりやりやすくなりますから、ここを攻撃目標と設定しました。


「予定通り、侵入します。なるべく荒事は避けたいです」

「わかった。しかし、あたしも行く必要があるのか? シイナだけのほうがうまくいきそうだが」

「いえ、あなたの魔法の力が必要です。嫌であるなら、無理にとは言えませんが」


 彼女の魔法は、魔力に対して干渉可能な魔法です。その魔法があれば、魔力的防御を施された扉や装置を一時的に無力化することができます。また魔力的な鍵を持たない私達でも機器を使用することも可能になります。私にはない技術です。


 私は魔力への干渉能力は与えられていません。そんな兵装は4年前は存在していませんでした。今でもあるかはわかりません。4年前にあったとしても、私に与えられた兵装は破壊するための兵装又はそれを補助する兵装であり、そんな機器への干渉機能を意図した兵装は実装されなかったでしょうけれど。


「それなら、行くけどよ。シイナみたいに、高速移動もすごい魔法も使えないぜ? これでも、施設では結構上位の魔法使いだったんだけどな……」

「私は特別性ですので」


 こういう言い方は悪いのですけれど、量産型汎用兵器である魔法使いでは、限定特化型兵器である天使との性能差が大きいのは仕方のないことでしょう。設計思想が違いますから。それに私の目的は人を助けることなのですから、人が私を必要としないほど強くては困ります。


「まぁそうか。所詮、私も人の子か……いや、違うんだっけ?」

「そうですね。魔法使いは、人型魔法生物として造られたという説が濃厚です」

「あんまり実感ないけどな」


 メキは自分が、魔法使いが、人工生命体であるとは知らないようでした。魔法使いはそうは知らされなかったようです。そうしたほうが扱いやすかったのでしょうか……最初から人格を弱く設定しておけば良いようにも思いますけれど。

 けれど、そのおかげでこうして協力できているのですから感謝するべきかもしれません。


「……で、どんな作戦でいくんだ?」

「基本的事項として、2人行動かつ短時間で作戦を終了させます。作戦目標は接続権限の獲得です。その時に障害となるのは、警備用の魔導兵器と機器にある魔力的防御でしょう」


 手のひらから、地面の上に地点023の暫定見取り図を表示させます。光による簡易的なものですけれど、これならメキも同時に見ることができます。これだけで


「この赤点で表示された18か所が監視用自立飛行機、そして青点の10か所が戦闘型魔導兵器のいる場所です。これらをすべて回避するのは不可能ですので、すべて無力化し、侵入します」

「そういえば、地下から行くって話も合ったよな? あれはどうなったんだ?」

「そちらの作戦は廃棄です。地下の情報が不足しているため危険であると判断しました」


 私1人であれば、多少の無理は大丈夫ですけれど、隣がメキをつれていくとなれば、それはできません。急に敵性魔導兵器と遭遇した場合、地下で火力の高い兵装を使えば、メキもただではすまないでしょうし。


「そうか。あ、ごめん。話を折ったな」

「いえ……話を進めますが、無力化すれば、すぐに異常が伝わるでしょう。その援軍が来るまでが時間制限です。それより前に脱出しましょう。施設内にも、警備用の魔導兵器があるでしょうけれど、そちらに関しての情報はありません。会敵しだい無力化しておく方針です。

 ここから1番近くの軍事基地からはどれだけ急いでも1時間程度はかかります。よってその1時間を制限時間とします。1時間以内に、通信装置のある場所まで侵入します。

 肝心の通信装置の場所ですが、ここからでは地下にあるということしかわかりませんでした。なのでまずは地下へと向かうことになるでしょう。そして、通信装置を見つければ、接続権限を確立。そして情報を入手します」


 単純な作戦です。

 守っている兵器をすべて無力化し、その間に情報を入手する。それだけです。


「開始時刻は?」

「明日です」

「あたしがやることは?」

「私についてきてください。また魔力的防御の突破ですが、これは私が指示をします。状況によっては、戦ってもらうこともあると思いますが」

「わかった。それじゃあ……明日、だな」


 本当は今日でもいいのですけれど、人には準備が必要でしょうから明日にしました。一日でも早く動いた方がいいのかもしれませんが、急いではことを仕損じるかもしれませんから。

 これでも大分急いだとは思います。一応一カ月程度は様子を見ましたし、その結果、この施設であれば、作戦は成功すると踏んでいるのですけれど。


「不安か?」


 メキがそう問うてきます。

 そんなことはありません、と咄嗟に答えそうになりますけれど、ふと疑問が浮かびます。

 

「……わかりません。私は、不安なのでしょうか」

「私にはそうみえるけどな」

「しかし、私は兵器です。そんな機能はないはずですが」


 私の言葉に、メキは少し笑います。彼女の笑っているところを初めて見た気がします。何かおかしいところでもあったでしょうか。


「そんな風に思ってたのか。でも、あたしの目にはそういう風には見えないけどな。シイナにも感情があるように見えるぜ」

「そうですか?」

「あぁ。気づいてないのか? 嬉しそうにしている時も、悲しそうにしている時も、たくさんあったぜ? そして今は不安そうだ」


 気づきませんでした。私の姿は私には見えません。

 もしかして、本当にそうなのでしょうか。


 私の中で情報を整理してくれている彼女は、シイナちゃんは自我が育っていると言いました。その影響なのでしょうか。その可能性は高そうですけれど。


「しかし、不安では困ります」


 不安は、疑問を呼びます。

 疑問を持っていては動けなくなってしまいます。

 もしも作戦行動中に動けなくなれば、致命的でしょう。


「そうだけどな。仕方ないことだろ? 誰だって不安になる。戦いに行くときはな」

「メキも不安なのですか?」

「そりゃ、そうさ。あたしも不安だ。特に最初の戦いのときなんて酷いもんだったぜ」


 懐かしいなと、彼女は遠くを見ます。

 魔法使いもそのような感情を抱くことは知っていましたが、改めると不思議です。戦闘用の兵器が戦いに対して不安を抱くことがあっていいのでしょうか。

 私が言えた話ではないですが。


「でも、不安は消えない。絶対に消えてくれない。ただ誤魔化すしかない。見ないふりをして進むか……時間に背中を押されるか。どっちかだな」

「つまり、どうすればいいのでしょうか」

「どうしようもないってことだよ。まぁ、なるようになるさ。これは気休めだけどうよ……竜をあしらえるなら、あんな奴ら余裕だろ?」


 どうしようもない。

 そうなのでしょうか。この不安はずっとあるのでしょうか。

 たしかに絶対の安全などはないのでしょうから、そうなのかもしれません。


 そして時間が私の背中を押し、明日が来ます。

 作戦開始です。


 

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