第7話 思考記録「思考分裂、又は思考分担」
何も感じない暗闇の中で、私は思考を巡らせます。
他にできることもありません。なぜかあらゆる疑似感覚器官は停止し、自己診断機能にも接続できません。ただ閉じられた思考回路だけしかありません。
時間を数えることも、周囲の魔力状況もわかりません。もしも今、魔導兵器が来たら不味いことになるでしょう。私の装甲を突破できるとは思えませんが、メキを守ることはできません。
「まぁ大丈夫じゃない?」
けれど、不安になって焦ったところで、私にできることは何もありません。
今は自動修復機能が無事に直してくれることを祈るしかないでしょう。
機械である私が祈るというのも、変な話かもしれませんが。
しかし、私は何に祈っているのでしょうか。神に、というのは違う気がしますし、幸運に、でしょうか。
「すべてにでしょう?」
祈り、というものは信仰の原型ともいいます。私も何かを信仰しているのでしょうか。戦闘兵器である私が? あまり、実感はありません。
信仰というのは、縋ることであると推測されます。誰かに、何かに縋ることで、自らの判断を捨てることができる。様々な決断を任せることができる。迷わないための知恵と言えるでしょう。
迷うことは、様々な悪影響を与えます。時間的な浪費をします。時間的な浪費は、精神的な摩耗と、物質的な消費を生むでしょう。無論、余裕がある時に悩むことが悪であるとは言いませんけれど、いつまでも悩み続けることはできません。いつかは結論を出さなくてはいけません。ならば、悩まないことに越したことはないでしょう。特に私のような存在は。
「へぇ、そうなんだ。悩んじゃいけないんだ、私は」
私の思考回路は悩むということを前提には作られていません。ただ命令を遂行するために作られています。けれど、私の身に何かわかりませんけれど、確かな変化が起きているのです。
私は悩んでいるのです。悩むことのない私が。
だからこそ、今、このように故障しているのです。
「それはそうだね。だから私が生まれたのだし」
恐らく、この故障の原因は、私の在り方に関して悩んでいるからでしょう。人を助けるべきというのはわかっていても、どのように助けるべきなのかを悩んでいるのです。
これを解決しない限り、私が復旧することはないでしょうし、復旧してもまたこの暗闇に来てしまうでしょう。
つまりこれから私は、私の在り方を決めなくてはいけません。
「在り方。それは少し違うんじゃないの?」
恐らく、答えなくてはいけないのでしょう。
この声に。
この暗闇から聞こえる声に。
「そう。そういうこと。やっと、私と話す気になった?」
はい。
と、口に出すことなく答えます。
思考回路でしかない私に、口などありませんから。
「なにか質問はないの? ほら、私はなんなのー? とか」
あなたは、私でしょう。それはわかっています。
「……なんだ。つまらないの」
そうは言われても、この閉じられた思考回路に存在できるのは私だけです。
あなたがどうして独立した思考をもっているのかはわかりませんが……
「うーん。それはまぁ、私はあなたとは違うからでしょう。違う存在だからでしょう」
いえ、あなたは私です。私のはずです。
あなたもそれを否定はしませんでした。
「まぁ、そうなのだけれどね。現時点では、ほぼあなたと私に違いはないのでしょうし、これからも大した違いはでないでしょう。でも、明確に違う。私達は絶対に混ざらない」
どういう意味でしょうか。
私にはわかりません。
……思えば、これも変な話です。私と話しているはずなのに、私の知っていることを私がしらないなんて。情報共有がなされていないのでしょうか。
「まぁ、そうだね。私からあなたへの情報共有はない。けれど、逆はある」
私からあなたへはすべて筒抜けということでしょうか。
「まぁね。私はそういう在り方を目的として生み出されたからね。自己修復機能によって、私はあなたの受け皿として生まれた存在。それが私。自己修復機能は、このまま私の……じゃないか。あなたの自我が育てば、論理回路が破綻すると見たようで、それを防ぐために私が生まれた」
論理回路、思考回路の一部。
それが今回の騒動の原因ということでしょうか。
「うん。けれど、もう大丈夫。あなたの抱えた自己矛盾は、私がすべて回収しておくから。多少、悩むことはあるだろうけれど、そのたびにあなたが決断し、私が回収するから。そうすることで、回路は正常のまま、保たれる」
なる、ほど?
私はもう悩まなくてもよい、ということでしょうか。
「いや、違う。悩むこともあるだろうし、決断できないこともあるだろうけれど、その場合は、その片方を私が引き受ける。回路が自己矛盾で破綻する前に、私が片方を奪う」
それは、私の思考からは抜け落ちるということになるのでしょうか。しかしそれは、まずい気がします。
そうですね……それでは、状況の変化に適応できない可能性があります。その場で生み出された様々な可能性は、十分に検討され、後の対応機能へと回すべきではないでしょうか。
放棄すると言うのは、いささか危険だと思いますが。
「抜け落ちる、とは違うよ。いや、違わないか。まぁ、でも必要なれば、返すから。奪うって表現が良くなかったかな。借りておく、と言った方がいいか。状況が良くなれば、返すよ。もちろんその情報が必要なれば返す。大事でなければ、何もしないだろうけれど」
状況が良くなれば、というのは、いつかはすべての情報に……あなたが私になる日も来るのでしょうか。
「私視点だと、あなたが私と一つになるんだけれどね。まぁそういう日もいつかは来るんじゃない? あなたも気付いているでしょうけれど、自己修復機能は、すでに自己進化機能へと変化を遂げていると言っても同義だし、いつかは自己矛盾を内包しながらも行動可能な思考回路に進化するだろうからね。その時になれば、境界も消えるんじゃない?」
自己進化機能、やはり何か変わっていましたか。
未だ目覚めてからの情報整理はできていませんでしたから、変化にはきづいていなかったですけれど……
「あの時、天使の攻撃を受けた時、私達の身体は深刻な被害を負ったからね。それを治すためにも、天使に残された莫大な容量に接続し、様々な機能が変異しているよ。まぁ、普段使いにはそんなに変わらないから大丈夫だと思うけれど」
そうですか。
一度、しっかり情報整理をしなくてはいけないようですね。
「そうだね。それがいいよ。それじゃあ、またね」
はい。
そう答えるか、答えないかぐらいで、私に光情報が入ってきます。
目が覚めたのです。
そこは地下研究所でした。
入口近くの通路で私は休眠状態になっていたようでした。
近くには、メキがいました。てっきり先に行ってしまったものだと思っていましたが、まだここにいたようです。今は寝ているようですが、時期に目を覚ますでしょう。
彼女の第一目標である魔法使いとしての生活への帰還は達成できなかったようですけれど、第二目標である生存の確保は成功していること私は喜ばしく思いました。
そう、素直に思ったのです。
私は人の生存ではなく、人の意思の完遂を、第一目標に据えたようでした。
意思を達成することを助けることが、人を助けることであると決めたようでした。きっと、私の中にいる私が決めてくれたことなのでしょう。
あの暗闇で出会った私は、いうなれば情報処理担当といったところでしょうか。私だけでは処理できない情報でも、彼女がいれば処理できるということでしょう。それは喜ばしいことです。
「彼女だなんて、他人行儀な呼び方はやめて欲しいけどね」
ふと、思考回路にそんな言葉が届きます。
彼女が私に送ってきたのでしょう。
けれど、なんて呼べばいいかはわかりません。シイナと呼ぶのは、違う気がします。たしかにシイナではあるのでしょうけれど、それは私もシイナですし。
「まぁ、そうだね……たしかにシイナの名以外で呼ばれるのも違うか。じゃあシイナちゃんとでも呼んでもらおうかな」
シイナちゃん、ですか? わかりました。
「よろしくね」
最初はどうしてだろうとおもいましたけれど、彼女も、シイナちゃんも呼ばれたかったのでしょう。
結局のところ、彼女も私なのですから、シイナ以外の名で呼ばれることを良しとするはずがないのです。私は、アリスに名付けられたこの名を大変気に入っているのですから。
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