第6話 思考記録「思考回路における脆弱性」

 無数の魔導兵器が地平線の向こうから現れます。

 まだ遠くて、詳しい魔力反応がわかりませんが、魔導戦艦が15機はいます。上位汎用魔導兵器も多く見えます。大戦力です。

 そんなものが、こちらへと進んできています。


 私達のことがばれたのでしょうか。

 そう考えますけれど、それはほぼないと認識を改めます。


 今まで私は監視装置や、魔力反応には気を付けて行動しましたし、天使である私の索敵をかいくぐれる魔導兵器がそう簡単にいるとは思えません。


 それに、私という天使がいるということを知っているなら、あんなにたくさんの戦力はいりません。私を倒す、つまり天使を倒すのであれば、どれだけ魔導兵器を用意しても意味はありません。私がどれだけ弱体化していると言っても、最低でも魔導戦艦を数十機用意しなければ、相手になりません。


 けれど、これは敵に天使がいない場合です。天使が敵なのであれば、私の索敵をかいくぐることなど用意でしょうし、弱体化している今の私を倒すことなど造作もないでしょう。

 なお、その場合は、あれだけの戦力を用意した理由がわかりません。なぜなら、天使一機で制圧が可能なのですから、戦力を失う危険を負ってまで、あれだけの戦力を引き連れてくるとは思えません。


 これらの分析結果から、魔導兵器の大群が私達を狙ってないと推測します。けれど、それは私達の安全を多少は保証することにはなれど、あの大戦力の目的が分からないということでもあります。


 ひとまずメキを起こさなくてはと、地下研究所へと走ります。

 急いで入口に近づくと、彼女はすでに起きていました。起きて、魔導兵器の大群を見つめていました。


 彼女に現状を説明しようと近づこうとしたとき、彼女は私に気づいたようで、こちらに視線を向けます。その目は、その顔は、怒りに満ちていました。


「騙した……? 助けるつもりなんてなかったってことだろ?」

「いえ、違います。そんなつもりはありません」

「じゃあ、なんだってたんだよ! あいつらはなんなんだよ! どうしてこっちに向かってる?」


 メキは怒りを私にぶつけます。

 返答になる反論を考えます。けれど、彼女に問いに対する答えを私は持ちません。どうしてあの魔導兵器がこちらに向かっているかなど、わかりません。

 しかし、彼女を狙っていないことの証明ならば簡単です。証明と言っても、その確率を著しく下げる推測でしかないのですか。


「メキ、落ち着いて聞いてください」

「あぁ!?」

「あなた1人を殺すのに、あんな戦力はいりません。私1人でも可能です。つまり、騙す必要はないのです」


 捉える場合も同様でしょう。と言葉を続けます。

 こんな言い方はあまり好ましいものではないのでしょうけれど、今はすぐにでも冷静になってもらわなくては困ります。


「それは……! そうか……そうだな……すまん。冷静じゃなかったか……」

「いえ、仕方のないことでしょう」


 彼女の怒りは私視点では理不尽なものにも感じますけれど、彼女の立場に立てば、そこまでおかしいというものでもありません。

 10日も1人で荒野を歩き、手持ちの食料と水は減っていく恐怖と戦った末に、私という魔導兵器に出会い、食料と水を手に入れたと思えば、新たな敵が現れたのですから。手引きしたのではないかと疑問を持つのも当然です。


 精神が乱高下したことぐらいは私でもわかります。

 神経が多少おかしくなっても不思議ではありません。


「少し、地下に行きましょう。外では危険ですから」


 地下研究所は静かで、まるで外の喧騒など、何事もないかのようでした。

 静かな場所ですけれど、この場所からでも外の情報を伺い知ることは可能です。そのために、管制室へと向かいます。

 管制室も案の定地上部分の半壊によって、大部分の機能は欠損していましたけれど、まだまだ使える部分はります。あまり強力な測定機は、逆探知の恐れがあるので使えませんけれど、簡単な魔力濃度測定機と映像記録機だけでも十分です。


「このままの速度であれば、残り1時間ほどで頭上を通過します。しかし、恐らくですが、私達には気づいていないでしょう」


 万が一ばれていたとしても、私が負ける相手ではないと思いますが。


「けれど、ならどうしてあいつらが?」


 再度、メキは私に問います。

 今度は多少穏やかに。けれど、確かな焦りとともに。


「正確な目的はわかりません。けれど、素直にとらえるのであれば、戦いに行くのでしょう」

「戦い?」

「はい。10日ほど前まで、ここは戦場だったのでしたら、再度ここが戦場になることもあるでしょう」


 冷静に再検討してみれば、なんてことはない、単純な推論が生まれます。

 メキが1人取り残されたのは10日ほど前と言っていましたけれど、それでこの戦場が決したかはわかりません。いえ、まだ戦線の綱引きは行われている可能性の方が高いでしょう。

 だから、魔導兵器は来たのです。戦うために。


「じゃあ、ここにいたらまずいんじゃねぇか? 戦場になるんだろ?」

「はい。けれど、これは好機です」


 好機、良い機会です。

 何が良いのかと聞きたそうな、メキに対して説明を加えます。


「ここが戦場になるのであれば、彼らも来るはずです」

「彼ら?」

「魔法使い達です」

「あ! たしかに」


 この場所の勢力図がどうなっているかは不明ですが、10日前まで争っていたのであれば、今回も争いにくるはずです。そうなれば、隙をみて、メキを合流させることが可能かもしれません。


「けど、いいのか? まだあたしは、あんたになにも返せてない。アリスを探すのを助けるって約束したのに」

「その程度は問題ではありません」


 たしかにアリスの救出は私の主目的ですけれど、元々、それは私1人でやるはずであったことですし、メキの安全を確保するのは、私の望みでもあります。

 私は、誰かを助けるためにいるのですから。


「う」


 ふと、思考に違和感を感じます。

 故障でしょうか。いえ、思考回路は正常に稼働しています。

 どうしてでしょう。何かを、見落としている、気がします。なぜでしょうか。身をとしているでしょうか。私は。


「それじゃあ、ここを出た方が良いってことだよな」

「そう、ですね」


 メキが立ちあがり、地下研究所の入口へと戻っていきます。

 それを眺めながら、私は違和感の正体に気づきます。


 彼女を外に出し、彼らの、魔法使い達の元に戻すというのは、戦場に戻すということです。それは本当に安全なのでしょうか? いえ、そんなことはないでしょう。そんなわけはないでしょう。


 戦場というのは危険なものです。

 簡単に命は消える場所です。

 そこに彼女を送ることが、彼女を助けることになるのでしょうか。

 命を助けることになるのでしょうか。


「しかし」


 しかし、そうです。

 メキは、帰りたいと言いました。

 それが彼女の望みであると認識しています。

 魔法使い達の元に戻りたいと、彼女自身が言っているのです。ならば、私はそれを助けるべきなのでしょうか。


 人を助けるために、私は生まれました。

 けれど、どちらが人を助けるということになるのでしょう。


 わかりません。

 どちらを優先するべきなのか。

 わからないのです。


「あ」


 その時、何かが割れる音がしました。

 そして、私の視界は揺れ、身体が横に倒れたことに気づきます。しかし、視界以外の感覚器官は軒並み応答を停止し、音も触覚も何も感じません。


 それでもメキが何かを言って、私に駆け寄ってきていることには気づきました。

 彼女の心配そうな顔を見て、アリスが私に見せたことのある顔をみて、私は同時に2つのことを思いました。


 この千載一遇の好機を逃してはいけません。早く、外に出なくては。

 絶対に外に出てはいけません。あなた1人では死んでしまいます。


 そして、視界が暗闇に閉ざされました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る