第5話 探索記録「魔導研究所000跡地」

 メキと助け合いの関係(協力関係といった方がしっくりくるでしょうか)をむすんでから、とりあえずは安全確保から始めることにしました。私はともかく、彼女には休息し、身を隠せる場所が必要だと考えたからです。

 また尽きていた食料と水の調達も考えなくてはいけませんでした。これも彼女は食べなくては死んでしまうからです。手持ちの食料はすでに残り一つまで減っていて、これも早急な対応が必要です。


 その両方を解決するため、私達は行動を開始しました。

 ひとまずは研究所を目指すことします。


「そういえば、どうして私が魔導兵器だと気づいたのですか?」

「最初からさ。普通の人はこんな場所に一人でいないだろ? そして魔法使いというわけでもなさそうだ。なら、魔導兵器しかない。そう考えたわけだ」


 いわれてみれば、そうかもしれません。私の偽装は不完全だったということでしょうか。よくよく考えてみれば、私の見た目は少女に過ぎないのですから、こんな何もない荒野に一人でいる時点で、疑われるのは仕方のないことかもしれません。


「それにな。人であれば、頭の上に輪っかなんて浮いてないぜ」


 それを言われると、何も言えません。

 この輪も隠せるのなら、隠しておきたかったですけれど、これはどうしようもないものです。この輪があってこその天使でもありますし。


「それにしても、随分と精巧に作られてるよな。ここまで人に似た魔導兵器は初めて見たぜ」

「私も同一種類以外に人の姿を模したものがあるとは聞いていません。私達がこのような姿をしているのは多分、特別だからでしょう」

「特別?」

「ええ。詳しくは言えませんが」


 特別な魔導兵器に、特別な外装をつけ、外観を人に似せる。

 それは人が人を特別だと考えているからでしょう。

 人とほぼ同じ大きさで、魔導戦艦を超える出力と武装を持つ天使。それを人に似せる意味はほとんどなかったはずです。それでも人の形に似せた。

 やはり人は、人であることに誇りを持っているのでしょう。


 そう私は推測しています。魔導兵器開発者たちが、どのような思いであったかは知りませんけれど、私の推測ではそうだと考えています。


「よく考えれば、こんな風に話せる魔導兵器ってのも珍しいのか? それとも、あまり試そうとも思ってなかったが、他の奴らも話せるのか?」

「話すことは可能でしょうが、私ほどの自由権は与えられていないでしょう。規定に沿った会話しか行えないものがほとんどです」


 そしてメキのような魔法使いが話せば、すぐに攻撃されるだろうとも付け加えておきました。大抵の魔導兵器には識別機能がついていますから、よっぽどうまく隠さない限り、魔法使いであることはばれます。

 魔法使いであることがばれれば、戦闘は避けられないでしょう。魔法使い、というか魔力のある生物を敵として捉え、殲滅するのが魔導兵器の基本的な目標なのですから。


「そりゃ、恐ろしいことだ」


 私の話を聞いて、彼女はそう答えました。

 恐ろしいこと。魔法使いは、そう言った感情を持つ。

 情報としては知っていても、目の当たりにすると不思議な気分です。それは兵器に必要なのでしょうか。


 魔法使いに関しての情報は、4年前の、しかも本国の取得した情報しかないわけですから、あまり正確な情報とは言えません。しかし、それでも魔法使いがほとんど人と変わらないことはわかっています。


 成長が早く、寿命が短い。

 数種類の魔法を使う。

 魔力を多く持ち、操作する。


 しかしそれ以外はほぼ人と変わりません。

 兵器としては欠陥だと言わざる負えないでしょう。感情を持ち、己の意思で動く。流石に離反への対策はしているでしょうが、不安定な事には変わりません。さらに言えば、魔法使いも子を成すことができます。勝手に増えてしまうのです。

 そんな危険で、不安定な兵器を運用しているのは正気とは思えませんけれど、それでうまくいっている秘訣のようなものがあるのでしょうか。


 魔法使いは兵器として造られたものではない。そう推測したほうがしっくりとはきます。子を成し、自由意思がある。新たな種族として、良き隣人として作られた……そんな筋書きのほうがしっくりきます。


 それはそれで、どうして兵器として運用されているのかという疑問には答えられないのですけれど。


「ここです。この場所のはずです」

「こりゃ、酷いな……」


 4年ぶりの研究所は、私が生まれ、アリスとともに育った研究所は、原型をとどめてはいませんでした。研究所の焼け跡は、半分ほどが倒壊し、廃墟とかしていました。流石にあの火事だけで、こうなるとは思えません。私を倒してから、再度研究所を破壊したのでしょう。


「行きましょう」

「お、おい。こんな状況で何か残ってるのか?」

「地上には何もないでしょうが、地下は無事かもしれません」


 創造主は攻め込まれることを想定していました。その一環で、籠城兼隠匿用の地下研究所を用意していたはずです。結局、それが使われる暇もなく、創造主は死に、私は敗北し、アリスは誘拐されてしまったわけですが。


 半壊した研究所の中へと侵入します。

 一応、敵の存在に気を付けながら進みますが、幸い何にも遭遇することはありませんでした。


 ここは私の思い出の場所です。たくさんの記憶が、この場所で記録されました。その大半がアリスとのものです。それらはすべて私の大切なものです。

 これがなくては、きっと私を私だと認識できないでしょう。


 一緒に食事をした部屋は、焼け落ちていました。

 一緒に寝た部屋は、瓦礫の下敷きになっていました。

 一緒に笑った、笑いあったはずの日々の影も形もありません。


「あ……写真です」

「しゃしん?」


 とある部屋の、創造主がよく使用していた部屋で写真を見つけます。何かわからない様子のメキに、風景を保存できるものであると説明しながら、写真を眺めます。


「それが、アリス、か? 女の方だよな」

「はい。そうです」


 そこにはアリスが写っていました。私に会うよりも前の姿で、随分と幼い姿でしたが、それがアリスであることは疑いようがありませんでした。

 もう1人見知らぬ人が写っていましたけれど、それがアリスの父であることは少し考えればわかりました。そこに写るアリスとアリスの父は、少し恥ずかしそうに、けれど幸せそうに笑っていました。


 その写真を丁寧に折りたたみ、体内の小さな格納庫へと収納します。


「次に行きましょうか」


 様々な部屋を抜けます。

 大抵は魔導兵器研究所らしく、兵器開発に関わる部屋でしたけれど、そのほとんどが機能を失っていました。そのあたりは特に入念に破壊されたようでした。

 けれど、目的の場所は無事でした。


「隠し扉か」

「よくわかりましたね」

「こういうのは得意だからな」


 そこは何の変哲もない通路です。けれど、この座標の地面に決められた波長の魔力を流せば。


「おぉ……」


 地面が動き、階段が現れます。

 それをみて、私は幸運であると思い、メキは感嘆の声を上げました。


「行きましょう」


 隠し扉と強力な装甲により守られた地下研究所は、火の手を逃れ、研究所を破壊した攻撃からも逃れ、4年前と同じように顕在でした。地下研究所とかっこつけたはいいものの、この場所はまだ準備途中でろくなものがあるわけではありません。

 けれど、最低限の食料や水ぐらいはおいたはずです。本当は兵装整備施設なんかもあればよかったのですけれど、流石にそこまでのものはありません。


 予想通り、地下研究所は食料がありました。

 近くの湖から引いてきた水もまだ生きているようで、水の確保にも成功しました。


「食べてみてください。もしかしたら魔法使いの口には合わないかもしれませんので、少しずつ」

「そんなことはないと思うが、まぁ一応な」


 私もそれはないと思います。

 それどころか、魔法使いは人より食べられるものが多いかもしれないという推測もあります。それでも一応です。


「うーん、毒って感じじゃないな。普通に食べれるぜ」


 メキは保存食料をぱくぱくと食べます。

 何の味もしない、あまりおいしくないものであると聞いていますけれど、彼女がそれを気にした様子はありません。当然と言った様相です。


「そうですか。それなら良かったです。一応、経過観察をしますけれど、とりあえずこれで食料と拠点確保は成功でいいでしょう」

「そうだな。ここにあるだけで、当分は生きていける」


 メキは食料庫をぐるっと見渡します。他の避難施設の食料庫に比べれば、そこまで大きいとは言えませんけれど、独りの人間が使うには大きすぎるぐらいでしょう。これで彼女を生き永らえさせるという第一目標は達成したと同義だと言っていいでしょう。流石に楽観した見方かもしれませんが。


「少し、眠る。今日は、疲れた」

「ええ。わかりました」

「……ありがとな。助けてくれて。起きたら、手伝うぜ。アリスのこと」


 そう言って、彼女は堅い床の上で横になります。そんな場所で寝付けるのかと心配しましたけれど、すぐに寝息が聞こえてきました。よほど疲れていたようです。

 考えてみれば当然でしょう。彼女の話では、10日以上も1人であの荒野にいたのでしょう。そんな状況では、満足に寝付くこともできなかったでしょうから。


 それを見届けてから、一度地下研究所をでて、地上部分の安全確保を行います。もしも魔導兵器が潜んでいて、運悪くメキと遭遇したりすれば、彼女はひとたまりもないでしょう。


 どんな小さな魔力反応も見逃さなように観測装置の感度を上げながら、研究所を一周します。けれど、幸いなことに魔導兵器は見つかりませんでした。


 大丈夫そうです。そう安心し、観測装置の感度を通常警戒に戻そうとしたとき、魔直反応を取得します。魔導兵器の反応です。


 敵です。一機ではありませんでした。あまり強いとは言えない反応でしたけれど、無数に出現しました。

 一瞬焦りましたけれど、その反応ははるか遠方からでした。


 魔導兵器の軍隊です。

 戦争用の魔導兵器たちが、こちらへとせまってきていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る