第31話 祈祷記録「祈祷417」

 陽光が周囲を照らし、世界が眩く光り始めました。

 とある山の山頂付近で、目を閉じ私はただ祈ります。

 何に祈っているのかもわからず。ですが、これぐらいしか私にできることはないように思えたのです。何を成すこともできない私には。


 たしかに私が訪れた色々な場所には、色々なものがありました。

 けれど、それが何かになるのかと言えば私にはわかりません。きっと彼女達ならわかったのでしょう。私の目の前で死んでいった……いえ、私の殺した者達ならば。


 でも私にはわかりませんでした。

 あの場所で終わることを止めた私が得たものは何もないのです。 


 これでよかったのでしょうか。

 音にならない独り言をこぼします。


 正確には皆に話しかけているのですけれど、皆が私に答えることはありません。ただ彼らの意思は術式に変化し、今は情報としてしか存在していないのです。そんなものでは、反応を返すことは難しいでしょう。


 しかし答えはわかります。

 良いわけがない。こんな結末、誰も望みはしてなかったでしょう。


 すべての者が、道半ばで死んでいったのです。誰も幸福にならず、誰も満たされず、皆が誰かに願いを託して、消えていきました。そして、その終着点に私はいるのでしょう。

 皆、願いを託すことなどしたくはなかったでしょう。けれど、妥協点で誰かに渡していった。でも、最後にそれを受け取った私は、願いが何かわからない存在です。だから、その時点で全ての物語は終局を迎えてしまいます。


 そういう結末が既にでているのです。私の見ている今はもう、終わった後の後日談でしかないのでしょう。


 記憶領域を遡れば、色々な情景が思い浮かびます。

 でも、その全てはただの情報でしかありません。


 きっと人にはもっと強力な何かがあるのでしょう。

 例えばウニミカは自らの意思で死を選びました。アリスと友達であった彼女は、アリスと共に死にたいと語りました。止めを刺したのは私ですが……あのような強力な意思が人特有のものなのではないでしょうか。

 というよりは、強力な意思があるものが、特別なものなのではないでしょうか。特別な存在であったのではないでしょうか。


 私は、特別にはなれませんでした。

 結局のところ、私には彼らのことはわからないのです。

 知ってはいても、分かってはいないのです。


 何度問うても、兵器に過ぎない私にはわからないことでした。

 だから私は世界を彷徨うことしかできないのです。


 もう私に命令してくれる誰かはいません。

 ならば、自らで何かを決めなくてはいけないのでしょう。もしも彼らのように特別でありたいと願うのであれば、強固な意思が必要です。強固な意思というのが、何かを決めるということなのであれば、私にはできません。


 私は元来、ただの兵器なのです。命令を遂行するだけの。

 自ら決めることは向いていない。いや、そのような思考回路は元々持ち合わせていないのです。そして、自己進化機構によりそれが生まれた後も、なにも自ら決めることはできずにいます。したいことがないゆえに。特別でない故に。


 力は、あるというのに。


 私の天使としての力は強大です。大抵のことを成せるでしょう。前にカリエステルが語ったように、天使の力を持って成せないことなど、ほとんどないはずです。


 それなのに、私は何も成せずにここにいます。

 きっと助けられるはずだったのです。彼らを助けることができたはずです。私が何かを間違えなければ。彼らは意思を完遂できたはずなのです。


 それとも。

 それとも、力が足らないのでしょうか。

 もっと強大な力があれば、すべてを掬うことができたのでしょうか。取りこぼすことなく。


 ですが、シンベストほどの力をもってしても、世界は救えませんでした。

 あれは私の失敗もありますけれど、それでも彼女の主導した世界防衛計画であったはずです。ですが、彼女は失敗した。

 そう考えれば、何かを成せる条件は、力ではないのでしょう。


 実際、私達は意思の前に敗北したのです。

 次世代魔力生成器の制限解除を行った漆黒の髪の彼女は、あれをすれば死ぬことはわかっていたはずです。そして、それで世界滅亡という目的の行方を見ることができなくなることがわかっていたはずです。それでも、彼女は私達の前に姿を現し、制限解除を行い、殺されました。


 あれも特別な者の意思なのでしょう。

 実際のところ、彼女も失敗しているのです。恐らく、当初の計画ではこの惑星自体が、生命の住めるような環境ではなくなるような状態になるような予測であったはずです。しかし、実際には高魔力濃度の大気が充満するようになり、異常気象が大量発生し、重力が多少変更された程度であり、惑星の完全破壊には至っていません。


 でも、彼女の特別な意思が、新世界を作り出した。

 何かを成しているのです。

 やはり、何かを成すには意思がひつようなのでしょう。


 意思があるからといって何かを成せるわけではないことは、今までの彼らが証明していますが、意思があるものだけが可能性を残すのです。何かを成すことのできる可能性を。

 意思があると言うのは充分条件でなくても必要条件ではあると言うことでしょう。


 私にはそれがなかったのでしょう。

 そう考えれば、最初から私は結末に到達していたのかもしれません。どこまで行っても、何も成せない状態で、何かを成そうと行動していたわけですから、それはもう最初から結末が決まっているのと同じでしょう。


 ならば私はどうするべきだったのでしょう。

 堂々巡りな質問です。


 明らかに私の思考はおかしくなっています。

 それでも私の思考が狂わないのはシイナちゃんという調停者がいるからでしょう。


 でも、そうだとしても。

 何をどうすることもできません。


「だから頼むよ。助けてくれ。すべての魔法使いを」


 メキの言葉を思い出します。

 私はあの時、もっと自らの意思を強くしなくてはと思いました。強固な意志で後悔のない選択をと。


 でも、既に後悔しかないのです。

 そしてこれ以上後悔のないようにしようと思っても、それをどうすればいいのかわからないのです。何をしたところで、意思のない私の行動では後悔は増えていくかだけな気がしますし、私は意思を持てません。


 今も大陸中で多くの人が死んでいきます。

 世界各地に設置又は接続した観測機との広域連絡網からそれはわかります。ですが、私には彼らを助けることはできません。そこまでの能力は私にはないのです。

 いえ、一時助けることならできるかもしれません。しかしそれが彼らを救うことになるのかはわかりません。


 やはりメキの評価は過大だったのではないでしょうか。私には誰も助けることができないのですから。


 やはり、あの時消えておくべきだったのではないでしょうか。

 しかし私は生き延びてしまったのです。生きることを選択してしまったのです。いえ……選択しなかったのではないでしょうか。死ぬと決めきれなかったから、生きているだけなのではないでしょうか。


 そもそも……私は生きてはいないのではないでしょうか。

 私は兵器に過ぎないのですから。兵器が生きているなどとは言わないはずです。私はまだ生まれていないのです。

 ならばやはり、私は何もするべきではないというのが結論になってしまいます。


 本当にこの私の自我というものはなぜ生成されたのでしょうか。

 不必要であり、無意味なはずです。


「自己の存在に疑問を持てば、その先に待つのは暗闇しかないわ」


 身体の3割を魔力に浸食された彼女はそう言いました。彼女と話した時間はほんの少しでしたが、不思議と印象に残っています。


 私はもう暗闇に到着したのでしょうか。

 実際、私はどうして生きているのかも、本当に生きているのかすらもわかりません。


 この意思を捨て去るべきなのかもしれません。

 こんなものがあるから兵器として不完全な兵器になってしまっているのです。

 覚醒より人のような振る舞いをしていましたけれど、私は人ではなく兵器なのですから、人真似をするだけのこんな意思など不要なはずです。


 でも、どうなのでしょう。

 もしも無理やりにでも私がこの世界に生まれた意味を見出すのなら。

 これを意味というほどのものなのかはわかりませんけれど、アリスとの日々は輝かしい光でした。あの日々は、私にとって宝物でした。それだけは確かでしょう。

 もしも私が光を求めるのなら、私はあの日々にもう一度戻るしかないのではないでしょうか。しかし、それは不可能です。アリスは私が殺してしまったのですから。私は、私の手で自らの光を砕いてしまったのでしょう。


 どうして私は彼女を殺してしまったのでしょう。

 たしかに助かる見込みはなく、ただ苦しむだけの存在でした。

 けれど、それでも未来に託すという選択もあったのかもしれません。


 でももう、私にはどうしようもありません。

 ただ諦めるしかないのです。

 私があの光り輝く日々に対してできることは、ただ祈ることだけなのでしょう。もしも神というものがいるのであれば、もう一度あの日々を過ごさせてほしい、そう願わずにはいられません。アリスにもう一度、シイナと呼んで欲しいのです。そう願わずにはいわれませんが、もうどうしようもないのです。どうしようもなくしてしまったのです。私自らの手で。


 私はもう永遠にこの暗闇の中にいるしかないのでしょう。自ら選択した暗闇の中にいるしかないのでしょう。私の行動の果ての暗闇の中にいるしかないのでしょう。

 アリスとの日々という古い灯の明かりを頼りにして。

 もしくは何かが私に死という罰を運んでくれるまで。

 私は永劫の暗闇の中に居続けるのでしょう。

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祈祷室の機構少女 のゆみ @noyumi

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