第21話 思考記録「混濁状態時」
2人の魔法使いが魔力へと還元されていくのを眺めていました。2人には長い剣が刺さっています。それは対魔力分解刃であり、多少の条件はあれど魔力に触れるだけで、その魔力を無情報の基底状態へと変換する刃です。
魔力情報で個人を保つ魔法生物にとって、恐ろしい武器です。そんなものが刺されば、当然死んでしまいます。
それを私が刺したのです。
私の意思で2人を殺したのでした。
彼女の身体が魔力へと還り、大気中へと消え行く中、小さな術式だけが最後に残されました。とっさにそれを記録しましたが、そのうちに術式は霧散しました。それが彼女達との別れになりました。
私の生み出した別れになりました。
それからは何をすればいいのか本当に分からなくなってしまいました。
私は目的達成のために、人を殺しました。
イリュミーヌとお父様に始まり、しまいにはアリスとウニミカまで殺してしまったのです。
私は人を救うために生まれたと思っていました。
そのために行動してきたつもりではあります。
でも結局のところやっていることは人殺しでしかないのかもしれません。そう思うと、何をどうすればいいのかわからない状態になってしまいました。
元々私は人を救うという目的を与えられました。
それは私を作ったベイルに与えられたもので、詳細命令としては人を助けて、人を幸せにするというのが、私に与えられた命令でした。そしてその中でも、最重要な存在として現れたのがアリスです。
アリスは創造主のベイルにとっても特別だったのでしょう。
彼女は特別だと言っていました。最優先で助けるべきだと。
その影響か、それとも私がアリスと長く過ごしすぎたせいか、私はアリスを優先して救出するために動いてきました。
そのためには多少の不幸、他の人類の不幸など、見逃してもいい。そう思っていたことは否定できません。けれど、その終着点が、アリスの殺害であったのです。
私は彼女を殺したいわけではありませんでした。
しかし、彼女を殺すこと以外に、彼女を苦しみから解放する手段が思いつきませんでした。けれど、それは救うことは違うと、今になって思うのです。
それは救ったのではなく、終わらせたのではないのでしょうか。強制的に停止装置を起動されるように、ただ終わらせただけで、救うことではなかったのでしょう。
ウニミカは諦めたくないと言っていました。
しかし、私の意思が固いと見るや、心中の提案をしたのです。
あのお父様のいた研究所で具体的にどのようなことがあったのか、私には知る由はありません。けれど、ウニミカにとってアリスは、命よりも大事なものだったのでしょう。それこそ、アリスが生きていなくては、生きる意味がないほどに。
故に、私に一緒に殺して欲しいと頼んだのでしょう。
そしてそれを私は叶えました。それがウニミカの望みでもあると考えたからです。人を助けるということは、人の望みを叶えること。そう解釈しているからこその行動ではありましたけれど、人を殺すのはあまり気分の良いものではありませんでした。
私の思考回路は混乱を見せています。
人を殺すことで、人を救う。これが成立するのであれば、全ての人を虐殺しなくてはいけません。しかし、それに関しては保留中です。
いえ、本来であれば考慮するまでもない問題なのですけれど、私の思考回路にはこの選択肢がずっと保留状態で存在しています。
これを認めないのであれば、今までの私の行動は否定されます。私は人を殺してしまったのに、誰も救えていなかったということになります。しかし、これを認めることはさらなる虐殺を生む可能性があるのです。
死を望むものだけに死をもたらすとしても、アリスが死を求めていたかはわかりません。私の推測です。私がこのままでは苦しいだけであろうと推測し、殺したにすぎません。
また、イリュミーヌとそのお父様に関しては、死にたいなどとは少しも思っていなかったでしょう。彼らはまだ生きたいと願っていました。しかし、私はそれを無視したのです。
さらに言えば、彼らの言う人類救済計画には一定の説得力がありました。
人を機械化し、寿命や病気、怪我、命の喪失すらも克服するあの計画は、もう少しで実用化の段階だったのでしょう。お父様は実質的な不死を実現していました。
しかし私はお父様の魔力情報を破壊しました。アリスの危険になりそうな存在でしたから、同期元から完全に破壊しました。しかしそれは、人類救済計画を破壊したと同義でもあります。
私はアリスの無事のために、無数の人類を危険に晒したと言っていいのかもしれません。
すでに私の思考回路は限界です。矛盾だらけで、整理されていないのです。
私の中の判断処理機能であるシイナちゃんは現れなくなりました。こういう時は、彼女が私を助けてくれていたのですが。
いえ、助けてくれるというより、選択肢を決めてくれていたというべきでしょうか。あれにより迅速な行動が可能となっていました。
しかし今はただ無数に存在する思考回路の雑念と向き合う日々です。
アリスを殺してから1436日ほど経過していました。
しかし一度もこの家から出ていません。
ただアリスとウニミカが死んだ部屋で存在しているだけの私でした。
魔導機械の私には食事や睡眠といった動作は必要ではありません。
さらに言えば、私は天使です。そこらの魔導機械であれば、魔力供給が途絶えれば数日のうちに活動を停止しますけれど、天使には天使の輪があります。魔力完全循環型魔力増幅兼魔力情報管理機構である天使の輪さえあれば、魔力は消費するどころか、自然と回復していきます。
そんな状態ですから、私は何もしなくても生きていくことはできました。けれど、何もしていませんでした。何も行うことはなく、ただ考えているだけでした。思考回路に蔓延る様々な記憶について。
考えていると言っても、結論は出ません。色々な事を考えたような気がしますけれど、何も考えていないような気もします。少なくとも一つの結論も出ず、ただこれまでのことが間違いだったような気が強まっていくのみでした。
ただ時間のみが過ぎていきます。
けれど、これでよかったのかもしれません。
結局のところ、人殺しの兵器でしかない私に人助けなんてことはできないのでしょう。ならば、ここでじっとしているのが最大限の人助けなのではないでしょうか。
いえ、人助けとは呼ばないでしょう。今もどこかで誰かが助けを求めているでしょう。それを無視しているのですから。
しかし、少なくとも私が原因で人が死ぬことはなくなります。ならば、これでよいのではないのでしょうか。人を助けるということは、他の誰かを助けないということですし、もしかしたらほかの誰かを傷つけるということでもあります。それはすべての人を助けることを目標とする私にとっては、とても気分の良くないものです。二度としたくありません。
でも。
それでも。
心のどこかで思ってしまうのです。
人を助けたいと。
魔導機械である私の心なんて言うと笑われてしまいますけれど、これは明確な意思です。私のしたいことです。
すべての命令を失敗し、喪失した私に残された意思があります。多少、元の命令の影響を受けていることは間違いないですけれど、私は人を助けたいのです。
人を助け、私の存在を認めて欲しいのです。
私は、このままでは存在を許されない。そういう気がしています。
この世界に存在してはいけないような気がします。
いえ、きっとそうなのでしょう。
人を4人殺し、人類救済の可能性のある機械人計画を潰した私は存在していいとは思えません。私は誰かを助けなくてはいけないのです。
誰かに認めて欲しいのです。
私の存在を。
少なくとも、私が存在していいとは思えるように。
私に緊急通信が入ります。
それは1500日ほど前にメキに渡した通信機からでした。
言葉を伝えれられるほど優秀な者でなく、一方通行かつ居場所を伝えるだけの簡単なものですが、それは私にとって重要性の高い情報でした。
これが起動されたということはメキに何かが起きたということです。
私は行かなくてはなりません。
彼女を助けるために。
私が、私の存在を認められるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます