第20話 邂逅記録「魔法使い002」
地下への扉が軽やかな音ともに開かれます。
それと同時にすでに役目を終えた箱、イリュミーヌのお父様の人格情報の入った箱を破壊しました。
扉の先は小さな研究室のようになっており、さまざまな機械がおいてあります。おそらくここが、この研究所の主要部分なのでしょう。地上部分に比べても、設備が良いように見えます。
奥には隔壁があり、隔壁を越えれば小さな部屋がたくさんありました。恐らくあの場所に魔法使い達が閉じ込められているのでしょう。
近くにはそれぞれの部屋に何が閉じ込められているかが書いてあります。またこれまでの実験記録のようなものあるようでした。実験記録には悲惨なことが書いてありました。
実験用被検体は様々な魔法生物が使われていたようでした。
対空用遠隔照射型魔法生物。
面制圧用軍隊型魔法生物。
偵察用飛翔型魔法生物。
閉所用魔力波発生型魔法生物。
多種多様な魔法生物がいるようでした。そのほとんどは古い魔法生物で、4年前の時点ですらあまり戦場で見る機会が減っていたと思われる魔法生物達でした。
彼らを実験動物にしてたようでした。しかし、そのほとんどは実験の果てに処分されたようで、ここにはもういないようでした。しかし、未だに残っている魔法生物もいます。
唯一生き残っている魔法生物、それは汎用人型魔法生物、魔法使いです。
魔法使いが2人。それがここに残っている最後の生物でした。
元々の人数は14人がいたようですけれど、度重なる実験の果てにここまで人数が減ってしまったようでした。そしてその中には特異個体の文字も見えます。
すべての隔壁を解除し、示された部屋もとへと向かいます。
そこにはアリスがいました。彼女だけではなくもう1人もいるようでした。彼女が恐らく10番でしょう。
しかし、アリスはあの頃のように元気があるわけでもなく、話しかけてくるわけでもなく、ただそこにいるだけでした。目は虚ろに、ただ座っているだけの存在でした。
10番の子は、名をウニミカと言いました。
彼女はアリスを守るように、私を向かい合いました。
「シイナと言います。アリスを助けに来たのです」
そう語れば、彼女は気が抜けたようにへたりこみました。よほど緊張していたようで、反動で呆けてしまったようでした。
私のことはアリスから聞いていたようでした。そしてアリスはずっと私を待っていたと言いました。けれど私は間に合いませんでした。
遅かったのです。私が来るのは遅く、すでに彼女が以前のように動くことはない。喜び、怒り、哀しみ、楽しむ様子を見せることはない。そうなってしまった後なのだと、この時点でそれはほぼ確信しました。
私とて、魔法使いの脳の仕組みに詳しいわけではないですけれど、アリスに触れてみればそれはわかります。メキの魔法を解析したことによる魔力干渉能力獲得のせいでしょうか。わかってしまうのです。
彼女の中の魔力は狂い、乱れ、舞っていたのです。魔力がここまで崩れ、壊れれば、元には戻らないでしょう。
それは彼女の自我はすでに失われていることを示していました。生物としては生きている以上、回復の可能性が0であるというわけではないでしょうけれど、その可能性がとても低いことはわかります。
つまりそれは、私の目標が失われてしまったことを示していました。アリスを助けるという目的は失敗に終わったのです。
様々なものを犠牲にし、自らの主義を変え、人間を殺し、達成しようとした目標は、私の望みは、ここで絶たれてしまってしまったのでした。
そこからのことはよく覚えていません。
いえ、記憶としては存在しています。私の記録領域は未だ十全に残っており、その時の記憶も思い出すことは可能です。しかし、実感としては存在していないのです。
ただの機械にすぎない私がこんなことを言うのは少しおかしいことなのですけれど、実感が存在していないのです。私という存在への確信と実感、それが揺らいでいました。
ゆえに、記憶が朧げである気がするのです。記憶が思い出すことは可能であれど、それが自分の記憶だと感じられないのです。
なので、それからのことは又聞きしたような感じがするのですけれど、確実に私の話です。
自我喪失状態のアリスは、息もしますし目も開けます。しかし感情らしい感情を見せません。それに食事も摂りません。普段は同室であったウニミカが魔力を分け与えていたようでした。
通常、他人の魔力を体内に入れるのは危険です。魔力干渉が起こり、取り返しのつかない事態になりかねません。しかし、この状態のアリスは、生存するための消費魔力は少なく、他人の魔力でも受け入れることが可能なようでした。
「アリスにはたくさん助けられたんです。なんとかなりませんか?」
研究所から出た先で、ウニミカは祈るようにそう言いましたけれど、私にはどうしようもありませんでした。私も機械的にそう伝えることしかできません。彼女も多少がっかりとした様子はあれど、元より大きな期待はしていなかったようで、すぐに取り直しました。
彼女もわかっているのでしょう。アリスの状態はほぼ回復不可能なものであると。
アリスを助ける、すでにそれが完全に果たされることがないのはその時点でほぼ確信していましたけれど、仮初でも目標が達成されたというためにも、彼女を安全な場所に連れて行こうと思いました。
自我喪失状態のアリスが治るのをほとんど諦めていたと言いましたけれど、もしかしたらアリスがまた私の名を呼んでくれることを期待していなかったとは言えません。いえ、大いに期待していたと言えるでしょう。
ウニミカも一緒についてくると言いました。彼女はアリスの友達だったようですから、アリスと一緒にいたいと思っているようでした。
それはとても嬉しいことです。ずっと外の世界と触れ合いたいと言っていたアリスが外で作った繋がりです。私の知らない4年間の間の彼女を垣間見れるようで、嬉しくなるのです。
ゆえに一緒に来たいと言ったウニミカの言葉を断ることはしませんでした。一応、彼女にも帰る場所はあるはずです。魔法使いなのですから、なにかしらの部隊に所属していたはずです。
メキとの関わり方を見る限り、魔法使いが丁寧に扱われているわけではないようですけれど、簡単に無下にされることもないでしょう。魔法使い達の住む施設に戻れる可能性も十分にあります。
それでも、彼女は私と、いえ、アリスと来る道を選びました。
それからはとにかく安全な場所を探しました。
誰にも見つからず、誰からの干渉されない場所です。
私達は50日以上の移動の末に、辺境の森にすみ着きました。大きな木々の間に小さな家を作り、アリスと私とウニミカの3人で暮らし始めました。
そこでは特にすることもありません。魔導機械である私とは違い、ウニミカには食事が必要でしたが、周りに植物がありますし、川も流れています。
それだけの時間が立てば、アリスのことも多少はわかりました。
彼女に魔力供給をするのは、魔力に余裕のある私の役目となっていました。それにこれぐらいしか私が彼女にできることはありませんでしたから、喜んでやっていました。
しかし、魔力供給を行えば、彼女は時折呻くのです。苦しげに呻くのです。
最初は何か失敗したのかと思いましたけれど、ウニミカが魔力供給をしていた時も時折見られた現象のようでした。
そこでアリスの身体の状態をさらによく調べたところ、彼女の身体は再生しようとしていることがわかりました。
身体の再生機能は魔法生物が基本的に持つ機能の1つです。魔法生物は、自身の魔力を消費して、自らの形を保とうとします。それにより自然崩壊を防いでいるのです。
無論、急激な魔量消費や形状変化には耐えきれませんけれど、逆に言えば魔力と時間さえあれば、魔法生物はどんな怪我からでも復帰することが可能でしょう。
しかしそれが成り立つのは、その魔法生物の設計図が体内の魔力情報として保持されている場合です。魔力は保持している設計図どおりに身体を修復しようとしますけれど、設計図が歪んでしまっている場合はどうしようもありません。それどころか、身体に有害な魔力へと変質してしまうばあいもあるでしょう。
それがアリスの中で起きていることでした。
しかし、それが分かったところでどうしようもありません。
ただ彼女が時折苦しむことが分かっただけでした。
その時、少し思いました。
アリスを救うべきなのではないかと。
すでにアリスは救えない。そう何度も結論を出しましたけれど、彼女は未だに苦しんでいます。もう何も考えられないのに、身体も満足に動かせないのに、苦しんでいるのです。
苦しむ。それは辛いことです。
彼女はすでに死んでいるも当然です。認めたくはないことですけれど、自我喪失状態から復活するとは思えませんし、このまま永久に苦しむくらいならば、もう殺すべきなのではないか。殺すことが、アリスを救うことなのではないかと思いました。思ってしまいました。
しかし、そう簡単に行動には移せません。
私はアリスを殺したくはありません。私は彼女のことを大切に思っています。それなのに、彼女を殺すなんてことはしたくありませんでした。
しかし、彼女が苦しんでいることもまた事実であり、その状況から助けてあげたいと考えるのも、また真実なのでした。
悩みました。
幸いにも時間はありましたから、ただ小さな家の暗い部屋で考えました。
考え、祈りました。もうそれぐらいしか私にはできませんでした。ただ祈ることしかできなかったのです。アリスを助けるためにはどうすればいいのか、私はどうしたらいいのか、もうわからなくなっていました。
ウニミカとも話をしました。
大抵はアリスの話です。アリスとどんなことをして、どんなことを話したのか、それを共有しました。
私からは研究所で出会い、共に育ったことを話しました。
彼女がいなければ、私はこうしていないだろうとも。
ウニミカは研究所で出会い、互いに励ましあい、助け合った話をしてくれました。そして、私の話もしました。
「アリスはいつも言ってました。シイナはきっと生きてるって。もしそうなら、きっと私を助けに来るだろうって。少し呆れた様子でしたけれど、そう確信してました。私は……正直疑ってました。魔導兵器が助けに来るわけないって。でも、来てくれました。嬉しかったです」
その言葉は、私も嬉しかったですけれど、同時に謝りたい気持ちでいっぱいでした。アリスは私を信じていたのに、私はそれにこたえることはできませんでしたから。
もっとうまくやれたはずです。
もっと何かができたはずです。
私は魔導兵器の中では最強の天使なのですから、違う結果にできたはずです。
でも、できなかった。
人間も殺してしまいました。
すでに私の認識はもとに戻りかけています。人を助けるという初期命令を完全に書き換えるのは難しいことのようでした。多分、完全にもとに戻ることもないでしょうけれど、それでも人を殺したという嫌な記憶が残ることになりました。
私は人を殺すための兵器なはずですから、それで嫌な気持ちになっていてるのもおかしな話ではあります。でも、私の使命は人を助けることなのです。アリスを助けるというのは、私の願いではありましたけれど、それには失敗し、残ったのは使命だけです。
けれど、それもどう成せばいいのかわかりません。
人を、アリスを助けようとして、人間を殺し、人を救うための技術を破壊した私に人を助けるというのがうまく想像できないのです。
使命にのっとれば、イリュミーヌとそのお父様が立ちはだかったあの状況では、どうするべきだったのでしょうか。アリスを取るか、彼らを取るかの二択だったはずです。
私はアリスを選びたいので、アリスを選びましたけれど、人を助けるという使命からは逸脱した行為でした。
私は向いていないのでしょうか。
人を助けるということには向いていないのかもしれません。
けれど、アリスだけは助けてあげたいのです。
そして、私は彼女を殺す覚悟を決めました。
アリスと再会してから124日が経過していました。
彼女は一日中苦しそうに呻くようになっていました。魔力供給も一日中しなければなりません。崩れ切った魔力がもう限界なのです。最低限の形を保つことすら限界が近づいているのです。
「そんなのだめです! アリスを、殺すなんて……」
ウニミカにアリスを殺し、助けたいと話せば、彼女は強く反対しました。
「どうしてです? シイナさんだって、アリスのことを大切に思ってるはずです。それにまだちゃんとあってもいないし、それに、そう、治るかもしれないのに。いつか治るかもしれないのに、殺しちゃうなんて、だめですよ!」
治る可能性は著しく低く、アリスはずっと苦しんでいます。
大切だからこそ、はやく苦しみから救ってあげたいのです。
そう語りましたけれど、ウニミカは納得しませんでした。
「そんなの、そうかもだけど……でも、私は死んでほしくない! もしも治らなかったとしても、最後までアリスと一緒にいたい……!」
そう涙ながらに叫ぶ彼女の目には強力な意思がありました。強い心がありました。
彼女は譲らない。そう思いました。
しかしこうしている間にもアリスは苦しみの産声を上げ続けています。
昔のようなアリスの声はどこにもありません。今のアリスは、同じ身体なだけのただの亡骸にすぎないのです。
「申し訳ありませんが、その要望には答えられません。私はアリスを助けるために、ここにいるのです」
それが私の最終回答でした。
「一日待ってくれませんか」
ウニミカはそう言いました。
本当は一刻も早くアリスを助けたかったですけれど、彼女はアリスを助けてくれた恩人でもあるのです。
私はその願いを聞き入れました。
その一日、ウニミカはアリスを寝かしている部屋にいました。何を話し、何をしたのか、私は知りません。
しかし、次の日彼女はこう言いました。
「アリスを殺すのなら、私も殺してください」
「それがウニミカの願いなのですか」
「はい」
その時のウニミカは何を考えていたのでしょう。
何かを悟ったような眼でした。
けれど、それは私には何かかはわかりませんでした。
私は腕を変形させました。剣状の腕です。
そして未だ苦しみに囚われているアリスの胸に、それに覆いかぶさるウニミカに、剣を突き立てたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます