第22話 戦闘記録「竜002、魔法生物群」

 メキの救難信号は、現在私の位置からでは656秒ほどの位置です。現在の天使の輪の修復率は9.7割程度ですから、最高速度を出すことに能力的な躊躇いは必要ではありません。しかし周囲に潜伏してる可能性のある敵対勢力のことを考えれば、それは難しいでしょう。

 私という存在が接近していることを悟られれば、対策を取られる可能性もありますし、メキの状況が悪くなる可能性もあります。私の干渉能力が届く距離になるまで、できれば悟られたくはありません。


 もちろん、この信号が救難信号というのは私の推測にすぎません。

 押し間違いの可能性もありますし、メキ以外の人が押してしまった可能性もあります。久しぶりに私に会いたいと思っただけ、というのは少し驕りすぎた考えでしょうか。


 その他にも緊急性の高くないと思われる可能性はありますけれど、緊急性の高い非情事態である可能性がある以上、私は急がざる負えないのです。故に、私はすぐに行動を再開しました。


 私は今からメキを助けに行くわけですけれど、そうなのであれば考えておかなければいけません。決めておかなければいけません。


 もしもメキと他の人、どちらかしか助けられない時にどうするべきか。

 私の中の天秤を先に傾かせておかなければ、緊急事態に迷うことになりかねません。


 前はシイナちゃんが決めてくれていましたけれど、もう彼女はいません。私の中のもう一人の私はもういないのです。それはなんとなくですけれどわかります。すでに私の意識と統合が行われたのか、それとも思考回路のどこかで眠っているのかはわかりませんけれど、どちらにせよ彼女が私の前に現れることはもうないのでしょう。


 しかし、私はあまり悩むことはなく、メキを助けるべきであると決めました。

 他の人をどれだけ犠牲にしても、彼女を助けたいのです。思考放棄に近いかもしれませんけれど、考えるのに疲れていたというのもあります。


 最初に人を殺した時の気持ちを思い出しました。

 あの時、私は助けたい人を助けるべきと思いました。それにシイナちゃんも同意して、私の中の総意として、誰かの命令に従うのではなく助けたい人を助けると決めたのです。

 だからこそ、今はメキを助けるのです。

 それが私のしたいことであるはずだからです。

 そうでなくてはおかしいのです。あの頃の私の行いが間違いと思いたくはありません。


 救難信号を受け取ってから2768秒後、私は浜辺003に到着しました。

 移動速度と隠密性を同時に担保するため、私は海底を移動してきました。救難信号のだされた地点709が海の近くというのもありましたけれど、海の中であればあまり監視の目は強くありません。


 今戦っている二国は、同じ大陸に存在し、内陸戦を重視しているからなのでしょうが、海の警戒はあまり強くないのです。無論、多少の警戒網はありますけれど、この程度であれば、簡単に突破できます。


 海底に貼られた侵入阻止のための障壁は、短距離空間短縮型転移機能により飛び越え、残りの形ばかりの観測装置の場所は、魔力型推進機を稼働させ移動します。その際に発生する水流は、他の生物でも起きる程度まで抑えましたし、何かが近づいていることはわかっても魔導兵器とはわからないはずです。


 誤魔化しが効かないのは、張り巡らされた魔力観測機です。

 私の、天使の、強大な魔力はどうしても隠せません。故に、観測機に妨害をかけました。私の演算能力であれば、こんな辺境の海に投下されている旧世代の観測機程度の機構防衛障壁などは簡単に突破できます。あとは、適当に数値を弄り、何事もなかったかのようにしてもらいます。


 妨害したのは観測装置から出る送信情報のほうですから、観測装置自体を調べれば、強力な魔力を持つものがここを通ったことはばれてしまいますけれど、すぐにばれなければ問題はありません。


 私がメキの元に辿り着くまでにばれなけば良いのです。

 これから2つの山と4つの雪原を越えるまでに、私という存在がどの勢力からも露呈しなければ問題はありません。


 海底を飛び出し、再度魔力式推進器を稼働させます。今回は加減はしません。最大出力で、全てを振り切ります。海中とは違い陸地には無数の軍事拠点と、それに付随する観測機ですけれど、それに認識され情報共有がなされるよりも早く私はメキの場所へと到達できます。


 流石に大量の対空用光線砲に晒されながら飛行するのは速度低下が避けられませんから、地表すれすれを高速移動し、救難信号の周囲5キロメートルの地点へと到着します。


 そこは端的に言えば戦場でした。

 しかし、構図は魔法使い対魔導兵器というよく見られたものではなく魔法使いと魔法生物が戦っているようでした。いえ、戦いというよりは、虐殺に近いでしょうか。


 遠目で確認できる魔法生物は僅かですけれど、それでも強力な個体がいるのが見えます。竜もいるようです。

 それに対し、魔法使いはほとんど反撃を諦めているに見えます。時間稼ぎでしょうか。


 ともかく救難信号は魔法使い達の方から放たれていますから、そこまで跳躍します。救難信号の位置は、建物の地下でしたけれど、律儀に進んでいく時間的余裕があるとは考えられませんでしたから、障害となる天井を全て破り、救難信号の目の前へと着地します。


 そこには数人の魔法使いがいました。そのほとんどは見たこともない顔でしたけれど、知っている顔もありました。


「来てくれたか」

「お久しぶりです」

「もう壊れちまったかと思ったぜ」


 メキです。

 久しぶりに会った彼女は変わらず気が強そうでしたけれど、左足はなく車椅子に座っていました。右手には大きな杖を持っています。

 きっと大きな何かがあったのでしょう。私と別れてから、約5年程度が経過しています。私にとっては何もしていない短い期間でしたけれど、彼女にとっては長い期間だったでしょう。

 

 何が起きたのか。それは私が聞くことではありません。


「私は、何をすべきですか」

「いいのか? 事情も聴かずに」

「えぇ。ただあなたの助けになりましょう」


 正直、不安がないわけではありません。けれど、私はその不安から目を背けます。考えすぎて、何も見たくはなかったのです。

 それにただ求められるままに、助けを乞われるままに、それを成すことが一番単純で、一番確実に私の存在意義を成すことのできることだと思いますから。


「そうか……」


 彼女は少し黙りました。

 今は一秒すらも惜しい状況でしょうけれど、メキは黙り、目をつむりました。何かを考えているようでした。私はその間に、彼女の周りにいる人を確認します。

 当然のことかもしれませんけれど、彼らは全員魔法使いでした。男女入り混じる彼らの魔力量の平均は、私の記憶している魔法使いの魔力量平均よりも多いようでした。恐らく魔法使いの中でも強力な魔法使いでしょう。


 それはメキよりも明らかに多く、彼女がこの中で最も魔力量が低いのは簡単に分かりました。けれど、周囲の人の全てが彼女を頼っているようです。メキがこの集団の統率者というべき人なのでしょう。


 彼女は私と別れたときは1人でしたけれど、今は多くの人に慕われているようでした。皆がメキの言葉を持っていました。突如現れた私という異分子も、気にする様子はあれど、それを言葉にはしないようです。メキとの会話から、敵ではないと思ってくれているのでしょうか。


 いえ、メキが多少の説明をしてくれていたのでしょう。そうでなければ、魔導兵器である私は攻撃されていてもおかしくはないでしょう。最も攻撃はされていなくても敵対視をしている人はいるようでしたけれど。


「ひとまずは、前方の障害の排除を頼む。魔法生物の大群だ。それを全て退けてほしい。できるか?」

「魔法使い以外の敵性魔法生物の周囲10キロからの排除。それで良いですか?」

「あぁ。構わない」


 それだけ聞いて、再度跳躍して跳ね上がります。

 相対する存在は魔法生物の群体です。敵の軍隊でもあります。竜3体を主軸に、対大群制圧用魔法生物や索敵用魔法生物まで取り揃えです。後方には司令塔と思われる人の姿も見えます。


 しかし、数十人の人影も考慮に入れる必要はありません。

 私の目標は魔法生物の排除で会って、見知らぬ人を助けることではないのですから。


 手を前に出し腕を変形させ、高密度魔力砲の照準を合わせます。とりあえずは竜を無力化するべきでしょう。


 放たれた3束の魔力の奔流は狙い通り竜へと命中します。しかし、3体のうち1体はいまだ健在です。何か知らの防御を施したのでしょう。その1体は、ふいに仲間が殺されたというのに、意を返すことなく私を見据えます。


 現在、天使の輪の状態はほぼ完全であり、高密度魔力砲の出力も戻りました。しかし、この距離であれば強力な魔力障壁さえあれば防ぐことは用意でしょう。やはり近づき、攻撃を加えるしかないでしょう。


 推進機を全開にして、竜達との距離を詰めます。

 竜達の魔力が動き、空間が歪み、あたりに炎が出現します。しかし、それは超複層魔力障壁を貫通できるほどの出力は持ちません。次の一瞬、時間が静止しますが、私という存在を止めることはできません。魔力の絶対量が違うのです。


 竜はそれに不満そうに鼻をならし、周囲に魔力を広げました。

 魔力領域の展開です。

 5年前の私の初陣である2機の天使との戦闘時に、私が使用したものと似たようなものです。違いがあるとすれば、竜の用いている領域は外部による補助を必要としないものであるというところでしょうか。


 今、改めて竜を見れば、彼らの異質さが際立ちます。

 彼らは存在自体が術式のようでした。その魔力と密接に絡み合う存在自体により、ただそこにいるだけ世界への干渉権を確固たるものとしているのでしょう。

 そうでなくては、ただの生物がここまで強力な魔法を使えるわけもありません。


 そんな存在が魔力領域を広げ、周囲の空間における魔力の優位性の確保を行えば、私の放出系兵装の全てはかき消されてしまうでしょう。さらに言えば、すでに周囲の空間の魔力は変質し、破壊の線となって私を襲おうとしています。


 周囲の魔力的優位性を考えれば、魔力障壁は使用できません。天使のそのすべてを回避行動により躱そうとしますけれど、未来予測をしたかのような正確な攻撃を躱しきれません。

 いえ、未来予測をしているのでしょう。この広大な魔力領域を展開した割には使用されている魔法出力が高いとは言えませんから、その分の余剰出力はそちらに回していると考えられます。

 

 このまま戦うのは難しいでしょう。

 この兵装は使わなくて良いと思っていましたが、この竜は想像よりも強いようです。使わなければ、負ける可能性もあるでしょう。


 私は魔力領域を展開します。

 単体での魔力領域の展開は、昔の私には使用できない兵器の1つでしたが、私に残された余剰領域を利用して、私は魔力領域展開兵器の作成を終わらせています。未だ出力や効率、効果範囲に問題ありですけれど、そこは天使特有の膨大な魔力出力により補完します。


 それでも展開された魔力領域は私を覆う程度の小さなものでしたけれど、魔力障壁程度は展開できる空間はあります。


 展開完了と同時に、私は竜との距離を詰めます。

 この魔力領域は未完成故に効果時間も短く、数秒しか持ちません。

 しかし、数秒あれば問題はないでしょう。


 無論、竜も空に浮かんでいるだけではなく、三次元的な高速移動で私から逃げようとします。竜もわかっているのです。時間さえ稼げれば、私の魔力領域は維持が難しくなり、再展開までの隙を狙えば勝てることを。


 魔力式推進機を全開にしている私の足を止めるように、周囲の空間から飛んでくる無数の魔法も、私の障壁は貫通できません。いくら正確に未来予測ができようとも、私の防御を貫通できないのであれば問題にはなりません。さらに竜の展開した時間的又は空間的な壁も、魔力出力に物を言わせ破壊します。

 

 竜の行動の全ては私を止める材料にはなりえません。竜が弱いわけではありません。単純に兵器としての格の差です。

 竜は魔法生物の中の切り札的存在ですが、それでも強さもまばらで、ある程度量産され、様々な用途の詰めとして使われています。対して、天使は存在自体がほぼ秘匿され、設定された戦場を単体で制圧できるようにとされた兵器であり、用途も規格も何もかも違います。


 つまるところ、天使の方が竜よりも単純な出力で比べれば強い。ただそれだけのことです。


 逃げ回る竜の動きを完全に読み切り、私は竜の眼前で高密度魔力砲を構えます。

 引き金を引く寸前、竜は何かを言ったように見えました。けれどそれを私の感覚器が捉えることはなく、何を言ったかは分かりません。

 そして、私の放った高密度魔力砲は、竜に零距離で直撃し、竜の肉体を破壊しました。

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