祈祷室の機構少女

ゆのみのゆみ

第1話 初期記録「初期起動」

 私の最初の記憶は、誰かの声でした。記憶、といっても情報の羅列にしか過ぎないことはわかっています。機械である私に、魔導兵器の一種である私に、記憶なんてものはありません。けれど、一番端的に説明するなら記憶ということになるのでしょうから、最初の記憶と言わせてもらいます。


 誰かの声、それは恐らく製造主の声だったのでしょう。私に光学型観測機能、つまり眼が搭載されるまではその誰かの容姿を知ることはできませんでしたが、声色からすれば男の人でした。1人でした。1人で、私を作ったようでした。


「特異状況対応型天使試作417号機とりあえず起動は……してるな。記録状況も問題なし。魔力消費量も許容範囲内。他に異常は、なさそうだ。今回こそ成功してくれるといいが」


 それが最初の記憶です。それは今もそうです。今も同じ記憶が最初の記憶であるというのは、私というものの連続性を確認することのできる一つの材料になっています。私というものに、ただの魔導兵器に、連続性による自我の保証が必要になったのは最初の起動から大分経った頃になりますが。


 最初は目も見えず、身体も動かず、ただ周囲の音を観測するだけの存在でしたが、数日経てば手足を動かせるようになりました。数十日経てば、声を出せるようになりました。


 声を出せるようになったということは、会話ができるようになったということでした。製造主である彼と話しができるということでした。

 その頃は会話機能が今よりも潤沢ではなかったですから、たくさん質問することはなかったですが、製造主である彼は色々なことを私に教えてくれました。


 教えてくれたというか、多分あれは独り言というやつだったんでしょうけれど、そこで私についてある程度の情報を得ることができました。


「よし、これで少女型の外装の取り付け終わりと……しかし、大分資源を消費しちまった……いや、大丈夫なはずだ。きっとうまくいく。それにこの方があの子も馴染みやすいだろう……」


 私が少女、子供の女の子の姿を模っていると知りました。

 それにこの研究所の資金や資源といったものが枯れてきていることも。


「特異状況対応型……ってなんだよとか言われても、俺も知らねぇよ……適当に理由をつけて、上から資金を得てるだけだし。一応、天使としての最低限の武装はつけたけれど」


 天使、それが私という兵器の種類名でした。天使は多額の開発費と研究費、資源を用いて作られた特化用兵器であると、彼は言っていました。

 特化用兵器と言っても、私の役割ははっきりとは決まっていないとも、言っていました。戦術的な役割はなくても、彼には彼の目的、目標があったようで、そのために私は作られたようでした。


「お前は人を助けるために作ったんだ。天使がどれだけ取り繕っても、戦争用の魔導兵器なことはわかってる。でも、それでも、お前は人を助けるための兵器だ。人を助けて欲しい。それだけが俺の望みだ」


 彼は私にそう語りました。

 随分と大まかな望みでしたので、それをどうすればいいのかわかりませんでした。けれど、数日後に彼のその言葉の意味を知ることになります。


 この頃にやっと目を手に入れた私は、ついに今いる場所がどんな場所なのか知ることができました。目の情報はとても大きく最初は戸惑いましたが、すぐに慣れました。

 ここでようやく私は自分の姿を確認することになります。創造主が語っていた通りの少女型でしたが、異質な部分といえば、頭の上に浮かぶ円状の輪っかでしょうか。


 この輪っかは魔力完全循環型魔力増幅兼魔力情報管理機構と呼ばれるもので、天使の特徴的な装備の一つでした。これがなければ天使とは言えませんし、これがあれば天使と言えるでしょう。

 情報としては入っているので知っていましたが、始めてみると少し驚きました。頭の上に浮かんでいるのですから。


 これで私の基本機能は全て実装できたようで、当分の間追加機能が実装されることはありませんでした。代わりに試験期間が増えました。今まで実装してきた機能が正常に稼働するかの試験です。


 基本的な五感の動作確認に加えて、魔力操作や魔力観測能力の確認、そして6721個の武器の確認です。

 使用方法の情報は頭の中に入っていますが、だからと言って試験しないわけにはいきません。もしも彼女が危険になれば、これらを最大限使って助けてくれと創造主は言いました。


 熱線照射装置。冷気放射装置。指向性放電装置。圧力操作領域展開機能。高出力魔力砲。魔力式障壁展開機能。魔力炸裂型小型誘導弾。座標選択式短距離転移機能。空間圧縮爆弾。時間凍結装置。重力操作装置。

 その他、多数。


 数多の兵装が、殺しの道具が、確実に動くかを確認をしました。これらが人を守るための役に立つのかはわかりませんでした。その時の私には、わかりませんでした。


「基本兵装は大丈夫そうだな。本当は再生治療系も入れたかったんだが、上はそんなものはいらないって言ってるからな……仕方ない。まぁ魔力浄化機能は実装したし……あぁそうだ。今日は合わせたい人がいるんだ」


 そう言って彼は私をとある人と合わせました。


「彼女を守ってほしい。お前はそのために作ったんだ」


 その人は小さな女の子でした。少女型として作られた私よりも小さな女の子でした。想像主である彼は、彼女を守ってくれと言いました。それが私に下された最初の命令でした。彼女をなぜ守らないといけないのかはわかりませんでしたが、それが命令でしたのでそれを実行することになります。


「よろしく。私、アリス! えっと、あなたの名前はなんて言うの?」

「私は特異状況対応型天使試作417号機です」


 彼女を守れと言われましたが、特に彼女は肉体的な異常があるようには見えませんでした。けれど、一つおかしな点があるとすれば、それは体内に多くの魔力を内包していることでした。そしてそれを彼女自身の意思で操作できることでした。


 大抵のものは魔力を持っています。もちろん人もそうです。けれど、人の持つ魔力は微細ですし、ましてや体内の魔力操作など、人にできることではないはずです。いえ、人どころかほとんどの原生生物にはできないはずです。けれど、彼女はそれができるようでした。


 むしろこの特徴は、現在の敵国の使う生物兵器によくみられる特徴です。魔力生物の一種、人型の生物兵器、魔法使いと呼ばれる生物兵器と似た特徴です。天使が戦うべき相手です。

 もしもアリスを人とし、人を守れという命令を下すのなら、私はいったい誰と戦えば良いのか。敵は誰なのか。それが疑問でした。そしてその問いを創造主へと投げかけました。


「敵? それは彼女を脅かすものだ。他の人は全員味方ではないにしても、敵ではない。俺はアリスさえ無事ならそれでいいんだ。もちろん、人を助けられるなら助けたいが、今はアリスが優先だ」


 そんな答えが得られました。

 結局、具体的な戦術目標などは与えられませんでしたが、ただアリスを守っていれば良い。本当にそれだけで良いようでした。


 付け加えるように、今もこれからの私は軍の指揮系統に属することはないと言われました。国家予選をふんだんに使って作られた私をそのようにすることは許されていないはずですが、彼はそうすると言いました。

 それを私は良しとしました。私の一次命令権は創造主である彼のものでしたから、彼がそうだと言えばそうなります。


 それからはアリスとともに過ごしました。定期的な経過観察や、追加兵装の実装時以外はなるべく彼女のそばにいることにしました。そうしなければ、彼女を守ることは難しいと考えたからです。


「おはよう。えっと、417号機さん」


 彼女の目覚めを観測機によって受け取ると、私も休眠状態を解除します。機械に休眠は別に必要ではないのですが、魔力供給量にも限りがありますので、必要度が低い時は魔力消費が少ない休眠状態で待機しています。もちろん、危険が迫れば即時起動状態に移行しますが。


「ねぇ、前から思っていたんだけれど、417号機ってなんていうか、機械的すぎない? あだ名みたいなものはないの?」


 アリスは私にそう問いかけました。

 あだ名。別の呼び名ということでしょうか。それならば、創造主にはいつもお前と言われていますが。


「そうじゃなくて、もっとこう……417号機特有のやつ」


 そういうのは特にはありません。私は特殊な魔導兵器でしかありません。量産されてるとはいえなくても、天使という兵器の一種でしかないのですから、識別番号は必要でも、あだ名というものは不明だからでしょうか。


「うーん。でも……じゃあ、わかった、私が考える。それなら、いいでしょう?」


 呼ばれ方に特に制限があるわけではなかったので、特に問題はありませんと伝えます。

 すると、数時間後の昼食時にアリスは私に名前をくれました。思えば、この辺りで私というのものが生まれた気がします。自我というほど強いものではありませんが、私という意思はこのあたりで明確化された気がします。兵器に意思なんて馬鹿げた話なのかもしれませんが。


「考えたんだけれど、シイナって名前はどう? いいでしょ?」

「417だからシイナか。これまた安直だな」


 私の創造主がアリスの言葉に感想を述べます。


「ベイル、うるさい。それより、どう? 嫌なら、また考えてくるけど……」


 そんなことはありません。とても良い名前だと思います。

 そう答えました。こうして私はシイナになりました。正直にいえば、この時は特段この名前に思うところなどはありませんでした。けれど、時間が経つにつれて、私はこの名前をとても気にいることになります。

 この名前でよく呼ばれたからだと思います。いえ、それだけが理由ではないでしょう。アリスによって、私の名前はよく呼ばれたからこそでしょうか。


「シイナ、一緒に湖に行こうよ! すごい綺麗なんだって!」


 そうして見に行った湖はとても綺麗でした。それで彼女と水遊びをしました。アリスはとても嬉しそうでした。きっと私も。


「シイナ! こっちに来て! みたことない花が!」


 散歩に出た時は、アリスはいつも私に色々なことを質問しました。私は記憶領域に刻まれている情報にあることしか話せませんでしたが、彼女はいつもそれを興味深そうに聞いていました。


「シイナ、いたずらをしましょう。ベイルのやつ、今だにシイナのことをお前としか言わないでしょう? 多少のお灸を据えなくちゃ!」


 創造主にいたずらをしかけたこともありました。協力して設置した罠でしたけれど、簡単に見破られてしまい、うまくいくことはありませんでした。

 アリスは悔しそうにしていましたけれど、笑顔でした。


「シイナ……もう少し一緒に……」


 夜はよく本を読みました。読みましたと言っても、この研究所に娯楽小説なんてものはありませんから、私が広域一般情報網から読み取ったものを、私が読み聞かせるような形でしたけれど。


 アリスはいつも目を擦りながら、限界まで起きていました。私は早く寝た方が良いと何度言っても、あまり聞き入れてくれませんでした。

 どうしてかと聞けば、彼女は寂しそうにこう言うのです。


「多分、私にはあんまり時間がないから」


 どういう意味かは分かりませんでしたし、答えてくれませんでした。そしてその言葉が本当になるとは、私も思ってはいませんでした。

 そうして私とアリスが出会ってから3年ほどが経過した日、その日で研究所でのアリス達との暮らしは終わってしまうのです。

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