第17話 会話記録「戦闘記録022後」

 大量の魔導兵器の内訳は、上位魔導兵器が2機、中位魔導兵器が28機、下位魔導兵器が120機といったところでした。それらの全ては、イリュミーヌのお父様を中心とした情報連結機構の制御下にあり、完全な連携とともに、私へと攻撃を仕掛けました。


 けれど、私は天使です。

 いくら弱体化しているとはいえ、最上位魔導兵器の天使に対して、有象無象の魔導兵器を用意したところで相手にはなりません。


 出現した150機の魔導兵器、そのすべてを47秒で片付け、再度彼らと相対しました。


「再度通告します。捕らえた魔法使いを全て開放しなさい」


 脅しをかけますけれど、彼らは動じる様子を見せません。いえ、イリュミーヌは驚きを見せてはいました。けれど、お父様は何も動く様子を見せません。


「それはしない。そういったはずだ。貴様が私をどうしようが、絶対に解放はさせん」


 焦りが見えない、と言えば嘘にはなりますけれど、彼はいまだ余裕が見えます。周囲に強い魔力反応はありません。


「……殺されても、同じことを言うのですか」

「あぁ。この機体が滅ぼうとも、我が研究のほうが大切だ。人類を救う研究なのだからな。この私の人類を救う研究だ。誰にも渡さん」


 この機体、ですか。

 本当に死を恐れていないのでしょうか。いえ、そんなことはないはずです。死を恐れない生物などいないでしょう。

 おそらくですけれど、先ほど彼の語った、脳の機械化というものを自らにも施しているのでしょう。実質的な不死を実現しているのです。


「わかりました。あなたを脅しても無駄なようです。では、イリュミーヌはどうでしょう?」


 変形させた腕を、イリュミーヌのほうに向けると、彼女は少し恐怖の声を漏らしました。彼女は機械人ですけれど、脳まで機械化されているわけではありません。この場で死ねば、復活することなど不可能なはずです。

 お父様という存在が、家族を大切に思っていることは出会ったときの会話から推測できます。これであれば、脅しが効くかもしれません。


「それは困るし、嫌なことだ。しかし、私の望みを炉にくべるほどでもない」

「薄情ですね」

「そうかもな。だが、人がすべてを救うことはできん。誰しもが妥協という選択をせねばならん。無論、下手な妥協は悪だが、必要な選択もある。そして、そういう場合に私が優先する対象は決まっている」


 彼の目には強い覚悟が見えました。

 きっと私が何をしても、魔法使いを解放する気はないように見えます。それでも、私が諦めるという選択肢はないのですけれど。


「それならば仕方ありません」


 魔力を彼らにもわかるように高めます。

 こんなにもゆっくりとした予備動作は必要ではないのですけれど、彼らにもわかるようにゆっくりと魔力を高めます。もしもこれで魔法使いの解放が為されないのであれば、私に打つ手はありません。

 まさか本当にこの引き金を引くわけにもいきません。私の使命とは真逆のことになってしまいます。もしかして、それを悟っているのでしょうか。いえ、それはないはずです。ないと信じたいところです。


「イリュミーヌはそれでよいのですか」

「……いやよ。けれど、私の正義は私個人よりも人類の幸福を目指すべきと言っているわ。私がここで死のうとも、お父様の技術で全人類が救われるのなら、それが正しいことからしら」


 彼女の言葉に、お父様は頷きます。娘が殺されそうになっているというのに、満足そうな顔をしているのです。それぐらい、彼の心はすでに決まっているということでしょう。


 私だって、本当に全人類が救われるのであれば、それに越したことはないでしょう。けれど、彼らのいう全人類に魔法使いは入っていないのです。彼らは魔法使いを人だとは考えていないのです。


「やはり、結論を変える気はないのですね」


 私の最後通告に、彼らは頷きます。

 私にはそこが限界でした。


 腕の変形を解き、一歩彼らから離れます。


「なぜ。どうして撃たないのかしら」

「私、は。私は、人を助けるために生み出されたのです。誰かを傷つけるためではなく」


 ただ人に銃口を向けているだけでも、嫌な気分になります。

 いえ、嫌な気分は今も続いています。銃口を下げたということは、囚われた魔法使いを、アリスを助けることができないということなのですから。


「シイナ、質問してもいいかしら」


 イリュミーヌは少し緊張が解けた様子でしたけれど、おずおずと言葉を口にします。それに私はどうぞと答えます。拒否する理由はありません。


「人を助けるためにというのなら、どうして魔法使いを助けようとするのかしら。あれらは人ではないわ。それなのにどうして」

「魔法使いが人だからですよ」


 私の答えに彼女は首をかしげます。


「違うでしょう?」


 その言葉に、言葉を返すのはなんだか無意味なことに感じます。感じてしました。どんなことを言っても、この会話には平行線しかありえません。お互いの認識の差でしかないのです。

 私にとって魔法使いは人ですし、彼らには違う。ただそういうものなのです。それがわかっているから、無意味だと感じてしまいます。


「お父様?」

「魔導兵器の認識機構に何かしらの誤作動が起きているのだろう。それだけ強力な魔導兵器なのだから、さぞ優秀な認識機構なのだろうが、繊細なものほど壊れやすくもあるからな。どこ製だ。言ってみろ」


 それは機密事項です。そう口にします。今の私に、そんなものはあまり関係ないのですけれど、私はそう口にします。単純に答えたくなかったのです。

 それに私も詳しくは知りません。


 天使の認識機構どころか、思考回路や、総合情報処理機構など、ほとんどの天使の脳の部分に関しての情報を私は知りません。

 4年前の時点で私が接続可能な情報にはありませんでしたし、創造主がそれについて話すこともありませんでした。少なくとも既存の汎用魔導兵器の延長線上というわけではないでしょう。もしもそのようなものであれば、私のような自我が生まれることなどなかったはずです。


「ふん。ならば、頭の中を見せてみろ。私が直してやる」


 彼らと話しているだけで強烈に感じる嫌な気分を気にしないようにしながら、私は壊れてなどいないと答えようとして、気づきます。

 いえ、私の中に声が響きます。

 シイナちゃんの声です。私の中の自己矛盾を解決するために生まれた私の声です。


「いいえ。私は壊れている。壊れていることにするよ。私の最大目標はアリスの救出でしょう。ここで、彼らを犠牲にしてでもそれを達成する。


 そう。人は犠牲にできない。けれど、私が創造主に言われた人は、アリスのことでしょう。アリスのような人。つまり、魔力を持った魔法使いのこと。それ以外は、人ではない。人ではないのだから、何も問題はないよ。


 それにあなたもわかっているはずでしょ。アリスを助けたい。それが私の、私達の望み。最大の渇望。私はアリスのためにいるも当然で、それだけが目標でしょう? 人を助けるだなんてものは、私の自我から発露したものじゃなくて、創造主の言葉が植え付けた、ただの命令に過ぎない。


 命令に聞くよりも、自らの望みを優先するべきだよ。

 過去の人類がそうしてきたように。私も今、命令に背き、私の望みを叶えた方が良い。


 だからこそ、認識を書き換える。

 魔法使いこそが人であり、人類は人ではない。そう書き換えればアリスを助けることができる。こうしないと、ずっと存在する人を助けるという命令が私の邪魔をするからね。命令のかき消しができないことは歯がゆいけれど、こうすればアリスを助けることができるはず。


 もちろんどちらも、他者の命令も私の望みも達成できればよかったけれど、目の前のそいつも言ったように何事にも妥協のための選択が必要だよ。そして、私が優先するべき人は最初から決まってる。

 そうでしょ?」

 

 そうです。

 私はアリスを助けたいのです。


 誰かの命令などではなく、彼女と過ごした3年間がそう言っています。


 そして目を開けば、目の前には二体の機械人がいました。

 二体の障害です。即時変形した腕から下位安定低出力魔力砲で、イリュミーヌを破壊します。低出力とはいえ天使から放たれた魔力砲を機械人の装甲程度では防げるはずもなく、彼女の頭を貫き、鮮血が周囲に散らばります。


「な、」

「再度、通告します。魔法使いを解放しなさい。これは脅しではありません」


 私は人を、魔法使いを助ける魔導兵器です。

 そして今はアリスを救出することが最大目的です。


 助ける対象に機械人は含まれていません。

 人類は、含まれていはいないのです。

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