第16話 2人目の犠牲者

『こちらのドアを開けて下さい』


 AR上を先導するアリアドネを追いかけて、私達……。私と北元武を走った。

 アリアドネは、宙を浮いて移動しているように見える。


 未来のアリアドネ。つまり、既に彼女は死んでいて幽霊になっているという事だろうか?

 彼女らに用意された物語も、もしかしたら重要な要素かもしれない。


「今のとこ、追てくる気配はないな。なぁ、アリアドネ」

『何でしょうか。北元武さん』


 ……レスポンスが早いわね。

 どこで音声認識をしているの? 私達に頭に嵌められた拘束具?

 ARの描写にも、この拘束具は一役買っているのかもしれない。


「俺達を追っている、……生贄を喰い殺そうとしている、あの牛頭は、この迷宮の中に一匹だけなのか?」

『……はい。彼は、このラビュリントスに一人だけしか居ません』


「それは、つまり。言い方は悪いんだが。こうして二手に別れて行動した時。あっちが襲われている時は……俺達の近くには現れないって事でいいか?」


『その通りです。他の生贄が襲われている時、貴方は襲われずに済むでしょう。

 彼が、生贄を一人、食べ切るには時間が掛かります』


「……それって」

「助かりたきゃ、逃げる際は、場合によっては他人を犠牲にしろって言いたいらしいな」

「最悪……」

「まぁ、そうだけど。今、俺達の方に来てないって事は……あっちにいったって事かな」

「……そう、なるのね」


 とはいえ、セーフルームの中に入らない限り、安心は出来ない。

 向こうは4人グループ。

 一つ目のセーフルームを見つけても、守られるのが先着2名というルールである以上、残る2人は、またセーフルームを探さなければいけない。


 既に一人死んでいる。もう一人も死んで欲しくはないな。

 だって、あんな光景は、もう見たくない。


 ……そうは思ってはいないだろう人が既に現れてしまったけれど。



「……どうして東雲さんは、あんなに私に敵意を向けるのかしら」

「あっちの子? 普段から喧嘩とかしてたの?」

「ううん。だって、私。今の学校に転校してから、まだ1週間しか経っていないから。……本当は、友達にもなってないの。ほとんど他人みたいなもの」


「そうなの?」

「うん……」

「え、どこから転校? っていうか引っ越ししてきたんだ?」

「それは……」


 私は、何の気なしに北元さんに、引っ越す前の場所を教えた。


「え!? 俺の地元なんだけど」

「え? そう、なの?」

「ああ」


 ……同じ場所の出身? そんな偶然ってあるの?

 ううん。偶然なんかじゃ、そもそもない?


「気になる事は、あるけど……とりあえずセーフルームだな」

「そ、そうね」


 ……北元さんは、迷う事なく私と行動を共にしてくれた。

 正直に言えば、それだけで嬉しい。


 だって、こんな空間で一人ぼっちで投げ出されたとしたら。

 考えるに恐ろしかった。


 しかも同じ被害者の筈の人達、それもクラスメイトから目の仇にされた状態だ。

 大森コースケに至っては、明らかに欲望を滾らせた目で私を見てきている。


(……最悪の状況なのに。彼だけは私の味方をしてくれた)


 思えば、出逢った時点で北元武は私の事を助けてくれたのだ。

 ……命の危機を救ってくれた。


(……気持ちが傾くのも、仕方ない、わよね)


 吊り橋効果と言うべきかしら。

 考えて見れば、私は最初から彼に好意を抱いてしまっていたのだ。


(……そんな気持ちも、東雲さんにはあっさりと見抜かれていた。そして、そこを攻撃された)


 私が何をしたと言うの。

 なぜ、彼女は私を恨む?


 だって明らかに中津アキトを殺したのは……私達を誘拐した者達だ。

 このラビュリントスに閉じ込めた何者かこそを恨むべきなのに。



『……皆さんに悲しいお知らせがあります』


「は?」

「……悲しいお知らせ?」


 アリアドネが突然、声色を落としてそう告げた


『生贄の人数が、また一人、減って・・・しまいました』


「な、何? 生贄が減ったって、そりゃ」

「……誰か、殺されたって事?」


『はい。その通りです。今、このラビュリントスの中で生き残っている人数は……6人』


 6人。

 私達は、最初8人居た。

 1人目の犠牲者は、中津アキト。私のクラスメイトの男子高生だった。


 それは確認している。

 では2人目の犠牲者は、誰?



「だ、誰? 誰が死んだと言うの?」

『誰が亡くなったのかまでは分かりません。ただ生贄の数が減った事だけが分かります。

 彼が食べてしまったのでしょう』


 ゾクリ、と。背筋が震えた。


 ……今、私達を安全地帯へ導こうとしているこの女性、アリアドネは私達の味方と言えるだろうか?

 本当に?


 彼女だって、私達を攫った運営の手先の筈だ。


 今、私達の内の誰かが……死んでしまったと言うのに、あまりにも淡々とそれを受け入れていた。


 英雄セテウスに恋した女、アリアドネ。

 ミノタウロスの妹と設定された、王女。



 彼女の目的は、私達の脱出ではないとしたら?

 兄であるミノタウロスに『餌』を与えるのが彼女の目的だとしたら。



「……アリアドネ」

『はい。西川恵さん』

「貴方の目的は、何?」

『……目的』

「そう、目的。貴方は、このラビュリントスで何がしたいの?」

『…………』


 沈黙。この質問に対する答えは、このAIに搭載されていない?

 それとも、ただ答え辛い質問だから、返答に困っている……とでも言うのか。


 彼女は所詮、人工的な知能に過ぎないと言うのに。



『……私の目的は、テセウスと結ばれる事です』

「え」


 答えた? 今の間は、演出上のものなの?


「テセウスと結ばれる? それって赤い糸で結ばれた、あんたの恋人だよな」


『はい。私とテセウスは愛し合っていました。このラビュリントスを進んだテセウスは、私と赤い糸で結ばれていたのです』


「……んじゃ、あんたとテセウスは既に結ばれているんじゃないか?」


『テセウスは、島に私を置いて去り、故郷アテナイへ帰っていきました』


「……あー。捨てられた、って事? すまん。悪い事聞いた」

「AIに向かって何を気遣っているのよ……」


 私は、彼の言葉に呆れた。だけど。


『そうです。私はテセウスに捨てられたのです』

「えっ」

「そこ拾わなくても」


『私の目的は、テセウスと結ばれる事です』

「答えがループしてるぞ?」

「……そうね。それはさっき聞いたわ。アリアドネ」


『皆さんは生贄の少年少女達。彼は、皆さんを喰い殺してしまいます』

「…………」

「ある程度の質問が来ると、ゲームルールとか、物語設定とかを繰り返す仕様なのかもな」

「……そうね」


 また、人が死んだらしい。今度は誰が?


 私、西川恵。そして隣を走る彼、北元武。

 ここに居る私達は、間違いなく生きている。

 ルール上は死んだとか、そういう抜け道もないだろう。


 残りは、東雲藍。南条キサラ。大森コースケ。外山シンイチ。小島アカネ。


 ……この5人の内、一体、誰が死んだのだろうか?

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