第19話 3人目の犠牲者
「じゃ、じゃあ行こうか。そろそろ」
「う、うん……」
変な空気になった。勢いに任せて互いの好意を伝え合い、私達は恋人になった。
(……何やってるの、私)
こんな状況で。一時の気の迷いに違いないのに。
だけど、止められなかった。それで良いと思った。
(吊り橋効果。命の危機だからこそ、燃え上ってしまう、恋)
それは、こんなにも制御できないものだったか。
私達の姿を見ている者達は嘲笑っているのかもしれない。
出逢ったばかりなのに、運命の恋のように盛り上がっているバカな女だ、と。
だけど、どうしようもない。
きっと、そういう風に出来ているのだ。人は。女の子は。
(……だって命を助けて貰ったんだし。それに、そう。映画の中では、これぐらいの時間でくっ付いて愛し合う男女なんて珍しくないじゃない)
「あ、あー。手とか繋ぐ?」
「……それは恥ずかしい。じゃなくて、流石に状況が合ってないと思う」
「そ、そうだな」
「……帰ったら」
「ん」
「二人で無事に帰ったら、……いいから」
「お、おう」
何言ってるのかしら、私。
『──彼が、また動き始めました』
「……!?」
何ですって? また?
いえ、そもそも怪物が動きを止めるのは誰かを喰い殺している時だけ。
さっき2人目の犠牲者が出て……、ああ、思えば本当に不謹慎極まりない。
私達が、誰かの命を犠牲にして、やった事は弱音の吐露と、お花畑にお付き合いを始める事。
……その間にラビュリントスの探索をするべきだったのに。
『皆さんがバラバラに動いてくれたお陰で、私から見えるラビュリントスの姿が広がったようです』
「はい?」
『……これならば、ラビュリントスの奥まで案内する事が出来るでしょう』
「えっ」
それって? 私と武は、互いに顔を見合わせた。
「アリアドネ。それは、例の鍵の場所までアンタが案内してくれるって事でいいか?」
『はい。北元武さん。どうか私について来て下さい』
「あ、ああ。行こうか、に……、えと。恵」
「う、うん」
そんなに上手い話があるの? それとも他に別の意図が?
「……もしかしてアレかな」
「なに?」
「あまりにもゲームが動かないんで、業を煮やして、とっとと俺達を鍵の場所まで案内しよう、とか」
「……ああ」
正直、探索のスタートはかなり遅かっただろう。
まず真っ先に行ったのが『EXIT』部屋の入念な確認だ。
その後もグダグダと話し合いがメイン。探索を始めたのなんて、かなり後だった。
……私達を見ている者が居るというのなら、こんなにつまらない事はない。
だからテコ入れが入った? 巻きで、というものだ。
「……危険、かも」
「え? なんでだ」
「つまらない、って思われてるんでしょう? このゲームで。どうしてつまらないのか。それは私達が探索を進めなかったから? ……それとも」
「うっ。……死人が出なかったから、か」
「そうよ。だとしたら、ここからは危険度が、」
跳ね上がる筈。そう言おうとした矢先。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「きゃあっ!」
また! ミノタウロスの咆哮が響き渡った!
「くそっ! 近いだろ、今の! それもご丁寧にセーフルームの方から聞こえたぞ!」
やはりミノタウロスは、私達の行動を把握している。
セーフルームと私達の位置を把握しているから、すぐに逃げ込めない所から追いかけてくるのだ。
『こっちです! 西川恵さん、北元武さん!』
いつになく慌てたような声。アリアドネが、熱の入った言葉使いで私達を誘導する。
でも、それは逆に私達に焦り生み出した。彼女が取り乱す程の事態なのか、と。
「……さっき、ミノタウロスの咆哮が3回ですぐ傍まで迫ってきてたわ。あれがカウントダウンかもしれない」
「……じゃあ、あと2回聞いたら、ドアの向こうか」
「そう」
「くそっ」
武は、一瞬、戸惑ったけど、私の手を取った。
「あっ」
「ごめん。でも、この状況はむしろ手を繋ぐのが自然だと思う!」
「そ、そうね。うん。好きにして」
「好きにっ、……言い方、考えような」
「ええ?」
私はスマホを持ち替えて、彼に右手を引かれる。
『こちらです!』
「おう!」
命の危機を感じながら手を繋ぎ合い、逃げる。
……正しい意味での吊り橋効果。
死の恐怖と、恋愛感情が混ざり合い、彼への気持ちが、どんどん膨らんでいった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「近付いてきてる! 狙いは私達かも!」
「くそっ。アリアドネ! セーフルームに回り込めないか!? 怪物を避けて!」
『……位置関係からして、先程のセーフルームに戻るのは難しいです。別のセーフルームへなら……』
「待って。そのセーフルームは私達が2人で使えるセーフルーム?」
『……いえ。それならば、もう少し離れた場所になります』
どうやら最初に案内しようとしたセーフルームは、使えないセーフルームだったらしい。
間の抜けた話だが、それこそ、こちらの意図を察して欲しいわ。
『どうしますか? セーフルームを目指せば、ラビュリントスの奥からは遠ざかります』
「そんな事言ってる場合かよ!」
『……忠告させていただいても?』
「は?」
忠告? アリアドネの声のトーンが変わった。
「何だよ、忠告って」
『……セーフルームばかりを探して、ラビュリントスを探索していては、けっして奥まで辿り着けません』
「……は? そんなの。どういうこと」
『テセウスならば、生贄の少年少女達を犠牲にしたでしょう』
「はぁ?」
『セーフルームから出発し、ラビュリントスの奥を目指せば。必ず貴方達は彼に追い付かれます。誰かが彼の
足止め? どうやって。
……その方法を考えた時、ゾッとした。
ミノタウロスが足を止める瞬間を、私は既に見ていたからだ。
「まさか」
武も私と同じ結論に達したようだ。
『──他の誰かが食べられている間に、ラビュリントスを進んでください。貴方達が生き残るには、それしかありません』
アリアドネがそう告げた。
……死の、ゲーム。私は、ようやくその意味を理解した気がする。
「……マジで言ってんのかよ」
『お二人が生き残る為には仕方ありません』
「それと同じ事を他の連中にも言っているんだろうが!」
『はい。皆さんの条件は平等に。貴方達はテセウスではないのですから』
テセウスではない? いえ、もちろんそうなのだけど。
何か引っ掛かる。
だってラビュリントスに入った私達にとって、テセウスとは英雄というよりも『脱出の成功者』の意味合いが強い。
アリアドネの赤い糸と結ばれて脱出こそを果たしたいのだから。
怪物退治なんて、どうだっていいのだ。
「くそ……! どうする? 恵」
「どうするって」
悩んでいる暇なんて。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
3回目の咆哮! ビリビリと私達の居る通路が震える程の音が響き渡る!
「やばい! とにかく進もう!」
「アリアドネ! 『私と武の2人の安全が確保できるセーフルーム』で『最もラビュリントスの奥に近い部屋』に案内して!」
『……わかりました。西川恵さん』
ニコリとアリアドネは微笑む。
私の選択は、限りなく彼等の望む死のゲームに沿ったものだ。
ゲームに乗るにせよ、乗らないにせよ、そこはスタート地点に他ならない。
「それでいい!? 武!」
「あ、ああ! もちろんだ! 行こう!」
「ええ!」
私達は手を繋ぎながらアリアドネの誘導に従って、ラビュリントスを駆け抜けた。
途中、他のメンバーに会うかと思ったけど、まったくすれ違いもしない。
……誘導、されてる? 他のメンバーも。
アリアドネは全員を誘導できる。なら、衝突しないルートを選ばせる事も余裕だろう。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
「ぐっ! 4回目の咆哮だぞ!?」
「……さっきの扉の向こうから、」
「すぐそこかよ!」
焦らすように。私達は怪物に追い立てられた。あえて殺されないタイミングで追いかけてきているのかもしれない。
それでも足を止める事は出来なかった。
これは生物としての本能的な恐怖だ。
己に死をもたらす怪物であれば……たとえ機械仕掛けの存在であっても、冷静に判断が下せない。
『…………残念ですが』
「な、なに?」
何が残念?
まさか。
私と武は、背後を振り返り、そして一緒にスマホを前にかざした。
アプリ上に、ミノタウロスの姿は……、……ない。
『また、新たな犠牲者が出ました。……今、彼に喰い殺されたのは、外山シンイチさん。
そして先程、彼に喰い殺されたのは……どうやら小島アカネさんだったようです。
……彼に捧げられた生贄の数は、残り5人』
アリアドネが、酷く冷たい声色になって、そう告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます