第18話 恋愛感情
「これからどうする?」
北元武がそう尋ねてくる。私と彼は今、セーフルームに到着して息を整えていた。
幸い、追手は撒く事が出来たけれど……アリアドネによれば、また犠牲者が出てしまったらしい。
「……どうって言われても」
正直、このセーフルームに居れば安全なのなら出て行きたくはない。
誰かがゲームクリアをしてくれれば助かるかもしれないなら、いっそ。
「……他の誰かがクリア、『ミノタウロスを暴く鍵』を手に入れるのを、ここで待つ、とか」
「うーん。それはどうだろ。西川さんは、上手くいくと思ってる?」
「……正直、怪しいと思う」
「だよな。やっぱり」
まだ深く知っているワケじゃない人達だ。それでも。
「……小島アカネは、そもそも探索さえしていない」
「ああ。それで、大森さんは正直、この迷宮の中で役に立ってる節がないよな。どころか威圧的なせいで皆にとってマイナスだったと思う。意見が出し辛いし、無駄に気を使ってる」
「……うん。それから南条さんは、普段は賢いかもしれないけど」
「彼女、ずっとあの藍って子に付き添ってて大人しいよな。派手そうな見た目だけどさ。積極性に欠ける気はしたな」
「そうね。積極性と言うなら、外山さんも少し……微妙だと思うわ」
「流されやすそうなんだよなぁ」
「……そして、東雲さんは」
「キミの事を目の敵にしてる。どころか、まんま彼氏の仇みたいに思ってる」
「……うん」
彼女はゲームクリアを目指すだろうか? それとも私への、復讐……を優先するだろうか。
「一応聞くけど、最初の彼が死んだ時、何かしちゃったとかある?」
「……いいえ。彼は自分からミノタウロスに殴り掛かりに行ったわ。むしろ私は止めた方」
「信憑性あるなぁ。たぶん、キミはそんな事しないし、止めそうだ」
「……そうかな」
「うん。あっちのグループと別れる時に言ったけど、キミの方が冷静で的確だと思ってる。これは俺だけの考えじゃなくて、外山さんとかもそう思ってた筈だ。……まぁ、バッテリー問題で流されて向こうに行ったけど」
たしかに外山シンイチも、そういう素振りはあったわね。
「……まぁ、キミが同情する事もないと思うんだけど。彼氏があんな風に死んじゃった後だと、誰でもいいから恨んでしまいたくなる……って心境だったのかもなぁ」
「そういうもの、なのかな」
どうしてこうなっちゃったんだろう。
だって、私は。
「…………私ね」
「うん?」
「……今回、遊びに来た子達とは、ほとんど話した事もなかったの」
「うん」
「転校してきたばかりで、まだ友達が居なくて。……そんな時に、あの子。東雲さんに誘われたの。これをキッカケにすればいいよ、って。友達が一人出来たら、すぐに沢山、他の友達が出来るかもって」
「……そうなんだ」
「うん。それは私も同じ考えだったの。そして……嬉しかったわ。
やっぱり学校で友達が居ないって辛いし。女子は特にね」
「そりゃそうだよな……」
「……今回、一緒に遊びに行ったら。連絡先とか交換して、友達になれると思ってた。本当にそう思ってたのよ。
彼女と中津アキトの関係だって応援するつもりだった。
中津くんには悪いけど、彼はタイプじゃなかったし、二人の仲を邪魔する気も割り込む気もなかったの。
……それなのに。どうして、こんな事に……」
ダメだわ。なんだか涙が滲んできた。
セーフルームに入って、ホッとしたせいだろう。
今更ながら、この理不尽な状況に。そして得られる筈だった友情や、未来が失われた事に絶望する。
「……私達、死ぬのかしら。ミノタウロスに食べられて」
死の気配は、すぐそこにある。また新たな犠牲者が出たのだ。残りは、たったの6人。
このラビュリントスの中には、死の気配が満ちている。
私達は、生贄の少年・少女。ただ怪物の餌として捧げられてしまった哀れな市民達……。
英雄テセウスは、ミノタウロスを倒す時。
一緒にラビュリントスへ入れられた子供達をどれだけ守れただろう?
市民の犠牲を
……救われた市民は、ラビュリントスに入らずに済んだ市民達だけだ。
テセウスと共にであろうと、この迷宮に放り込まれた市民達は生還できなかった。
だってアリアドネの赤い糸によって脱出が出来るのは、運命の恋人だけだから。
……そうでなければ、愛の物語が輝かない。
私達は、運命の引き立て役に過ぎないのだ。
「あ、あー。その。こういう状況で何言ってんだと言われそう、なんだけどさ」
「……?」
「月並みな事、言うぞ?」
「……なに?」
彼、北元武は顔を真っ赤にしながら、それでいて、まっすぐな目で私を見つめた。
「お、俺が守ってやる。キミの事を」
「……え?」
恥ずかしそうにしながらも、だけど真剣に。
「頼りないかもしれないけど。その、なんだ。キミの事を信じるし。そう、他の人みたいに裏切者だとか疑ったりしない。ていうか、怪しいところ、ないしな。ほとんど言い掛りだったし。
……西川恵のことを、信じる。そして、守る。男として」
「…………なんで?」
理由が分からない。男として? それは、つまり彼も私を意識している?
「それは、その。なんていうか。あー、つまり。俺が、キミを……き、気に入っている……から、だよ」
「……気に入ってる?」
「で、出逢ったばっかりだし、あんまり踏み込んで言っても説得力ないと思うんだけど! だから、その。個人的に気に入ってる、って言葉で」
「……どうして? 元カノさんに似てたりするの、私」
「あれ。元カノの事、話したっけ。あ、いや、話してたな。小島さんが」
「……うん。彼女、居たんだって思った」
「まぁ、フラれた後だけどな。今はフリーだ」
「……そう」
なんでフラれたんだろう? 私なら。
「うーん。まぁ、元カノとは似てないよ。好みのタイプとかじゃなくて、だ。うん。この場面で容姿を褒めるの、不純でアレな気がするけど……。キミは、すごく綺麗だから? まず良い印象の方が強かった」
「…………」
「……それから、女の子相手に言うのもだけど」
「……前置きが多いわ」
「うぐっ。ストレートに言う! ……正直、すごく頼りになるなと思った」
「……頼りに?」
「ああ。こんな状況だろ? 男の俺だって不安だったんだよ。でもキミは、色々と状況が見えてたし。頭も回転させてた。この異常な空間の中でだ。……そういう部分に、こう、グッときてた」
「グッと」
「ああ。なんか格好いいなって思ったんだ」
「……格好いい? 女なんだけど、私」
「そ、そうだけど。ストレートに言うと、そんな感じだ。とにかく気になってた。今も正直、2人きりで話しててドキドキしてる」
「……そう言えば、二人きりね」
グッと来た。私のことを気に入ってる。格好いい。
ぐるぐると頭の中がその事で埋め尽くされていった。
胸の内が温かくなって、トクトクと高鳴って来る。
その反応は、まるで恋をしているかのように。
「……吊り橋効果ってヤツよね」
「うん?」
「こういう状況だから、簡単に恋愛感情が芽生えちゃう。死ぬかもしれない状況だから」
「あ、ああ。そういうのもあるかもだけど」
「……だから、私の方も貴方にドキドキしてるのかな?」
「えっ」
「……私の方は、出逢ったその時に、貴方に命を助けられたし。もしも惚れるなら……。
グッと来てるなら、私から貴方の方によ」
「そ、それは……! あ、あれは、なんていうか、そういう下心じゃなかったんだけど」
「……うん。分かってる。あの状況で、綺麗な女の子か否かなんて判断で動かないよね」
「まぁな」
(……どうしよう。今、両想いだわ、私達)
「…………」
「…………」
気恥ずかしさが私達の間に漂う。でも、それは悪くない気持ちだった。
「……その」
「な、なにかな?」
「……たぶん、今、私達って……両想い、だと思うけど」
「そ、そうみたい? だな?」
「……でも。たしかな気持ちかは、きっと貴方も分からないわよね」
「うん?」
「……こういう状況だから。ときめいているだけかも。お互いに」
「……まぁ、それは、うん」
「私、男の人と付き合った事、ないんだけど」
「え? 綺麗なのに」
「……機会の問題……たぶん。……性格とか態度が原因かも……」
「いやいや!」
「彼女、居たのよね?」
「あ、ああ。もちろん、今はフリーだけど」
「……付き合い始め、ってどうしたの? つまり、互いにこういう気持ちだった場合なんだけど」
「えっ? ええと。どうだろ。あの時は、あっちから告白されたんだけど……」
「好きって言われたの?」
「あ、ああ」
でもフラれちゃったのね。
「……好きな気持ちを伝え合って恋人同士になるなら。私達って今、」
「ええと。あー。つ、付き合う?」
「……言い方」
「ご、ごめん」
付き合う。それでいいのかしら。
「……今だけの気持ちかも」
「まぁ。恋愛なんてそんなもんだよ。女の子は冷める時は、本当に冷めるって言うし」
「……貴方は、彼女への気持ち、冷めてないの?」
「…………、……実は」
「うん」
「この4人での活動企画。俺がフラれたのを慰める会だったんだよね」
「え? そうなんだ。仲良かったの?」
「いいや。ほぼ小島さんが主催だった。引っ掛かったのがあの面子だっただけ。
本当はもっと来る予定だったし。
ちょっと違うけど、クラス飲み会みたいなノリだったんだよ」
「……そうなんだ」
なんだか意外。
「……じゃあ、彼女への気持ち、フっ切れてない?」
「まぁ、引き摺ってはいた。いたけど、……うん。自分から『好き』だって言いたいな、って思ったのはキミが初めてかも」
「……そ、そうなの」
元カノには告白されて付き合ったのよね。
付き合ってから問題が見つかるタイプなのかしら。
「……なんだか実際に付き合うまで、貴方に惹かれる気持ちが強くなりそう」
「ええ?」
「元カノさんは、付き合ってから貴方の欠点を見てしまったのよね?」
「……そうかなぁ。分からないけど」
男女関係だもの。相性だってあるでしょう。
もしかしたら私にとっては最高の相性って事もある。
「……私達、付き合う? その。恋人同士に、なる? お互いに好きみたいだから」
「…………、……、なる。付き合おう」
「……ふふ。言い切ったわね」
凄く他の言葉を挟みそうになったけれど。
「勢いに任せた恋愛。そういうのでも、いいのかな」
「まぁ、この場合は……『俺達の場合はそういうのだった』でいいんだと思う。状況が状況だから」
「……そうね」
無事に家に帰ったら。それでは、きっと遅いだろう。
だって、いつ死ぬか分からない。それなら、いっそ。
「じゃあ、その。色々と、よろしく」
「あ、ああ。よろしく?」
「……私、付き合った事ないから、リードとかして欲しい、かも」
「お、おう」
本当に。未経験だ。そして彼は大学生で、恋人が居た事のある人。
……もしかしたら翻弄されてしまうかもしれない。
(それも……良いのかもね)
なんだか不思議と、そんな風に自然に思えた。これが恋するという事なのかしら。
「よろしく。……
「あ、ああ! ええと。よろしく……め、
「ふふふ!」
こんな最低の場所で。私は、少しだけ幸せな気持ちになれたのだった。
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