第10話 メタ読み
「……どうするのよ?」
スマホのバッテリーは、ラビュリントスにおいて私達の生命線だ。
だから節約しなければならない。
けれど、スマホとは通信用端末であり、電話だ。
例えアプリを削除されたとしても、通話機能は生きていて、外部から連絡さえ入れば助けを求める事が出来る。
「……連絡が来る予定の人、居た?」
「え?」
「今、つまり攫われてからだけど。時間の経過を考えると……5~6時間かな? 行方不明だなんて、今の時点では誰も考えてない筈だ」
スマホの画面の端には時間が表示されていた。
だから、私達は誘拐されてからどれだけ時間が経ったのかをキチンと把握できている。
「僕らを心配して連絡をしてくるには、少なくとも門限とかある家庭で、その時間を過ぎてないとダメだと思う。友人からの不定期連絡に懸けるにはリスクも高過ぎると思うよ。
……少なくとも僕には連絡は来ないと思う」
と、外山シンイチが自らのスマホの電源を落とした。
「友達いねーもんな、外山は! ははは!」
「……いるよ。でも今日、連絡をくれる予定はそうないってだけ。男だし、門限もない。でも」
と、そこで外山シンイチは私を見た。
正確には私と、南条キサラ、東雲藍の3人だ。
「女子高生だろ? 門限、あるんじゃない? それまでに帰らないか、連絡しないと親が心配するとかさ」
「……私は、夜、少なくとも夕飯を食べてくる可能性までは母に言ってしまった。だから連絡があるとしたら……夜8時、ううん。夜9時以降じゃないと親からは期待できないと思う。友人からも連絡の予定はないし、頻度も高くないわ。私はこんなところ」
私は最初に素直に答える。そして、そのまま南条さんに視線を向けた。
無言で頷く大学生達は、私の視線に吊られて彼女を見る。
「えっ、それって答えなきゃいけない事?」
「当たり前だろ? 個人情報がとか言わないよな、この状況で」
「…………」
南条さんは困ったような顔で、全員を見回した。
そして私に目を向ける。
……少し不満そうな雰囲気が見てとれた。
「……親は私の心配をしないわ。だから門限なんて無い」
え? と。私は思った。南条キサラに抱いていたイメージは順風満帆な人生。
きらびやかで輝いていて、生徒達の多くにも慕われている。
けれど、今の言い方からは親との距離感が開いているように感じた。
「連絡も来ないと思う。友達は……分かんないな。来る日もあるし、来ない日もあるから」
「ふぅん」
大森コースケがニヤニヤとその話を聞いた。
女子高生の個人情報を聞けたこと、そのものに対する愉悦のようだ。
(……死体を見ていないからか、やっぱりどこか緊張感を共有できてない気がする。どころか頭の中は、色恋……ううん、性欲で満たされているような感じ……)
彼には近付きたくないと胸の内に秘めておく。
「そっちのは?」
「…………」
「おい。お前だよ、茶髪」
「茶髪は私もなのだけど」
「黙ってる茶髪だよ」
「……彼女は親しい友人を亡くしたばかりなのよ。気が動転しているわ。追い詰めないで。何も出ないわよ。……全員、連絡がすぐ来るのは見込めないって前提でいいんじゃない? 私と彼女はクラスメイトだけど……、私達とそう変わらないから」
「だな。今は、そっとしといてやれよ。問題は先送りだ。ていうか、お前らも実際どうなの? 連絡は来なそうか?」
北元武が、私が東雲さんを庇う事に同調して大森コースケの糾弾を躱してくれる。
「俺はねぇだろうなぁ。親も一泊二泊で心配とかしねぇ」
「……連絡が来る予定はないわ。心配されるかは、……この時間じゃ無理ね」
「そっか。じゃあ、一応、今は全員のスマホ……、ああ、全員は全員で不味いのか」
「さっきのアリアドネが不意に声を掛けてくるかもしれないからね」
「オーケー。じゃ、俺が電源を入れっぱなしにしておく。皆は充電、節約。それでいい?」
私達は頷き合い、北元武だけが電源を入れた状態で話を進める事にした。
◇◆◇
「バッタリー、イコール『制限時間』ってのは分かった。俺達の活動時間って言った方がいいかな? で、他に……話を整理すると?」
「聞いてなかったのかよ、さっきの説明をよ」
「改めて聞いた方がいいじゃん。聞き逃してたかもしれないし」
「……まぁ、そうだね」
大学生グループを中心に会話は進んでいく。
「まず、奴ら……は、さておき。アリアドネは、僕達にこの迷宮を先へ進んで貰いたいみたいだ」
「ああ」
「迷宮の奥には『ミノタウロスを暴く鍵』とやらがある。その鍵を手に入れて、こっちのスタート地点。『
「……ええ。あったわ」
「うん。その出口に辿り着く。大まかに言うと、これでゲームクリアなんだと思う」
「ゲーム、ねぇ」
「テレビかよ。俺達、やっぱりなんかの撮影に巻き込まれてんじゃねぇの」
「……そういうの、死亡フラグだと思うけどなぁ」
「ぁあん?」
「──人が既に死んでるわ」
私は、会話に口を挟んだ。
「あ?」
「……人が既に死んでる」
「だから何だよ。不謹慎だって説教か、JKちゃん」
「……説教じゃない。現実、見て来れば? っていう話。だって近いわよ。彼の死体がある場所。まだ、あそこに残ってる。撮影かも、ドッキリかもって現実逃避するのって時間の無駄だと思うわ。見て来れば、あっさり状況を呑み込める筈」
「め、恵ちゃん。アキトくんの、その、身体だよ? そんな風に言うのは」
「……ごめんなさい」
私は素直に謝って口を噤む事にした。
ここで言い争う事が目的じゃない。
「でも、いいな。その案。出口に戻って確認してみるの」
「は!? 何言ってるのよ、外山くん!」
「いやさ。なんて言うんだろ。こういう状況って、さんざん映画か何かで擦られてきたシチュエーションじゃない?」
「だから何だよ」
「うん。で、さっきの。死体なんてないとか、嘘だ、ドッキリに決まってるとか。そういう事を言う人ってだいたいさ」
「ああ。ま、絶対に助からないヤツの台詞だよな」
「はぁ……!?」
「少なくとも拉致・誘拐っていう犯罪を犯してるのは事実なんだし。人死にが出た事を疑うとかはナンセンスじゃない? だって、既に犯罪じゃん。ドッキリでーす! って言われて、じゃあ許す? 僕なら訴えるな、その番組」
「だな。この時点で赦せない」
「……まぁ、赦せねぇけどよ」
「うん。既に冗談じゃ済まない。連中は、それぐらいの事をする。だから彼女達は嘘を言ってない。既に彼女達の友人は死んでしまったし、僕らもヤバい、でいいと思う」
「んじゃ、このゲームに前向きに取り組めばいいってか?」
「いや。前向き、だけど。そうじゃなくて。出口に戻ってみるのがいいかなって」
「なんでよ。だって、そこに……その。死体があるんでしょ。見たくないわよ、私」
「確認するのは死体じゃなくて出口の方だよ」
「はぁ? でも開いてねぇんだろ。しかも怪物もうろついてるらしい」
「……何か考えがあるんですか? 外山さん」
「え、う、うん」
私が彼の話の続きを促すと、眼鏡をかけた彼は動揺したように目を逸らした。
……なんとなく女性慣れしてなさそうな人だ。
「こういうのってさ。『実は最初の場所にヒントや答えがあったんだ!』っていうの、パターンかなって」
「はぁ?」
「あの時、最初の時点で、この選択肢を選んでいれば、全員があっさり助かったのに! ってね。そういうのを用意してるんじゃないかな?
なんか『全員が武器を持って、よーいドン! で殺し合い』タイプじゃなくて、謎解き迷宮タイプみたいだし」
「……たしかに『殺し合え』系じゃないな。どっちかと言うと、ほら、あれ。キューブ? だっけ。そっち系? 集まったメンバーで協力して進むのが許されるヤツ」
「そうそう」
「それ、出口なかったヤツじゃねぇの?」
「出口はあったけど、ってヤツだよ。……そう、出口。出口なんだ」
「なんだ?」
「映画、じゃないけどさ。『出口って、ちゃんと書いてあっただろう?』 ……って見てる側は、プレイヤー達を最後にあざ笑うんだ。伏線でも何でもないぐらいにストレートだけど。
そこにはモンスターが居た。だから逃げないといけなかったし、近寄りたくもない。
『出口』という言葉は罠に違いない……、と見せかけてからの」
「……本当に出口だった?」
「そう。僕達が、これから右往左往して迷宮の奥まで行ったのに、出口は実はあっさりと開いて、すぐそこにあった。その事に気付き、絶望してエンディングへ」
エンディング。……ふざけていると思った。
「何がエンディングへだよ!」
「……つまり外山さんは、もう一度、『EXIT』の部屋を入念に調べるべきだと言いたいのね?」
「そうだね。何もないなら、せめてその事は確認しなくちゃいけないと思う。どうしても開かないのか、何かヒントが隠されていないか。
探索がまだとはいえ、僕らにとって重要な部屋であるのは間違いない筈」
「……考えは分かったわ」
「本当?」
彼は私の言葉に嬉しそうに興奮した。
「……でも、あちら側の空間にはミノタウロスが居た。そして捕まったら死ぬのよ」
「それは」
「わ、私は嫌よ!? そんな場所、行きたくないし、死体だって見たくないわ!」
小島アカネが、自分を庇うように声を上げる。
「うーん。でも、ミノタウロスは現実の怪物じゃないんだよな」
「……そうね。それは、そうなのよね」
「どういうこと? 北元くん」
北元武の言葉に私は頷く。外山シンイチは首を傾げて、尋ねた。
「アレが現実に居る怪物って言うんなら『あっちの空間に居る』って言われても成り立つんだけどさ。
実際はプログラムで動いてる。AIが組まれてて、決まった行動パターンで動くのかもしれないけど」
「はぁ」
「現実のバカ
安全なのはルールで守られた、このセーフルームだけ」
「……で?」
「あっちの空間には既に居ないかもしれないって事さ。物理的なモンスターなら、まだ扉が通れなくて閉じ込められている筈でも」
「ああ、だから逆に安全かもしれない?」
「そう。リアルの怪物なら絶対にそこに居るけど、ARの怪物はもう消えているかもしれない。だから調べる余裕があるかも」
「……でも、やっぱり居るかもしれないんでしょ」
「まぁね。連中と俺達の目的が致命的に違う以上、どっちもある」
「目的」
ミノタウロスは操られたモンスターだ。プログラムによってARに描かれた怪物。
ルールでは、私達に死を運ぶのは彼しかいない。
黒幕と私達の目的を擦り合わせれば?
「……
「うん?」
「盛り上げない?」
私はアイデアを出した。
「これは映画。……のようなもの。観ている者が居るから。録画か生配信かは知らないけれど。
『ミノタウロスを今、出すのはつまらない』状態なら、運営もミノタウロスを出さずに引っ込めるじゃないかしら?」
「今、怪物を出すのはつまらない。なるほど? でも、具体的には?」
「……ここで
準備した、すべてが台無しになるわ」
「ああ、なるほど」
北元武は、私のアイデアを聞いて微笑んだ。
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