第9話 バッテリー/制限時間

『皆さんには、ラビュリントスの内部を探索して貰います』


 AR上に描写されたアリアドネは、東雲さんの激昂を無視して説明を続けた。


「無視しないでよッ!」

「悪いけど黙っててくれよ。こいつ、今、ルール説明しようとしてんだろ? 命懸けってんなら、それこそ俺達の命に関わるぜ!」

「藍ちゃん、落ち着いて。ね?」


 南条さんも、状況を分かってか、東雲さんを落ち着かせる方向に進んだ。


「ふーっ、ふーっ……!」


 ……可愛らしかった彼女が嘘のように鬼気迫る形相で唸り声を上げている。

 まだ1週間程度の知り合いだけれど、あんな彼女の姿は見た事がなかった。


 それでも本能的に状況を理解してくれているのか、東雲さんは歯を食いしばるようにして沈黙する。



『生贄である貴方達は、彼を倒さなければ、食い殺されてしまうのです』


「……ミノタウロスを倒さなければゲームオーバー?」


『何もしなければ、貴方達は彼に食い殺されてしまうでしょう』


(何もしなければ殺されるだけ……)


『私も精一杯、皆さんをお助けさせていただきます』


「何ともありがたいね」


『ミノタウロスを暴く鍵は、ラビュリントスの奥にあります』


「……出口は、すぐ近くなのに。一回は奥まで行けって事?」


『はい。それがミノタウロスを暴く鍵となります』


(言い回しが妙なのよね。これもヒントという事なのかも……でも今は分からない)


『私は、未来のアリアドネ。そして皆さんはテセウスと生贄の少年少女達なのです』


(……未来の、とはどういう意味なのだろう。ただのアリアドネではダメなのかしら?)


「なんかアレか? 『令和のアリアドネ』とか、そういう意味?」

「AR技術を使ってるしね……」


『ラビュリントスの中には、彼が近寄れない部屋をいくつか用意しました』


「……それがセーフルーム?」

「なんで迷宮の管理まで王女がやってんのよ……」

「ていうか安全地帯を作れるとか、英雄より凄くないか?」

「あんまりリアリティを重視してもエンタメじゃないからとか」


『……はい。セーフルームには、彼は入って来る事は出来ません』


「ちょっとラグったな。質問や会話が重なるとレスポンスが遅れる?」

「とにかく、ここにはミノタウロスは入ってこれないのね?」


 南条さんも、東雲さんを落ち着けてから会話に参加し始めた。


『セーフルームの中には、神の目が入りません』


「神の目?」


『神とはラビュリントスの中を見る者達。彼等は貴方達、生贄の少年少女の姿をいつも見ています』


「……監視されてるって事か」


 全員が、そこで顔を顰めた。


(やっぱり、これは悪趣味な連中が仕掛けたリアリティ・ショーなんだわ……)


『けれど、セーフルームでは、そのような神の目は届きません。ですので安心して休み、夜を過ごしてください』


 私は、そこで室内を改めて見回した。

 大学生グループに意識を向けていて部屋の観察が後回しになっていたのよ。


 現実のドアノブ付きのドアがある。雰囲気的にトイレだろうか?

 簡易的なベッドが1台だけ。

 それに部屋の隅にはダンボール。側面には『水』と『食料』の文字があった。


「……餓死させる気は、ないらしいな。それに数日は俺達を帰さないつもりだ」


 北元武が私の視線を追って同じ物を確認すると、そう呟いた。


「……そうみたいね。どれほどの広さなのかしら。ラビュリントスって」

「どうだろうな」



「あの。監視はないって言うけど、キミは? アリアドネ」


 眼鏡をかけた男子大学生、外山シンイチが律儀に手を上げながらアリアドネに問いかけた。


『……私の目は、神の目ではありません。私は独立して考え、皆さんをサポートする事が役割の、未来のアリアドネです』


「やっぱりAIなんだな。今時じゃ、このぐらいの応答が出来るAIを作るのも余裕か」

「不気味な怪人や怪異現象とか、異星人が相手じゃないだけマシなのかもね……。まだ理解できる、僕達の知る技術でしかこの迷宮は作られてないみたいだ」


 ARの怪物。

 ARで描かれ、AIによって会話するサポートキャラクター。

 電子ロックで閉ざされた鋼鉄のドア。

 LEDで壁に埋め込まれた照明。

 そして各自が手に持っている端末、スマートフォン。

 それらを内包するコンクリートの頑丈な建物。


 ……金銭的には莫大な投資が行われていそうだが、それでもオーバー・テクノロジーと思える物は何もない。



「──令和の・・・デスゲーム・・・・・か。……皮肉にも程があるな」


(令和の時代に作られたリアリティ・ショー、ね。まったく最悪だわ)


 人類の技術の発展も、悪趣味な連中の手に掛かればこんな悪意に早変わりだ。

 大元を開発したであろう技術者達だって、こんな事に利用されるなんて夢にも思わなかっただろう。



『あっ』


「ん?」


 すると、アリアドネが、AIらしくない声を上げた。

 まるで普通の少女のように。


『申し訳ありません。私は、もう行かなくてはなりません』

「は? まだ説明が終わってないだろ」


『説明すべき事は終わりました。皆さんがミノタウロスを暴く鍵を見つけられるよう、武運を祈っています』


「こら! 他に聞きたい事だってあるんだぞ!?」


 金髪の男性、大森コースケが怒鳴りつけたがアリアドネは意にも介さなかった。


『……ああ。彼が呼んでいるわ……』


 と。そう言い残してアリアドネはAR上から消えてしまった。


「くそっ! おい!」

「……部屋の中の他の場所は?」

「見てみる」


 北元武は、私の言葉を受けてセーフルームの中にスマホを向けた。


「アリアドネは居ないな。消えたみたいだ」

「……消えるの、アリなのね。やっぱり。ミノタウロスも場合によっては都合良く消えたり、現れたりできるわ……」

「それは」


「さっき追いかけられた時。大きな音や衝撃は来たけれど、実際に扉を破って怪物が来たワケじゃなかった。

 ……あっちに都合の良いタイミングで、ミノタウロスは瞬間移動するって事よ。

 まるでホラー映画に出てくる不死のモンスターみたいに。

 気が付いたら、確認した筈の真後ろに立っているとかも出来る」


「うわっ。想像できるなぁ、それ」

「ルール無用、というよりもルールしか僕らには頼れるものがないって事だね?」


 と。私と北元武の会話を聞いていた外山シンイチが、話に混ざってきた。


「……そう。現実に居る怪物じゃないから、ドアを固く閉めても無意味なの。例えば、そこにあるベッドをドアの前に置いたって」

「壁もドアも、ベッドもすり抜けて怪物は部屋に入ってくる?」

「うん」


「じゃ、どうするんだよ? バケモノに捕まったらアウトなんだろ? ……誰か死んだって聞いたけどよ。俺は、そんなの嫌だぜ」

「…………」

「……対策の1つは、このセーフルームに居る事ね」


「だね」

「じゃあ、ずっとここで過ごすのか?」


「それは無理だ。どう見ても食料にも、水にも限りがある」

「……あとバッテリーの問題もあるわ」


 私は、その事を指摘した。


「バッテリー?」

「スマホのバッテリー。このラビュリントスの中でスマホの充電が切れたら。先に進む事も出来ず、戻る事さえも出来なくなる」


 私の指摘にハッとした表情を浮かべる大学生グループ。


「……見回した限り、スマホを充電させてくれる親切な設備もないみたい。セーフルームにないのなら、そういう用意は彼等もしていないという事でしょう?」


「そうだな。普通、用意するならこの部屋だろう」


「……うん。だから『制限時間』は、私達のスマホのバッテリーが切れる事。

 仮にラビュリントスの奥に、出口へ繋がる鍵があったとして……。


 それを手に入れてから、出口へ戻るまでにバッテリーが尽きれば……ゲームオーバーだわ」


「……マジか。制限時間付きかよ」

「ど、どうするのよ?」

「バッテリー切れだけは避けた方がいい。……言いたくないけれど、最も悲惨な結末を迎えると思う」


「最も悲惨な結末だって? なんだ、それは」


「……餓死・・よ。ミノタウロスに喰われるのも嫌だけど。進む事も戻る事も出来ず、食料も何もない空間に取り残される事になる。……そして扉が閉ざされているから、怪物すらもやって来ない。

 ただ飢えて死ぬまで、長い時間を苦しむ事になる。

 怪物に殺された方がマシだと思うぐらいに。

 ……そして、孤独に最期を迎えるわ」


 私が、その想像を語ると、彼等は一様に息を呑んだ。


「め、恵ちゃん。そんな不安になるような事、言わないで? 私、怖い……」

「……南条さん」


 気付けば私は注目を浴びている。不気味な物を見る目だ。

 まるで私自身が怪物かのように怯える、そんな目だった。


「……そうならないように手を尽くしましょうよ」


「……どうすんだよ。なんか案でもあるのか?」


 大森コースケが私に促すと、他の皆もそれに頷いた。


「……そうね。とりあえず。先に進むなら、全員で一緒がいいと思う」

「ぁあん? なんだよ。偉ぶってても不安なのかよ、JKちゃん」


 JKちゃんて……。気持ち悪いわね。


「……精神的な話じゃなくて、ゲームの攻略的な話よ。さっき言ったようにスマホのバッテリーは私達の生命線。でも、すべてのスマホを起動し続ける意味は薄いように思うの。だから」


「ああ。誰かのスマホ1台だけ使ってドアを開いていく。他の皆のはバッテリーが切れないように電源を切っておいて……そうして一緒に進んでいくのがベスト。それが一番、長く俺達のスマホを稼働させられるスタイル……って事だな?」


「そう。北元さんが言った通りよ」


「……なるほど」


 私達の説明を聞くと、小島アカネは、真っ先に自身のスマホの電源を切ったわ。


「……話し合いをする間、全員、スマホの電源は切っておかないか?」

「そうだな。電池が勿体ねぇ」


「え、でも」


 皆が頷いてスマホの電源を切ろうとした時、南条キサラがそれを止めた。


「今、アプリが消されて外に連絡できないけど。外から電話が掛かってきた時は、スマホは起動する筈だよ? 電話アプリを表示させなくしても、電話の機能自体はスマホから削除できない筈だから。……電波も立ってる。だから外から連絡が来たら助けを呼べるんだよ?

 でも電源を落としていたら……」


 南条さんの説明に、皆がハッとした。

 そうだ。そうすれば助けを呼べる。


 悪趣味な連中の意のままに動くよりも、それは魅力的な提案だった。


 でも、このラビュリントスを攻略する上では……不要で、足を引っ張る話だ。


「「「…………」」」


 私達は、しばし、無言のまま互いを見つめ合うのだった。

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