第8話 未来のアリアドネ
「未来の、アリアドネ?」
アリアドネは分かる。ギリシャ神話、テセウス/ミノタウロス伝説におけるヒロイン的な存在だ。
でも『未来の』とは何だろう?
「ゲームマスターのお出ましか」
金髪のナンパな大学生、大森コースケがそんな事を口走った。
「……ゲームマスター、って?」
「その話は後だ。まず、こういう時はこいつの話を真剣に聞こう」
「そうだね」
私は首を傾げたが、大学生達は満場一致でアリアドネの話を聞く方針のようだ。
余裕がなさそうに見えた小島アカネさえも同意している。
(……何かあった時、彼等のグループの方が結束力が強そうだわ)
南条キサラと東雲藍の仲がどの程度かは分からない。
けれど、3人残った高校生の中で一番浮いているのは私だろう。
「それで? アリアドネさん。ここは何なんだ?」
北元
『──ここはラビュリントスです。かつてミノタウロスが棲み、閉じ込められていた大迷宮』
「はぁ……。だろうな」
ギリシャ神話の再現。ふざけた話だ。
これは、あくまでミノタウロス伝説をモチーフにした茶番でしかない。
「で? 俺達は、どうやったらここから出られるんだ」
『貴方達はテセウスと生贄の少年少女達です』
「答えになってないわよ!」
『テセウスは私と赤い糸で結ばれています』
「ダメだこいつ。ポンコツだぜ? 中の人とか居なそうだ。定型文を返すだけ」
「AIなのか? いや、この場合はロボットって感じか」
AI。ある程度は対応するけれど、どこか機械的なレスポンスの女性。
「……アリアドネ。私達がテセウスと、その。生贄の少年少女達なの?」
『はい。貴方達はテセウスと生贄の少年少女達です』
「だから……!」
「待って」
声を荒げようとする小島アカネを制して私は質問を続けた。
北元武のスマホを通してだから、ぐっと彼との距離が近くなる。
「ギリシャ神話について私達は詳しく知らないの。貴方の知っているテセウス・ミノタウロス・ラビュリントス・アリアドネの物語について教えて?」
神話というのは細かく説があって、代表的なモノこそあれど、絶対の物語はないものだ。
特にこの場所は、あくまでギリシャ神話をモチーフにしただけの舞台に過ぎない。
ならば、その設定は彼らの『オリジナル』であっても不思議ではない。
大前提、下地となる話を聞いておくべだわ。
『……ミノタウロスは、牛の頭と人間の身体をもって生まれた怪物です。
ミノス王の妻・パーシパエが、雄牛と交わってできた子供でした。
彼は、私の兄でもあります。
本名は別にありますが、今はミノタウロスとだけ呼ばれています』
(……あくまで自分がアリアドネであるという形で語るのね)
『我が子が怪物として生まれた事を知ったミノス王は、ラビュリントスを建造させ、ミノタウロスをその中に閉じ込めました。
ミノス王は、支配していたアテナイの街から
(……7人? ここに居るのは確かに7人だけど、本当は)
『アテナイの民の悲しみを知ったテセウスは、怪物ミノタウロスを退治しようと決意し、立ち上がりました。
テセウスは、生贄の少年少女の一行に自ら志願し、ラビュリントスへ入ろうと考えました』
『……私は、テセウスの姿を見て、彼を心の底から愛しました。
テセウスもまた私の想いに応えてくれ、私達は赤い糸で結ばれたのです』
(運命の赤い糸、ね。そして、その糸はテセウスを)
『テセウスがラビュリントスに入る前、私は彼と約束をしました。
結婚をする事を条件に、私は、彼が兄を殺す事に協力したのです』
『そうしてテセウスは、兄を殺し、英雄となりました』
『彼は私との約束通り、繋がった赤い糸を辿ってラビュリントスから抜け出す事に成功したのです』
ラビュリントスからの脱出。その言葉に私達はピクリと反応した。
『テセウスは、島に私を置いて去り、故郷アテナイへ帰っていきました』
『──これが私達の物語です。
「……!?」
突然、名前を呼ばれた私は、動揺のあまり飛び上がりそうになった。
こちらを、質問者が誰かを認識しているし、私の名前も知っている?
「……驚いた。双方向なのか? 中に声優が居て喋ってるのか。それとも、やっぱりAI?」
「AIじゃないかな。なんか抑揚とか、そんな感じ」
「で、結局その昔話が何なのよ。何の関係があるの?」
「ラビュリントスから脱出するには、赤い糸で結ばれなきゃいけない、って事じゃないか? あんまり怪物退治と脱出って関係なさそうだし」
「……そうね」
ミノタウロスの退治と、赤い糸を伝ってのラビュリントスからの脱出は、別問題だ。
ここから出たいだけならば怪物と対峙する意味はない。その義務もない。
「赤い糸で結ばれる、って。なに? 男女ペアでも作ればいいの?」
「おっ。それいいな。そういう事か? なら……」
と。金髪のナンパ男、大森コースケは隣に立つ小島アカネではなく、私達3人に視線を向けた。
(……嫌な感じだわ)
率直に言えば気持ち悪い。大して親しい間柄でもないのに、性欲の対象にされている不快感。
さっきまでの東雲さんを慮る態度はどこへいったのか。
「……人数が合わないだろ。ここに居るのは男が3人。女が4人だ。全員がペアにはなれない」
北元武がそう発言すると、東雲さんの肩が震えた。
「ちょっと!」
「あっ、ご、ごめん」
私は咎めるように彼に声を上げる。
すると彼も気付いたのか、申し訳なさそうに謝った。
男女のペアになる。もしも、それが正解だと言うのなら。
……私達は、誰もあぶれる事なくペアになれたのだ。
けれど、全員が仲良く男女のペアになる機会はもう永久に失われた。
「……最初は8人居た、か」
「おい。外山」
「いや。今、アリアドネが言っていただろ? 生贄の少年少女は7人だって」
「それが何よ?」
「この場所をラビュリントスに見立てたり、アリアドネが出てきたり。モチーフはミノタウロス伝説だ。その設定に習って舞台を整えたいなら……連れてくる【生贄役】だって7人であるべきじゃないかな、って」
「はぁ?」
「んなの、適当じゃねぇのかよ」
「……こんな場所まで作っておいて? けっこうお金掛かってるよ、この施設。ARや全ドア電子ロックだって。照明はLEDだし、かなり高価になるよね、この数だと。準備の割りに、そこが適当なのって……ありえる?」
「そこはお前、ほら。企画段階で予算が足りなくなったとか、大人の事情だろ」
「デスゲーム開催に大人の事情とか言い出すんなら決行するのを踏み止まって欲しいなぁ……」
(……彼等。あんまり緊張感がない。1人が死んでる事、受け入れられてないんだわ)
「……8人よ」
一応。東雲さんが爆発する前に、私は釘を刺しておいた。
「ん?」
「……ここに閉じ込められたのは8人だったわ。1人、私達のクラスメイトが……亡くなってるの。
「────!」
私の言葉に視界の端で、東雲さんが目を見開くのが見えた。
けれど私は、その事に注意を払わなかったわ。
「……真剣に考えなくちゃ私達も、死にかねない。そう思う。私も……助けて貰わなかったら」
と、私は北元武に視線を送る。
「ああ。彼女もヤバかった。チラ見で迫力が今いち分からなかったけど、怪物に追われてたんだ」
「か、怪物?」
「スマホに映った怪物だけどな」
「……何よ」
追いかけられた私だから言うけれど、いくら画面上にしか見えない怪物であっても、その恐怖は本物だった。
直前に中津アキトの死を見ていなければ、私もなんだか必死になるのがバカみたいに思ったかもしれないけれど。
「……つまり、僕らは怪物ミノタウロスから迷宮の中を逃げつつ、脱出を目指さなければいけないって事だね」
「つっても、どこに居るんだよ。その怪物」
「……『出口』の方に」
「え、出口?」
「……うん。大きな扉にネームプレートがあったわ。『EXIT』って」
「じゃあ、そこに向かえばいいのか? 簡単だな」
「……そこで、一人殺されたのよ」
「うぇ」
「それに見る限り……、ちゃんとARでは確認できなかったけれど。出口の扉の向こうは広いだけの密室で、扉なんかはなかったみたいなの」
「偽のネームプレート?」
「そうかもしれない」
「……
運営。そう、この事態を仕組んだ黒幕、犯人達が居るのは確実なのよ。
だから、そう簡単に終わるようには仕組まれていない……。
「アリアドネ。教えてくれないか?」
『はい。北元武さん』
「……俺の名前、知っててくれてどうも。教えてくれ。俺達は、これからどうしたらいい? いや。どうして欲しいんだ?」
つまるところ、私達は話し合う前にアリアドネから必要な情報を聞き出さなくてはいけない。
『皆さんはラビュリントスを彷徨う生贄の少年少女です』
「なんかニュアンスが違うわね」
『皆さんが
「探索?」
『皆さんは探さなければいけません』
「探すって何をだ?」
『ミノタウロスを倒す術。ミノタウロスを暴く鍵が何かを、知らなくてはいけません』
(……ミノタウロスを暴く鍵?)
「宝探しでもしろってのか? 迷宮の中を」
『鍵はラビュリントスの中にあります』
「あー……」
つまり、やはり彼等はこのラビュリントスに迷い込んで欲しいらしい、私達に。
「やっぱりゲームなんだよ。これは。デスゲーム」
外山シンイチが、言葉を続けた。
「こうしてゲームマスターが、ゲームのルールを説明する。僕らプレイヤーは与えられたヒントに従って行動する。正解に辿り着ければ生還さ」
「……ゲーム?」
彼の言葉に反応したのは東雲さんだった。
「……おかしいわ。そんなの」
「おかしい? 何がだい」
「もし、これがゲームなら。【D・バンク】みたいな宝探しがさせたかったのなら。……
「……フェア?」
私達は、東雲さんの言葉に首を傾げた。
「そんな説明は! 皆が揃って! 皆が無事な状態で! こういう安全な場所に居る時に!
……アキトが
そう、彼女は叫んだ。
「ルールを説明する前に、誰かが死ぬように仕組んでるなんておかしい! それはゲームとして成り立ってないわ! ただの虐殺じゃないの!!」
彼女の沸点は少しズレているように思うけれど。
それは、ゲームマスターに対する、真っ当な指摘に思えた。
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