第7話 集められた生贄たち

「はぁ……はぁ」

「大丈夫?」


 手を繋いだままの男の人がそう声を掛けてくる。


「あ、うん……」

「……えっと。誰?」


 南条さんの言葉に、私は慌てて彼から手を離した。


「あー、えっと。この状況でなんだけど。自己紹介? するなら。俺は北元きたもとたけし。……です。君達は?」


 私は彼を観察しつつ、南条さんと東雲さんに視線を向ける。


「……」


 東雲さんは、まだ放心したままだ。

 当たり前だろう……。


「私は、西川めぐみ。そっちの彼女達は同じ高校に通う……友達よ」

「そうか。高校? 女子高生か。3人だけ?」

「あっ……、それは……」

「他にも誰か?」


 私は目を逸らす。


「もう1人。男の子が居たの。クラスメイト。でも」

「うん」

「……彼、亡くなったわ。死んだ、の」


 私がそう告げると、彼、北元武はヒュッと息を呑んだ。


「死んだ? 死んだだって!? それは……マジで?」

「ええ……。この、頭とかの器具から電気を流されて、私達の目の前で」

「うっ」


 落ち着いて観察すれば彼の頭部や足首にも同じ器具が着けられている。

 ……つまり、彼も誘拐された被害者だ。


「うっ……あぁああ……ぁあああ……」


 私達のやり取りを聞いていた東雲さんが声を上げて泣き始めた。


「藍ちゃん……」

「違っ、だって、アキトが、あっ、ぁああああ……」


 泣き崩れる彼女を、あやすように抱き締める南条さん。


 私と彼は、その姿を黙って見つめるしか出来ない。


「……」


 北元武は目線と手振りで私に尋ねる。


(彼女の、恋人だった?)


 古臭い親指のジャスチャーに対し、私は無言で頷いて肯定する。

 少なくとも東雲藍にとって中津アキトはそれに近い存在だっただろう。


「……マジか。人が死ぬ、……デスゲーム・・・・・


 途方に暮れたように小さく呟く彼の言葉が、とても印象的だった。




 長い時間。東雲さんが涙を流す様を黙って見守る。

 誰も口を挟めないし、動けなかった。

 ミノタウロスは追ってこない。今、襲い掛かってきても盛り上がりに欠けるから?


 インターバル休憩とでも言うつもりか。

 時折、スマホを掲げて見るが……この空間にモンスターの影はない。



「あー、の。ひとまず一緒に、来ないか? その。まだ人が居るんだ。高校生じゃなくて、俺と同じ大学生なんだけど」

「……他にも人が?」

「うん。全員、コレを着けられてる。誘拐されてきた連中だ」


 彼は、そう言って、外す事のできない忌々しい器具を指差した。


 私は、南条さんと視線でやり取りをする。彼女は無言で頷いた。

 合流に異存はないようだ。東雲さんは……今は、何かの意思を発する事はできない。


「うん。とにかく、他にも人が居るなら合流、しましょう。分からない事だらけだし。それに……同じ被害者なら、伝えないと。何が起きたのか」

「……そうだな」


 北元武は、先に立ち上がると私に手を差し伸べてきた。

 とても自然に。だから私も自然と彼の手を取って立ち上がる。


(……身のこなしからして運動部かしら?)


 好青年といった印象だ。何より私は、彼に命を助けられた。

 ……なんだか変な気持ちが芽生えたけれど、そんな場合ではない事を知っているから、私は呑み込んだ。




「こっちだ」


 彼は、来た道を戻るように私達を誘導していた。

 鋼鉄のドアは、元々が電子ロックで制御されている。


 ハンドル式でないものは物理的に閉じてしまえば、そのまま施錠できるらしい。


(もしもスマホを落としたら……閉じ込められてしまう?)


 このラビュリントスの生命線はスマホだった。

 スマホがなければ先に進む事も、戻る事もできない。


 あとは怪物に喰われるのを待つだけになる。


「…………」


 私は、自身の端末を見る。すべてのアプリが削除され、設定すらも弄れなくなったスマホだけど。

 確認できるのは電波の状態と、バッテリーの状態だ。


 バッテリー、残り93%。


 まだまだ残っているけれど、100%からすれば、もう7%も消費してしまったと言える。


「……、…………」


 私は、自身のスマホの電源を落とした。


「恵ちゃん?」


 私の動きを目敏く見つけた南条キサラが、疑問の声を上げる。


「……バッテリー、気を付けた方がいい。誰かと一緒に居るのなら残しておくべきだと思う」

「それは……。分かるけど、いざという時にすぐ起動できないよ?」


「……そうね」


 たしかにそれは不安だ。

 スマホの電源を切る、という事は、今この瞬間は他の誰かに生殺与奪を委ねているも同然。


 でも、節約をしないのも良くないと思う。


「あー。バッテリー、バッテリーか。そういう事は考えつかなかったな。大丈夫。今は、俺が案内するからさ。3人共、電源切ってても良いよ」

「……お言葉に甘えるわ」

「おう」


 彼は良い人そうに思える。助けられたからって我ながらチョロいかしら。

 私、男性に免疫ないのよね……。人生でお付き合いした経験はゼロ。

 南条さんのように誰からも好意を向けられてきたワケじゃない。


 あと私の性格が、うん。

 東雲さんのように仲の良い男子だって。


 ……今は、止めましょう。


 彼の案内で辿り着いた部屋は。


「ここ。セーフルーム」

「セーフルーム?」

「ほら」


 彼がスマホを私の前に掲げて見せる。AR上にはお決まりのネームプレートが表示されていた。



『SAFE ROOM』


「……不法侵入者が居た時に、逃げ込む為の部屋。このラビュリントスにおいては」

「怪物から身を守れる部屋、かな?」

「そんな場所があったなんて」


 この部屋に先に辿り着いてさえいれば、中津アキトは。

 助かる選択肢があった事が、余計に気持ちを重くした。


「じゃあ、ようこそ。安全地帯へ。そして初めまして。新しい仲間達、だ」


 彼は、明るさを取り繕いながら言う。鋼鉄のドアを開くと、そこには3人の男女が居た。



◇◆◇



 そこに居た人達は全員が大学生だった。


 大森おおもりコースケ。金髪に染めてナンパな雰囲気だが、このグループでは1番の年上らしい。

 小島こじまアカネ。女学生。ずっと、険しい顔をしていて私達の事を疑わしそうに言葉少ない。

 外山そとやまシンイチ。眼鏡を掛けていて、頭が良さそうな雰囲気。少し口下手な印象がある。


 そして北元武。私を助けてくれた好青年のような印象の人だ。



「ヒュー! 女子高生3人とか! もしかして、これ、ドッキリ合コン企画だったり?」

「……やめてよね。こんなの冗談じゃない。もし、それが目的ならアンタ達だけで勝手にやってよ。私は同意してないわ」


 先に発現したのは大森コースケ。私達3人に男のギラギラした目を向けている。

 嫌悪感が先に立つが、何よりも状況を理解している言動じゃない事が引っ掛かった。


 既に人が死んでいるというのに。


 後で、彼を諫めた、というか応えたのは小島アカネ。

 彼女は少なくとも、今この環境がストレスだという事は共有できている。


「これ。やっぱりドッキリというか。デスゲームとか、そういう類ですよ。7人の若者とか。まんまじゃないですか」


 そう発言したのは外山シンイチ。

 なんとなく如何にもオタクな雰囲気がしなくもない。


 といって見た目が不潔そうとか、そういうタイプじゃなくて、知識や話題が偏っていそうな雰囲気の男性という感じ。

 初見の好感度だけで言えば、ナンパな態度の大森コースケよりもマシだと思う。



「……それなんだけど。外山の見立ては正しい。でも、7人じゃないんだ」

「うん? どういう意味だよ、北元」


 ……この4人は元からの知り合いかしら?

 私達と同じように、同じ大学のメンバーなのかもしれない。


「もう、高校生の子が1人、死んだみたいで」

「えっ!?」

「死っ……」

「は? マジ?」

「……うん。その子の彼氏が」

「あっ」


 ボロボロに泣き崩れた後で押し黙っていた東雲さん。

 彼女の様子が異常だとは3人も察していたみたいだけど、それはこんな場所に閉じ込められての事だと思っていたようだ。


 恋人を失ったせいで放心していたのだと察し、居たたまれない様子を見せている。

 それはナンパな態度だった、金髪の大森コースケも一緒にだ。


(普通の、日本人だわ。彼らは)


 ただの大学生。私達と同じ被害者。同じ人間なのだとその態度で分かる。



「……既に犠牲者が出てる。それも、原因はこの首枷……頭枷あたまかせ? が原因で、これに電気が流れたらしい」

「マジかよ」

「ひっ……!」


 恐怖に怯え、戸惑う彼等。しかし、誰も外す事が出来ないのは変わりない。


「本物のデスゲーム。本当にこんな事をする奴らが居るなんて」


 外山シンイチの呟いた声に私達は再び意気消沈する。その時。



『──皆さま。聞こえていますか? ご無事ですか?』

「……!?」


 私達のすぐ近くから、女性の声が聞こえた。

 ここに集まった7人の中の誰の声でもない。


『私はここです。皆さんの傍で、皆さんを見守っています』

「いや、どこだよ?」


 北元武がキョロキョロと辺りを見回しながら、呆れたようにツッコミを入れる。

 彼、少し抜けている人なのかもしれない。


「……その。北元さん。AR上、じゃないかしら」

「あっ、それか。何でもかんでもスマホ社会だな、この場所は」


 そんな現実社会にだか、この空間に対してだか、よく分からない文句を言いながら彼はスマホを掲げる。


 私は彼の傍によって一緒にその画面を眺めた。


 すると、AR上の空間には……1人の女性が立っていた。


 見るからに異国の女性。

 赤い髪と赤い瞳。日本人離れした雰囲気の顔立ち。

 そんな女性が、AR上に立っている。



『──私は、アリアドネ』


 アリアドネ。その名前は、ミノタウロス伝説における……。



『貴方達は、テセウスと生贄の少年少女達』


『テセウスは私と赤い糸で結ばれています』


『生贄の少年少女は、ミノタウロスに食べられてしまいました』


『ですが、テセウスは、かの怪物を倒したのです』


『ここに立つ私は……今の時代を生きる【未来のアリアドネ】です』


『私は、テセウスとミノタウロスの伝説を知っています』

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