第11話 天井
「オーケー。ヤツは居ない」
北元武が先頭に立ち、殿は外山シンイチが務めていた。
スマホの電源が入っているのも2人のものだけだ。
私は、北元武のすぐ後ろについていく。
「……どうしても前と後ろだけは警戒しないといけないわね」
「そうだなぁ」
スマホがなければ、私達は移動する事も出来なくなる。
協力体制が出来るなら問題ないかと言えば。
「……ラビュリントスがどのぐらいの規模なのかによって変わるけど。アプリを起動したままじゃ、バッテリーの減りなんて」
「あっという間だろうな」
警戒しつつ、私達は来た道を辿る。怪物の影に怯えながら。
突然に目の前に現れる、というパターンを運営は採用するだろうか?
そんなものは回避しようがない。
悲鳴が、惨殺現場が欲しいだけで、適当に『間引き』を行う可能性もある。
でも、どうだろう?
そもそも中津アキトが死んだ時、彼はAR上のミノタウロスに『攻撃』を加えた。
それさえしなければ怪物は反応しなかったのではないか。
「……中津くん、は、あの時」
「中津?」
「……出口の空間で亡くなった男子生徒」
「ああ……」
「ミノタウロスへ攻撃、ううん。『接触』したわ」
「接触?」
「ええ。AR上の怪物に対して触れたのよ。気軽に。なんだか、こう。倒すような素振りで」
「……あー」
「倒そうとしたんじゃないかな。文字通り」
と、私達の会話を聞いていた外山シンイチが後ろから割って入ってきた。
「その彼、この場所を『モンスターを倒して進む場所』だと思ったんだよ、きっと」
「はっ! レベルを上げて物理で殴るってか? 女にいい格好しようとしたんだろ」
「……ちょっと。この話題、避けようか? 亡くなっているのは彼女達の親しい人だし」
「……ごめんなさい。何かのヒントになるかと思って」
「いや。西川さんの情報共有には感謝するよ」
そして。何とか私達は『EXIT』の扉へと戻って来た。
「……閉まってる」
「ん?」
「あの時、この扉は閉じる事が出来なかったの。なのに今は閉まってる」
「……時間経過か、或いはミノタウロスの進行中は閉じれない扉があるか。範囲設定があるのかも。電子ロックの扉だし、勝手に閉じる事も簡単だ」
「……通るドアをすべて開けっ放しにする事が出来ない、わね」
「あー。ますます閉じ込められるリスクが高いな。それに道に迷いそうだ。まさに迷宮。それに」
「それに?」
「流石にないと思いたいけど。廊下が変形して、通った筈の道が変わったりするかも」
「それは」
どうなのかしら? 私は廊下を振り向く。
それをするには、かなり大掛かりな機械が壁の中に組み込まれている事になる。
莫大な予算があれば出来なくはないでしょうけれど。
「運営が、このゲームをフェアにやる気があるかどうかだな。目的地への道が操作されて、絶対に辿り着けない構造になっている……なんてなったら目も当てられない」
「……そうね」
私達は今、黒幕の手の平の上だ。
逃げ出したい。彼等の強いるルールになど従いたくはない。
けれど抗う手段がない。歯痒い気持ちで一杯だった。
「で、さ。開く? その。死体が、あるんだろ?」
雑談をしていたのは何も考察の為だけではない。
躊躇していたのだ。死体がある部屋に入る事を。改めて事実を確認する事を。
「ひ、必要あるの? だってどこにも出口、なかったんでしょ?」
「そ、そうだな。わざわざ死体とか見たくねぇしさ」
「気持ちは分かるけど。……まぁ、こればっかりは全員で見る必要はない、か?」
「……それはそうね。一緒に行動したのは、あくまでミノタウロスを避ける為だし」
「リスポーン地点って事はない? 最初はここに居たんだよね、ミノタウロス」
「りすぽーん?」
「あっと。なんて言うんだろ。ゲームで、プレイヤーとかモンスターが倒れるなりした後の復活ポイント?」
「……なるほど」
どこかで見失ったミノタウロス。AR上の怪物なのだから、全員が見失えば、それは居ないも同然だ。
そうなった時、怪物はこの場所に再発生する可能性。
「ちょっと! じゃあ、ここ、一番危ない場所じゃないの!? 人1人死なせたのに同じ事を繰り返すつもり!? バカじゃないの!? 学びなさいよ!」
そう叫ぶや否や小島アカネは全速力で『EXIT』の大扉から離れていく。
「……まぁ、そういう考えもアリね」
「あー。でも、ここ調べないワケに行かなくね? なぁ、外山」
「……そうだね」
「んじゃ、お前らが調べろよ。全滅したら元も子もねぇだろ?」
と。金髪のナンパ男、大森コースケもまた小島アカネの後をついて離れた。
「……人数を絞るのは良いと思うわ。私は調べる方に回るわ」
「んじゃ、俺も。外山は?」
「あー、うん。うーん」
挙動不審になる外山シンイチ。頭は良さそうだけれど、決断力はなさそうな人ね。
「き、君達は?」
「私は……、」
「私は行く」
と。東雲さんがそう答えた。
「でも、藍ちゃん……」
「行く。見る。ちゃんと確認する。じゃないと、……じゃないとオバさんやオジさんになんて言ってあげたらいいのか分からない」
おばさんに、おじさん。
血縁の話ではないでしょう。
東雲さんは中津アキトと親しい関係だった。家族ぐるみの関係だったかもしれない。
……彼のご両親に伝えなければ、とそう思っているのね。
「じゃあ、私達3人と北元さんね。外山さんは、」
「い、行くよ。行く。ちゃんと見ておくよ」
「オーケー。この5人な。でも、一応は逃げる準備はしておいてくれよ。……大森さん! そっち、退路の確保、頼みますよ!」
「お、おう。行ってこい」
私は、北元さんの掲げたスマホ画面を見ながらARで映し出されたハンドルを回した。
緊張する。中にまたあの怪物が居たら……。
ゆっくりと開かれる扉。中からの臭いはそれほどキツくない。
換気はされているという事か。窓もない空間。
外は近いのかしら? 道具さえあれば時間を掛けて壁を破るという選択肢もある?
(壁の厚さが分からないし、この先が外とも限らない。無理ね)
ルール外の選択肢をあれこれと思いつく。
こうしている間もスマホのバッテリーは切れていくのだから無駄な時間かもしれない、と思った。
そして開かれる扉。
緊張したまま彼がスマホで室内を見回す。
怪物の影はない。そして。
「……、本当に死んでる、な」
否応なく、それに目を留めた。
「ミノタウロスは部屋の中に居ないようだ。良かったな。リスポーン地点って事じゃないらしい」
「よ、良かった」
「……ッ!」
「あ! 藍ちゃん!」
東雲さんは、焼け焦げた中津アキトの死体へと駆け寄った。
変わり果てた姿。私だってほとんど知らないけれど、クラスメイトだ。
ショックではあるけれど、彼女に比べれば……。
「……他の場所を俺達は調べよう。彼女の事は、そっとしておいて」
「そうね……」
東雲さんの事は南条さんに任せて、私、北元さん、外山さんの3人で『EXIT』部屋の調査を開始した。
「AR上にも何も表示されないな」
「壁が薄い場所もなさそう。鋼鉄のドアが実は隠れていると言うなら叩いて音も変わりそうだけど」
「……どこかに地下室への扉があるとか期待したけど。全部、ただのコンクリートだわ。開きそうな場所さえない。念の為に歩き回ってみたけど、音も変わらないから、地下空間はおそらくないわ」
3人掛かりの調査結果は……収穫なしだった。
「……仮に、アリアドネの提示する『鍵』を持って来た場合、どうなるんだ? 開く扉さえなさそうだ」
「女子高生グループのスタート地点がさっきの部屋だったなら、この『EXIT』部屋は絶対に来た筈だよね? 『迷宮』と『出口』の2択で、こっちを無視するのはありえないし」
「……そうね。ここの扉は絶対に開いた筈よ」
「そして中にはミノタウロスが居た。つまり、この部屋は、ただの罠って事か?」
「『お前達の選択ミスによって怪物が解き放たれたんだ』というシチュエーションを作りたかったのかも。デスゲームにそういうのありがちだし」
「……悪趣味ね」
こっちの責任にするつもり? 考えるのさえ無駄な話よ。
その行動は当たり前のものだったから。
「結局、ここがダミー出口なのか、それとも鍵さえ手に入れればどうにかなるのか分からないな……」
「キューブ系なら部屋ごと移動しているかも」
「……それって大きな音が聞こえるんじゃない? それに部屋と部屋の繋がりも分かり易いジョイント部分があった筈」
「流石にそういうのはなさそうだな。フィクションならともかく現実的な構造物でもないしね、ああいうの」
「キューブ、キューブねぇ」
有名な映画。四角い部屋の中に居る男女は、いくつもの部屋を渡り歩いて脱出を目指す。
今、私達はまさにそういう状況だ。
とはいえ、はっきり言えば探索さえ、まだスタートしていない。
「……上だ」
「え?」
その時、北元武が天井を見上げた。
私は彼に釣られて上を見上げる。
ここは四角い部屋。立方体の内部に居るような部屋よ。
その天井は壁の長さと同じぐらいの高さにある。
……手が届きそうにない程の、高さの天井。
「部屋の中央。その天井。あそこだ」
北元武が指差した。
「あっ」
LEDライトが埋め込まれた天井。
けれど中央には、それがなく、また丸いサークル上の謎の切れ込みがある。
……それは他とは違う、明らかに異質なデザイン。
思い浮かんだのは、高層マンションなどにある避難梯子。
火事などの緊急時、上層階のベランダから、一つ下の階のベランダへ降りる為の設備。
「……もしかして、あそこから階段、いいえ。梯子か何かが降りてくる?」
「おそらくそうだ。もし、ここが本当に出口なら、あそこしかない」
「あれは……、届かない、わね」
「肩車しても無理そうだ。そもそも道具もなしに開ける設備とも思い難い」
つまり。
「……与えられた条件を満たさなければ、ここから脱出する事は、出来ない」
そういう事になる。
ようやく、スタート地点に私達は立ったのだ。
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