第12話 赤い糸の相手は
「何よ! つまり、結局、ここに来たのは無駄だったって事!? 貴重なバッテリーを無駄遣いにして!」
「……無駄ってことはないよ。あそこが確かに出口なんだろうってのは確かめられた」
「それが何だって言うのよ! 開かなければ意味がないじゃない!」
……出口は見つかった。
しかし、それはあの部屋の天井にあった。
高く、梯子がなければ届かない場所。
そして道具でもなければ開けられそうにない蓋がされている。
もしも出口があそこだけならば、私達は、黒幕の用意した条件を満たさなければ、このラビュリントスから出る事は叶わないのだと分かった。
「大事なのは運営が嘘を吐いてないって事だよ。小島さん」
「はぁ?」
「……そ、その」
外山シンイチは、小島アカネに睨まれると得意気な表情を引っ込め、オドオドとし始めた。
……女性も苦手そうだし、気の強い彼女とは相性が悪そうだ。
頭も良さそうだし、この状況の理解力も高そうだから、あまり黙って欲しくはないのだけれど。
「ルールを守るつもりの運営なら、アリアドネの言った『ミノタウロスを暴く鍵』ってのを手に入れれば、あの出口は開くって事だ。だよな、外山」
「そ、そうだね。北元くんの言う通り」
「ルールねぇ……」
未来のアリアドネを名乗った彼女が提示した条件はシンプル。
それはラビュリントスの奥へ向かい、『ミノタウロスを暴く鍵』なる物を知る事。
……私達が生き残る為には、探索が必要だと彼女は言ったわ。
鍵はラビュリントスの中にある。
「あの。でも、それって、あの、恐ろしい怪物とまた戦わなくちゃいけないって事ですよね?」
と。南条さんが、怯えたようにそう尋ねた。
彼女、ここに来てから普段の明るさや元気がない。
当たり前かもしれないけれど。それに普段の彼女の事を私がどれほど知っていると言うのか。
……ただ、もっと頼りになる人だと思っていた。
今は東雲さんを慰める役で手一杯なのかもしれない。
その役目を彼女に押し付けてしまってもいる。
……その事に少し、罪悪感はあった。
「私、怖い……。あの怪物、だってアキトくんを……あんな風に惨たらしく喰い殺して、あんな姿に……!」
心底怯え、彼女は震えた。
「……死体、あったワケ? 本当に」
「……ああ。残念だけど、本当だった。俺達と同じ器具を頭に着けられた状態だ。焼かれて死んでた」
思い出してしまう。彼の断末魔を。
中津アキトは死の間際、一体、何を思ったのだろう。
長く苦しんでいたようにも見えた。
高圧電流に苛まれては走馬灯すら見れないだろうか。
……穏やかで、安らかな死とは程遠い死に方だ。
「くそがっ!」
「なんで私がこんな目に遭わなくちゃならないのよ!」
大森コースケ、小島アカネは怒鳴り声を上げながら、自らの頭部に嵌められた器具を外そうとするも、やはりそれは外せない。
大の男である大森が腕力で外せないのなら、自分の非力な手では余計に無理だろう。
器具を手だけで外すのは不可能で、時間の無駄だった。
「……私、西川さんが、あの怪物に追われる姿も見たんです。凄く大きくて……、あのモンスターに捕まったら死ぬんでしょう!? 怖い、本当に怖い……なんで」
ツーっと、南条キサラの頬を涙が一筋零れ落ちた。
(……彼女は、こんな時でも綺麗なのね)
私は、その姿にそんな事を思う。なんとも場違いな感想だ。
「……とにかく。私達は進むしかないわ。このラビュリントスを、奥まで。そこで鍵を手に入れなくちゃ」
「そうだな。ここで話し合ってても変わんない。今は行動すべき時だ」
北元武がそう、私の言葉を肯定した。
「とりあえず進んで、」
「待ちなさいよ!」
しかし、私の言葉は小島アカネによって遮られた。
「……なに?」
「私は行かないわ!」
「……は?」
彼女は何を言い出すのだろう。
「全員で行く必要、ないでしょ? 連中はルールを守る。そういう話よね?」
「……そうだけど」
「だったらセーフルームは絶対安全。そういう事よね?」
「……そうね」
まさか。
「なら、私はセーフルームで貴方達が鍵を手に入れるのを待っているわ! 出口もここなんでしょ? だったら、あの一番近くにあるセーフルームで待っているのが一番安全じゃない!」
……それは、そうだろう。
そうすれば『彼女だけは』安全だ。
「おいおい。そりゃそうかもだけどさ、小島さん……」
「いくら何でもそれは……」
「何よ!? こんな時まで団体行動を心掛けろって? 何の意味があるのよ! ゾロゾロ歩いて、狭い扉につっかえて怪物に追い付かれたらどうするつもり!?」
「いや、それはまぁ、良くないけど」
「……まぁ、集団で動いてたら、あのドアじゃつっかえるわな。まだるっこしい開閉の仕方だしよ」
全員での行動は、難しい。それはたしかにそうかもしれない。
「じゃあ、私は待ってるから。貴方達で鍵を探して見つけてきなさいよ」
……しかし、彼女だけが安全な場所に居て、私達が命懸けで探索をするというのは、受け入れ難い。
「んじゃ、お前のスマホ、寄越せよ。小島」
と。大森コースケが彼女に手を差し出した。
「はぁ!? 何言ってんの!?」
「てめぇこそ何言ってんだ。働かざる者、食うべからずだろ? ここじゃスマホのバッテリーが生命線なんだっつう話だったろが。探索しねぇお前にスマホが要るかよ」
「……たしかに。セーフルームに居るつもりならスマホは必要ないよね。渡してくれた方が探索時間も伸びる」
「なるほど。そりゃそうだ」
大学生の男子3人に詰め寄られて、小島アカネは酷く険しい顔を浮かべた。
「嫌よ! ふざけないで! 自分のスマホを他人に貸すとか冗談じゃない!」
「どうせアプリも連絡先も、SNSまで全部、削除されてんだろが。個人情報もクソもねぇ。今や俺達のスマホは、ただのAR撮影機器だ」
「そういう問題じゃない! スマホがなければ、閉じ込められて死ぬかもって言ったのは、そっちの女子高生でしょ!」
小島アカネは、まるで私を責めるように指差した。
私は、その動きに不快感を覚えて顔をしかめる。
「んじゃ何か? てめぇだけ安全地帯に居て、スマホも何も提供しねぇ。働かねぇ。その癖、美味しいとこだけは持ってこうってか? バカじゃねぇの? 誰が赦すんだよ、んな事」
「……何よ! だいたい普通の事でしょ!?」
「普通?」
……何が普通なのかしら?
「こういう状況で、女を怪物が居る迷宮に駆り出すワケ? ……ただの事故現場とか、遭難した時を考えなさいよ! 車か何かで旅行にでも行って! それで山の中で遭難とかした時!」
「……はぁ?」
「あんた達、女にその場に残らせて、男が助けを呼びに行くとか、そうするでしょうが! 絶対にするわ! 私、ううん。女は足手まといになるからとか言って! 可愛い子なら、君はただ待っててとでも言うかもね!
そうでしょう? 今、そういう状況よ! 助けを呼ぶのも鍵を探すのも一緒!
危ない場所へは男だけで行くって絶対に言うわよ! だって私が行ってどうなるのよ!? 意味あると思う!? 無駄に人が増えるだけでしょ!
あんたらは邪魔とさえ言うかもね! 私なんか置いてこれば良かった、って!
……つまり私は、先に行ったら無駄死にするかもしれないって事よ!」
「それは……」
北元武、大森コースケ、外山シンイチは互いの顔を見合わせた。
……小島アカネの主張について、どこかで納得してしまった様子だ。
(車で遭難していたなら。……たしかにそう行動するかもしれない)
全員で行動しろとはルールを決められていない。それは確かだ。
この最初の一手では全員行動こそがミノタウロス対策だったが……、ここからはきっと違うだろう。
ならば。
「……
「おいおい、外山! マジで言ってのかよ!」
「いや、だって。正直、その。……これ、言っていい?」
「何だよ。言っていいよ。何か気付いたのか?」
「うん……。だってさ。小島さんって……
「なっ……! は、はぁ!?」
ビクリと外山シンイチは震えた。怖がるくらいなら言わなければいいのに。
「あー……」
「あ、あはは! たしかに! たしかに、そりゃそうだ! くはっ! 外山、お前、面白ぇ事言うな!」
「なっ、なっ、なっ! 何言ってるの!? ふざけないでよ! なんで私が死にそうなのよ!?」
「それは何ていうか、ほら、なぁ?」
と、呆れたように北元武が私に視線を向けた。
「……お約束?」
「お約束! そう、それだ!」
「ふざけないで! 何がお約束なのよ!?」
「だからよー。お前も見た事ぐらいあんだろ? 映画とかで、こういう状況さぁ。
お前みたいなヒステリー女が最後まで生き残る事、あるかよ?」
「……ッ!!」
「序盤でキーキー騒ぐ女キャラって、正直、生還率が低いよね。小島さんが、その。笑っちゃうぐらい、そういうキャラだったからさ。あと、自己中なのもけっこう、その」
「だ、黙りなさい! ふざけないで!」
「うわ、ダメだ。俺、小島に死相しか見えねぇわ」
「ふざけんな!」
「まぁまぁ。その。だから一理あるって言ったんだよ。
小島さんに関してはセーフルームで待ってた方が安全かもって思ったんだ。
それにスマホ問題だけど。
出口付近で、ほぼフル充電のスマホを持って待機してくれるだけでも、意味があるんじゃないかな?」
「……たしかに」
「あん? どういうこった」
「……私達のスマホは、探索でバッテリー切れ寸前になるかもしれない。一番イヤなのは出口が開いたのに、すぐそこに扉があるのに先に進めなくなること。
だから彼女にはフル充電のスマホを持って、ここで待機していてくれれば……その心配がなくなる」
「彼女の場合は、探索に役に立たないと言うなら、それはそうかもしれないし。
足手まといや、動いたら死ぬかもしれない、無駄死にかもしれない、と主張するなら……それはそうかな、って思ったんだ」
「……そうよ。あんまり納得いかないけど、私はここであんたらの帰りを待ってるわよ」
「えっ。あの。そ、それなら私も……待っていたいんですけど。藍ちゃんと一緒に」
と。
南条キサラが、東雲藍の手を取りながらそう進言した。
それは当然の主張かもしれない。
さっきの車で遭難理論を考えれば、きっと探索チームは男子だけになっただろう。
でも。
(……私は? まぁ、ここまでの態度で、彼女達に寄り添えなかったのは事実だけど……)
チクリと胸が痛んだ。
この状況でも、私なら耐えられるし、動かせても構わないと、そう思われているのだろうか。
「それは。まぁ、うん。どうかな……。スマホ問題を考えると、流石に3人の内、2人のスマホは貸して欲しいと思うんだけど」
「じゃあ、私のスマホを貸します!」
と、南条キサラは、東雲さんから離れて北元武に自らのスマホを差し出した。
「ええ? こんなにあっさり?」
「話は聞いてました。私はスマホを預けますから、鍵を探してきて下さい。私もいざという時に素早く動けるとは思えないから。……その。恵ちゃんと違って」
(……なんでそこで私を比較に出すのよ)
まずい気がしてくる。
女子3人の結束に私が利用される。
それも『敵』としてだ。グループで生き残りたいなら、私も彼女達の方へ入れて貰うべきなのだけど。
「…………」
私は、北元武を見上げた。少し私より身長の高い彼。
彼も、私の方に視線を向けた。私達は目が合う。
「あー……。どうかな。君も残る?」
「……私は」
どうするべきだろう。これが普段の集団生活なら、女子グループに残るべきだ。
でも、ここは……。
……私は、ラビュリントスの奥を見なければ納得できない気がした。
まるで、何かに誘惑されるみたいに。
「……探索チームで動くわ。セーフルームには残らない」
「やっぱり」
……何がやっぱりなのかしら。
南条キサラが小さく呟いた一言が引っ掛かる。そこにあるのは失望?
女子より男子を選ぶのか、という非難の目か。嫌な汗が背中を流れた。
「じゃあ、探索チームは、俺、西川さん、大森さん、外山。この4人でいいか? えっと、南条? さんのスマホは、ひとまず俺が預かるとして……」
「なぁ、ちょっと待てよ」
と。今度は大森コースケが待ったを掛ける。
やはり不満なのかしら? 女子3人だけが安全圏に残る事が。
「何だよ、大森さん。あんまり、ここでグダグダ言ってもさぁ」
「違ぇよ。残りたいヤツは残る。そんでいい。残りのJKもスマホ差し出してくれんだろ? なら、それでいいわ」
「…………」
……東雲さんは反応しない。
まだ中津アキトの死から立ち上がれてはいないのだろう。
「じゃ何だよ」
「そうじゃなくてよ。なんつったっけ? そう、ミノタウロスの迷宮だ」
「……それが、このラビュリントスの名前で、各自のスマホに入れられたアプリの名前ね」
「おうよ。でさぁ、そのな? あのアリアドネっつう女はさ。例の『赤い糸』の女なワケだろ?」
「……まぁ、そうだな。ミノタウロス伝説のアリアドネだ」
「おう。で、その伝説通りだと、あの女と結ばれた男が脱出できるんだろ、迷宮をよ」
「……そうね。そうなっているわ。彼女の語った通り」
「ならよぉ。鍵云々もそうだが……、まずあの女の彼氏にならないとダメなんじゃねぇの?」
「はぁ?」
「アリアドネの彼氏……つまり、ミノタウロスを倒した英雄、テセウスに?」
「おう! それだ」
「……ミノタウロスを倒す必要があるって事?」
「あ? 違ぇだろ。バカ。そうじゃなくて……赤い糸だよ、赤い糸」
「何が言いたいのよ。大森は」
「こんな場所にいちいち、若い男女を押し込めたんだぜ? それも男女の数、きっかり同数でだ。合コンみたいだろ?」
「……いや、その発想はなかったけど」
「だからよ。赤い糸で結ばれろって事じゃねぇの? 運営さんのお望みはよ」
「……うわ。何言ってんの? キモ」
「てめぇ! 小島!」
……何が言いたいのかしら?
「……つまり? 大森さんは、どうするのが最適だと思ってるんだ?」
「だからよ。男女ペアになるべきじゃねぇかって事だよ! じゃなきゃ、んなミノタウロスだ、アリアドネだ、テセウスだって話を持ち出してくる意味あるか!?
適当なモンスターを徘徊させて、適当な美人だか、仮面人形だかに案内役させりゃあいいだろが!」
「それは……」
困った。あまり良い気分じゃないけれど、その指摘は、もっともなような気がする。
「……たしかに。わざわざミノタウロス伝説をモチーフにした事にも意味があるかもしれない。
こういうのって、だいたい脱出のヒントになってる場合が多いんだよ。
だから何かしらの意味があるかも。あの『未来の』アリアドネって言葉も意味深だし」
「お! 分かってくれるか、外山! だよな? そうだろ?」
「……で、ミノタウロス伝説と言えば。まぁ、ミノタウロスと迷宮もそうだけど、赤い糸伝説、か。モロに『迷宮からの脱出』のキーワードだしなぁ。
サポートキャラもアリアドネ。
参ったな。大森さんの適当な意見だって流せないぞ、これ。
どこかのギミックで重要になるかもしれない」
「……そう、ね。でもアリアドネは既にいるわ? テセウス、つまり彼女の恋人枠しか脱出できないなら、私達、女は初めからこの迷宮を脱出できない事になる。
……それってフェアなゲームかしら?
そこがフェアじゃないなら、他の要素がまた怪しくなってくるのだけど」
「だからさぁ。あの姉ちゃんと結ばれるのは誰でもいいんだよ。
とにかく俺らは男女ペアになって赤い糸で結ばれとけって話だろ? 否定できるか?」
「……頭ごなしに否定は出来ないな。運営がこれみよがしに、ミノタウロス伝説をモチーフにしてるし。アリアドネの赤い糸は脱出のキーワードだ」
北元武も、否定できなかった。
「私は嫌よ? 大森と組むなんて」
「ぁあ?」
「男女ペア作れって言うんなら、大森だけは絶対にイヤ!」
「こっちだって小島を選ばねぇよ!」
大森コースケは小島アカネを選ばない。
けれど男女ペアを提案したのは彼。
……嫌な予感がした。
「私は、北元くんでいいわ! 貴方が私のパートナーになって?」
「……小島さん」
「いいでしょ? 貴方、サキと別れたんだし。何も言われないわよ」
「ちょっ! それは」
「……サキ、って?」
もしかして。
「北元くんの元カノ。最近フラれたのよ、彼。だから今、フリー。問題ないでしょ? サキと私は友達だったの。だから前からの知り合いよ。ね? 丁度いいわ」
「……あのさぁ。小島さん」
(……彼女、居たんだ)
でもフラれた? なんでフラれたんだろう。
……見た目や態度に問題はなさそうなのに。
失礼だけど、他の男性2人よりは、よっぽど……。
「じゃあ、俺は。そっちのJKちゃんな」
「…………」
と、大森コースケは、いやらしく私を見た。
(……気持ち悪い)
どうして私に目を付けるのか。
南条さんの方が可愛げがあるだろうに。
東雲さんだって……。今の彼女は近寄り難いかもしれないけれど。
「決まりね!」
「……嫌よ」
「は?」
「……どう探索するかはさておき。そういうペアを勝手に決められる筋合いはない。……そもそも、ここで決めたから何? どうするの? 2人だけで行動しろと?
バッテリーの節約の話をしたのにバカじゃないの?
「ぁあ!? 誰がバカだよ!」
……あんたよ。
私は、大森コースケを無視した。
北元武に視線を送ったけれど……、何かそれは露骨な気がして。
私は踏み出せなかった。
(だって何も彼のこと、知らないし……)
「……私は、外山さんをパートナーに選ぶわ」
「えっ、僕?」
「そう」
「はぁ!? てめっ、よりによって、俺を蹴って外山なんかと、」
「なんかと? ……そういうところが無理。絶対にペアになれない」
「なっ……!」
私は、とにかく大森コースケと一緒になる事だけは避けようと思った。
場の空気は最悪になる。
でも初めに険悪な空気を呼び込んだのは、大森コースケや小島アカネだ。
「──じゃあ、私が北元さんと一緒に行きます。探索チームに入るから、それでいいですよね? 小島さんはセーフルームに残るみたいだから」
と。東雲藍は、そう言い出した。
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