第13話 ミノタウロスの迷宮
「藍ちゃん!? 貴方、探索チームに加わる気なの!?」
「うん。いけない?
……キサラちゃん? 東雲さんは、南条キサラをそんな風には呼んでいなかった筈だけど。
「いけなくはないけど……。危ないんだよ?」
「そうだね。でも私、じっとしてられないし。……ね、
「……え、と。そうね。そうだわ」
恵ちゃん呼びなんて認めてないけど。それを言うなら南条さんもそうなのよね。
だから気にする程でもないかしら。
「あー、まぁ。探索チームが増えるのは良いけどさ。でも、ここで男女ペア作ってもどうにもならないだろ?」
「……そうね。仮説を立てるのはいいけど、今やる意味がないわ。そもそも別行動するメリットが今のところないと思うし」
「……ふぅん。離れたくないんだ? 恵ちゃん」
「はい?」
離れたくない? どういう意味かしら。
そりゃあチームで動いた方が効率がいい。それは間違いない。
でも今の言い方は何だか……。
「じゃあ、皆で一緒に行きましょ? 分かってる? 私達、ほとんどスタート地点でウダウダ話し合ってるだけになってるよ?」
「そりゃ、まぁ、そうだな。いい加減、出発しよう。バッテリーっていう制限時間もあるんだから」
「そうですよね! さすが北元さんです!」
「へぁ!?」
「……!?」
驚いた。だって、東雲さんが……その。親し気に北元武の腕に絡みついたのだ。
今までの、教室に居た彼女からは考えられない行動だった。
……中津くんがこの姿を見たら。そんな事を思ってしまう。
「はぁー。けっ。北元狙いかよ。てゆか、彼氏死んだばっかでそれかよ。女は怖いねぇ」
「……なんか怖っ。最近の女子高生って、こんななの?」
「そ、その。じゃあ! 藍ちゃんが行くなら! 私も一緒に行きます!」
「……南条さんも?」
「いいね! じゃあキサラちゃんも一緒に行こ? ……別にいいよね、恵ちゃん」
「え、うん。別に私が決める事じゃないけど……」
「……あっそ。じゃあ、いいね」
「……!?」
え、何? まさか、私に敵意を向けてる?
東雲藍は、今までの可愛らしい女子高生の姿から豹変したように、私に対して敵意を向け始めていた。
一体、何が? だって私は彼女に対して何もしていない。
どころか最初の危機で、彼女を助けさせしたと思う。だというのに。
「とにかく早く行こうよ。始まらないでしょ。これ、ゲームなんだから」
「……そ、そうだな。まぁ、うん。行こうか。動きにくいから離れて欲しいけど。あと、一緒に行くならスマホ、返しておくね」
「あ、ありがとうございます」
こうして。小島アカネだけをセーフルームに残し、私達6人はラビュリントスの奥を目指す事になった。
◇◆◇
「…………」
探索は簡単に進む。ドアを開ける度にミノタウロスが現れないかと怯えながら。
ネームプレート付きのドアは意外と少ないようだ。
コンクリートが剥き出しの通路と、ネームプレートのないドアだけで構成されたラビュリントスを私達は進んでいく。
目指している方角は、およそ『EXIT』から遠ざかるような道を選んでいった。
目的地がラビュリントスの奥だと言うのだから、きっと最も離れた場所に『ミノタウロスを暴く鍵』とやらがあると当たりを付けての判断だ。
「地図が欲しいな……」
「……そうね。同じような景色ばかり。ドアのネームプレートもないから目印になる物さえない」
「迷宮、か」
ラビュリントス。
怪物、ミノタウロスが棲む、迷宮。
生贄に選ばれた少年少女は私達。
「……テセウスは誰なんだろう?」
「あん?」
不意に外山シンイチは疑問を口にした。
「ミノタウロスを倒す英雄。そしてアリアドネの恋人で、迷宮から赤い糸を伝って脱出する男。……もしかしたら」
「もしかしたら? なんだよ」
「いや、その」
口籠る外山シンイチ。だけど、意外な事に南条キサラがその言葉を引き継いだ。
「──テセウスは
……と。
「何言ってやがる?」
「ですから。私達、生贄の少年少女の中にテセウスが混じっているんです。少なくともミノタウロス伝説の通りなら。テセウスは、怪物を倒す為に生贄の少年少女の中に紛れ込みました。
そしてアリアドネの助けを得て、このラビュリントスを脱出します」
「……そうね。そういう伝説」
「だから?」
「──私達の中に、テセウスは1人だけ。つまり、この迷宮から生きて出られるのは
ゾクリ、と。背筋に悪寒が走った。
……それはつまり。
「は? それって」
「……、デスゲーム、なんだよ。こんなゲームを仕組んだ連中が、最後まで皆仲良くゴールを目指す、なんて事は……させないと思う……」
南条さんの言葉に、外山シンイチが被せる。
「あはは! じゃあ、私達の内に生き残れるのは1人だけ? 私達、これから殺し合いになっちゃうんですかー?」
東雲さんが場違いに明るい声で、そんな事を言いだした。
「……イヤだな、そんなの、俺は」
「……そうね」
「はぁ?」
「えっ」
東雲さんがギョロついた目で私を見た。
ビクリと身体が震える
「な、何よ」
「本当にそう思ってるの? 恵ちゃん」
「……当たり前でしょう? 誰が望むのよ、そんな事」
「ふぅん」
……私、彼女に嫌われたわ。
友達になれると思っていた。彼女をキッカケにしてクラスにも馴染めると思っていた。
けど、彼女には異常な程に嫌われてしまった。
中津アキトの死は、あんなに明るかった東雲藍の心を蝕んでしまったのだ。
「たった1人のテセウスになる為の、デスゲーム」
南条キサラが、そう呟く。
……重苦しい空気のまま、皆が黙り込んでしまった。
「……まだ、決まったワケじゃないわ」
私は、その空気を覆すように言葉を紡ぐ。
「テセウスや、アリアドネの赤い糸。そういうのから考察してはいるけれど、どれも私達の想像や思い込みでしかない。アリアドネから与えられたルールは、あくまでラビュリントスの探索と、鍵を見つける事だけの筈よ」
「……そうだな。西川さんの言う通り。今、ギスギスする事じゃないだろ? なんていうか。そういうのは、それこそ鍵を見つけてからにしないか? じゃないと話にもならないと思う。
この探索が上手くいくかも分からない内から仲違いして何になるよ?
バッテリーの無駄遣いになるだけ。それこそ連中の思惑通りって事にならないか?」
「そ、そうだよ! 北元くんの言う通りだ!」
「てめぇが最初に言いだしてんだよ、バカ外山」
「うっ、ごめん。軽率だった」
……全員が、欺瞞を押し隠す。誰もが殺し合いの可能性を頭の隅に置きながらも……協調した。
これが最善。最適解。今、私達にできる事なのだから。
「……スマホのバッテリー、50%を切った」
「僕もだ。今、45%」
前後を警戒しながら進む為に、北元さんと外山さんがスマホをつけて全員で移動していた。
「まだまだいけんだろ?」
「そうだけど。……ごめん。他の人のスマホにバトンタッチしてくれないか?」
「あ? なんでだよ切れるまで使えばいいだろ」
「いや。それは……」
「……外からの連絡が来るかも」
「ぁあん?」
「……全員のスマホが使える状態を維持しておかなきゃ。外からの連絡が来れば助けも呼べる。誰のスマホに掛かってくる可能性があるかも分からないけど」
「そ、そうだよ。だから電源切れまで酷使して、使えないスマホを出すのは全員の為に良くない!」
「チッ! 上手い事言いやがって」
大森コースケは不満のようだ。
……この状況では誰だって自分のスマホのバッテリー切れを嫌がるだろう。
私だって、それが嫌だから真っ先に電源を落としたのだ。
「悪いな。じゃあ電源落すけど」
「誰のスマホ使うんだよ?」
「順番でいいだろ。次は……」
「恵ちゃんで良いんじゃない?」
……また。東雲さんに目の仇にされた私は、そう名指しされる。
「だって恵ちゃん。誰よりも先にスマホの電源落してたよね? まるでこうなる事を知ってたみたいに」
「……は?」
「あ!?」
その一言で。大森コースケ、外山シンイチ、南条キサラ。3人の視線が一斉に私に向けられた。
「……まさか。君、運営側の人間だったり、する?」
「なっ!?」
「め、恵ちゃん!? まさか、貴方、そうなの!? 私達を誘拐して……
「ち、違うわよ! 何言ってるの!?」
私は振って湧いた疑惑に、手振りを使って否定した。
本当に何を言っているのか。
「……どうだか。ね、外山さん。こういうゲームって、そういう……運営の回し者って居るものじゃないんですか?」
と、東雲さんが、そう冷めた目で話を振る。
「……確かに定番だ。ありがちな設定だと思う。内側からコントロールする人が居ないと、そもそも運営の思ったように物事が運ばないから……」
「おいおい! マジかよ! じゃあ、こいつは一人だけ生き残れる方法を知ってるってことか!?」
「知らないわよッ!」
ありえない疑いを掛けられて私は汗が止まらなかった。
なんで? なんでこうなる? なんで私が疑われてるのよ?
「ちょちょ、ちょっとタンマ! なしなし! それはないだろ!」
と、北元武が一人、私を庇うように前に立ち、背中に隠してくれた。
「ぁあ? なんでないって言い切れんだよ、北元」
「いや! この子、西川さん! 最初、俺が見た時、ミノタウロスに追いかけられてたんだって! 俺が助けに入らなきゃ危なかったんだよ! 助けてなきゃ、真っ先……2番目の犠牲者! 違うだろ、そりゃ! いくら何でも間抜け過ぎるし!」
「……そんなの分からないじゃない! あっちサイドの人間だったら、怪物に襲われても平気かもしれないでしょ!? だって怪物は本物じゃない! ARで作られた偽物! アキトを殺した連中に飼い慣らされた、ただのペットだわ!」
ミノタウロスがペット。
なんとも皮肉な話だが、事実として現実のモンスターではないのだ。
……だからプログラムでその行動は制御される。
追いかけられ、絶体絶命のピンチになろうとも、結果として死んでいないのなら疑わしさは拭えない。
唯一、容疑者から外れる事が出来る時は……ミノタウロスに喰い殺された時、だけだ。
「……そりゃ、そういう可能性も捨てられないかもだけど。彼女は、」
「何を根拠に信じるの? だって北元さん、恵ちゃんと会ったばかりでしょ? それとも前からの知り合い? 貴方も彼女とグルなの?」
「グルとかじゃないけど! 今、俺達って言い争いや疑ってる場合じゃないだろ!? まだ探索なんてまるで終わってないんだぜ! このままじゃ全滅する!」
「JKちゃんが連中の黒幕なら、縛って吐かせりゃいい。こいつだけ無事に助かる方法知ってるかもしれないんだろ? 迷路で迷うより、よっぽど効率いいぜ」
……不味い。暴力で訴えられた場合、私の力で大森コースケに抗える気がしない。
もしも、あんな男に暴力の支配を許してしまったら。
私にとって、女にとって、死に等しい末路が待っている。
「私は、そんなのじゃない!」
「信じられないのよ!」
「……なんで。東雲さん」
「気安く呼ばないでよ! あんたなんて友達でも何でもないんだから!」
「……ッ!」
……それはそうだ。私達は友達じゃない。
思えば、このラビュリントスの中で一番孤立しているのは私かもしれない。
だから、もしも彼等の中から裏切者を炙り出すとしたら……東雲さんが指摘しなかろうとも、私が仲間外れになる。
『──皆さん、ラビュリントスの探索は進んでいますか?』
「「!?」」
突然。私達の中の誰のでもない声が掛かった。
「あ、アリアドネ?」
北元武がスマホを掲げる。私は、彼の背後からその画面を見た。
見ると、すぐ近くに腰まで伸びた赤髪の、異国の女性、アリアドネが立っている。
『皆さんにお知らせ致します。すぐ、近くに。
「か、彼?」
問い返したのは誰だったか。
『はい。彼。皆さんは生贄の少年少女達。……喰い殺されたくないでしょうか?』
「当たり前だろ!」
『……ふふ。では。皆さん、逃げて下さい。すぐに、すぐに彼はやって来ますから』
そう、アリアドネが告げた瞬間。
『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ラビュリントス全体を揺るがすような怪物の咆哮が私達を震わせた。
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