第2話 閉ざされた世界
「う……、ん」
「中津くん」
「え……?」
僕は、ズキズキとする頭を抑えながら、誰かの声に起こされた。
「西川、さん?」
「うん」
西川
彼女がどうして僕を起こして?
「痛たた……」
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だけど」
西川さんに優しく抱き起される。いや、どういう状況?
僕は、どうして寝ていた?
「え、ここ、何」
目を引く西川さんから視線をズラす。そこは剥き出しのコンクリートで出来た部屋だ。
どこかの駐車場のような外見で部屋を一つ作ったみたいな。
或いは工事中で内装をまだ決めていない建物のような。
「……分からない」
「え。西川さん、頭に何着けてるの?」
「キミも着けてるよ」
「え?」
西川さんに言われて僕は、自分の頭に手をやった。
何か着けられている。僕の意図しない物だ。
西川さんの姿を見る。
頭部にヘアバンドのような器具。彼女の顔は隠さず、髪を抑え付けてはいるものの、彼女の髪型を完全には損なっていない。
無骨なデザイン、というより鋼で出来た何かの器具と強靭な素材で出来たベルトだ。
顎の下をベルトが通っていて、額を覆うように後頭部まで器具がある。
僕らの頭を2つの環が十字に交差して、ガッチリと拘束している。外れないように。
「な、何だよ、これ!」
「……分からない。でも、冗談でしているワケじゃなさそう。そっち見て」
「え?」
同じ器具を頭に着けた西川恵が指を差した先を、僕は視線で追いかけた。
「あっ、
2人がコンクリートの床に倒れている。
僕はすぐさま彼女達に近寄った。
「藍! 藍! 大丈夫か!?」
彼女達の綺麗な顔だけは隠さないその器具。
……何だろう。僕は、その器具を……昔、海外ドラマで見た『電気椅子』に座る死刑囚の姿と重ねてしまった。
ちょうど、こんな風に頭部をガチリと拘束されていた。
その死刑は、高圧電流によって執行される。
ゾクッと背筋を悪寒が走った。僕達も? そんなありえない事を想像した。
「待って」
僕は、改めて周囲を見回す。
「どこなんだ、ここは」
剥き出しのコンクリートで覆われた部屋。
立方体のような形をしている。窓は……ない。
ベッドなどの家具もない。
あるのはドア1枚だけの、あまりにも殺風景な部屋。
「分からないわ」
西川恵が、またその言葉を繰り返した。
「でも覚えてる事はあるわ。私達、……怪し過ぎる
「覆面野郎? あっ!」
その言葉で、僕も思い出した。
そうだ。僕達4人は一緒に出掛けていた。【D・バンク】のイベント参加の為に、一緒に居て。
そして僕は、西川さんと藍と少し離れて、あの南条さんと2人で話をしていたんだ。
ちょっと良い雰囲気になっていた。彼女に意識をされたような気がして。
でも人気のない場所を進む事を不安に思っていた。
そのことを口にすると、心配いらないという彼女。
『大丈夫。それに中津くんが私達の事を守ってくれるんでしょう?』
南条キサラは、そう僕に微笑みかけてくれた。
僕は、すぐに答えたんだ。『もちろん、守るよ!』って。
そして、次の瞬間。嬉しそうに微笑んだ南条さんは、何かに気付いたように僕の後ろを指差した。
僕は彼女の動きに誘導されて、背後を振り向く。
……そこに居たのは、そう。
「うぐっ。そうだ。僕、襲われたんだ。布か何かを顔に巻き付けられて、それで」
気付いたら、この場所に居た。
「薬品か何かで気絶させられた?」
「そう。……これって誘拐事件じゃないか!」
嫌な汗が背中に流れる。何だこれ、何だこれ。誘拐だって!?
僕が、日本で、こんな目に遭うなんて!
「落ち着いて。中津くん。たしかに。私達は誘拐されたと思う。でも……何かおかしい」
「お、おかしい? 何が」
「拘束。されてない。頭に変な器具を取り付けられただけ。手足が自由。こんな事する?」
「えっ、と」
西川さんは両手を掲げて、グーパーと手の平を閉じたり開いたりして見せる。
「こんな変な器具を頭に着ける暇があったら手足を縛った方が良くない? 抵抗や逃亡を避けたいんなら」
「た、たしかに?」
「警戒に値しないぐらい私達が非力だと思っているにしても。何かそれだけじゃない……気がする」
「それだけじゃない、って何が他に?」
「……分からない。とにかく、東雲さんと南条さんを起こした方がいい。見た所、外傷はなさそうだから」
「そ、そうだね。まずはそこからだ」
西川さんの指示に従って、僕は藍の肩を掴んで揺らした。
こんな時だというのに眠る彼女を揺らすと、一緒に動く胸元に視線がいってしまう。
(藍も……随分と大人になったし、可愛らしくなったな)
気付いていた。藍の好意に。
たしかに南条キサラや西川恵のように学校で1、2を争うって程じゃあないけど。
「ん……。アキトぉ……?」
「藍。良かった。無事か?」
「ぇえ?」
柔らかい声を漏らす藍。とにかく無事な様子だ。
「南条さん。大丈夫?」
「メグ、ミちゃん?」
南条さんも。とにかく3人共、無事らしい。良かった。
◇◆◇
「外れないわね」
その後、目覚めた2人と共に状況の確認を始めた。
まず、4人共が頭部に謎の器具を取り付けられている。
他人が手を加えればどうにかなるタイプでもなく、外す事が出来ない。
「鍵穴があるわね。鍵がなければ外せないみたい……」
「くそっ」
そして身体に付けられていたのはそれだけじゃなかった。
両足にも枷のように器具が取り付けられている。
「手錠や足枷じゃないのは何なのかしらね」
「最悪……」
次に部屋。
剥き出しのコンクリートで、立方体の内側のような造りの部屋だ。
窓はなく、家具も一切ない。どこかの倉庫かもしれない。
あるのは鋼鉄製のドアが1枚だけ。
そのドアに穴が開いている為、今すぐに窒息の恐れはなさそうではあるが心許ない。
「ドアノブがない……」
あろうことか、そのドアにはドアノブがなかった。
つまりひねって回す事ができず、内側から開く事ができないように細工されている。
「私達、閉じ込められたの……」
(くっ……。なんて事だ)
3人共が不安に怯えている。
女の子が3人。男は僕1人。彼女達の事は、僕が守らなければならない。
でも……人を誘拐するような相手に何ができるだろう。
僕達は誘拐された。そして、こんな所に詰め込まれている。
国外の人間の犯行だろうか? 日本人を拉致する国もあるという。
外傷が今のところない辺り、そういう路線が想像できた。
だって身代金目的の誘拐ではないだろう。
僕の家は普通の家だ。藍の家だって。
「あれ?」
と、藍が少し抜けた声を上げた。
「どうした?」
藍はスカートのポケットに手を入れる。すると、何かを取り出した。
「え?」
「スマホ、あるじゃん! 盗られてないよ!」
本当に? それは、かなり間抜けだろう。
僕も試しにポケットに手を突っ込んでみた。
「……ある。僕のも」
「私もあるわ」
「私も」
西川さんと南条さんも、それぞれスカートのポケットに入っていたスマホを取り出した。
どうやら犯人は、謎の器具を取り憑けるのに夢中で、スマホを取り上げるのを忘れたらしい。
やった! もしかしたら出し抜けるかも。
……そう思ったのだけど。
「え? 何これ! アプリ、全部消されてる!!」
「……これは」
スマホの画面を開く。そこには、いつもズラリと規則正しく並んでいる筈のアプリ群がなかった。
ショートカットに登録されている電話機能や、インターネットブラウザ、メッセージアプリ、ミュージックアプリ、そんなのまで全部、ない。
「メッセージも消されてる! なんて事するのよ!」
藍が憤る。
現代の、スマホ世代にとってスマホアプリを勝手に弄られるのは、かなりのストレスだ。
しかも、あろう事か溜め込んだ友人達のアドレスまで失われていた。
「しかも勝手に変なアプリが入れられてる!」
藍の怒りは更に募る。僕のスマホもそうだった。
既存のアプリは電話やSNS、メッセージ、果ては設定項目まで削除され、どこにも見当たらない。
代わりにあるのは……知らぬ間にインストールされていた、一つのアプリ。
「……、──『ミノタウロスの迷宮』?」
「何?」
そう。ミノタウロスの迷宮。それが、たった1つ、僕らのスマホにインストールされていたアプリの名前だった。
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