第1話 ARの世界

『ギャォオオオオオオッ!』


 と。モンスターが僕に向かって咆哮する。


 ARエーアールの世界は、とても画期的だ。

 スマホ画面の向こうの世界では、確かに僕が今いる教室にモンスターを存在させている。


 Augmentedオーギュメンテッド Realityリアリティ.

 日本語では、拡張現実。


 残念ながらVR、仮想空間に意識ごとフルダイブ! ……なんて技術は開発されていない僕らの世界。

 けれど、ARの方は確実に僕らの生活に入り込んでいた。


 ARアプリは僕らの身近にもう存在してる。

 某有名会社の超ビッグタイトルゲーとかね。


 そして僕らに今もっとも身近なアプリもARで作られている。



 ──【ディー・バンク】。


 僕ら高校生の頼もしい味方のアプリだ。


 AR世界で僕達は『お宝探し』をする。宝箱を開けばポイントゲット。

 そのポイントは電子マネーとしてスマホを通して使えるようになり、専用のサイトで商品と交換できるんだ。


 つまりゲームでお金を稼げるのと同じコトってワケ。

 画期的なそのアプリを使う権利を持つ理由は、たったひとつ。


 それは『高校生であること』だ。


【D・バンク】は、高校生専用・・・・・アプリなんだ。


 高校生と証明し、使用登録する為には生徒手帳を始めとした入力情報が必要で、個人情報を大事にし過ぎる生徒にはその点が不人気なんだけどね。


 だけど、けっこう大勢の生徒がもうこのアプリを使ってる。

 今だって教室や廊下では授業の合間に『お宝探し』さ。


 僕、中津なかつアキトも当然アプリを使ってる側。

 高校生っていうのは、いつもお金に困ってるからね。


 例えばデートなんか。そう、憧れの彼女と。



「あっ」


 僕は画面に映った人物を確認すると、スマホを下にズラして現実の目で彼女を見た。


 廊下の先で歩いているのは、明るい茶色に染めた髪をウェーブがかって鎖骨まで伸ばした女生徒。

 僕とは別のクラスだけど、同じ17歳の美少女・女子高生。



 ──南条なんじょうキサラ。


 ……今日も彼女は、沢山の生徒達に囲まれてる。

 男子・女子、双方に人気者のこの学校ナンバーワンに可愛らしい美少女が彼女だ。


 そして僕の憧れの女の子でもある。



「中津、お前、誰に見惚れてんだよ」

「うわっ」


 男友達が、僕の肩に寄りかかってきた。

 するとそいつは僕の視線の先を追って、それで誰を見ていたかに気付く。


「彼女狙いか? いやはや、お目が高いね。倍率いくらだ? 高校入試を通るより難しい」

「……知ってるよ」


 南条キサラは言ってみれば、この学校のアイドルだ。

 モデルの事務所に誘われてるなんて話もある。


 その証拠かどうかはさておき、チラホラと学校を長期で休む事もあるという。

 それにしてはグラビア雑誌やテレビに彼女の姿は見ないけど……。

 正直、そういうタレントになってても全くおかしくない。


 そんな学年ナンバーワン女子。それが南条キサラだった。



「高校生の恋愛は命懸け・・・だ」


 友人が言う。たしかにね。

 南条キサラと付き合いたいなら憧れてるだけじゃ足りない。

 自分磨きに、猛アピール。やれることは、それこそ命懸けでやらないと、届かない。


 とはいえ、今はタイミングが悪いね。

 格好悪い姿を見られる前に僕は、友人を置いて退散。

 大人しく教室の席へ戻る事にしたんだ。


「はぁ」


 南条さんと付き合うのはどうすればいいんだろ。

 向こうには認識すらされてないよなぁ。


 何かビッグイベントでも起きないだろうか。

 僕と彼女が一気にお近付きになれる素敵で僕に都合のいいイベントだ。



「ねぇ」

「え?」


 と、そう物思いに耽っていたところ。


「消しゴム。落としてたけど」

「あっ。僕? あ、ありがとう。西川にしかわさん」


 考え事していた僕は、どうやら机から消しゴムを落としてしまったらしい。

 それを拾ってくれたのが、転校生の西川めぐみ


 黒髪が胸の上程度まで伸びたセミロングのストレートヘアが特徴な、僕のクラスメイトの女子だ。



「どういたしまして。中津くん」

「あっ」

「うん?」

「い、いや。僕の名前。覚えててくれたんだね。西川さん」

「……まぁ。それぐらいはね」


 シャンプーだろうか。西川さんからした良い匂いが僕の鼻をくすぐる。


 僕に消しゴムを渡すと、彼女は近くの自分の席に着いた。

 サラサラと綺麗で艶のある黒髪がその動きに合わせて揺れる。


 特に僕は彼女と親しいワケじゃない。

 というより、彼女は今、誰も親しい人が居ない様子だ。


 西川さんが転校してきてから、まだ1週間。

 まだ皆、彼女との距離を測りかねている。


 会話が出来ないタイプじゃないんだけど、その。

 彼女、西川恵は美人系なんだ。

 ちょっと僕らの学校には居ないタイプの、美人。



 彼女が転校してくる前までは南条キサラの一強とも言える男子目線の女子ヒエラルキーだったけど、彼女が転校してきた事で男子達の意見は大きく2つに分かれた。


 すなわち、南条さんか、西川さんか。

 要するに美人な西川さん相手だと、男子は物怖じしてしまって近付けないし、話し掛けられないんだ。


 意外と女子の方でも似たようなものらしく、まだ様子見を続けている感じ。

 西川さんがクラスに溶け込むには何かキッカケが必要なのかもね。


(……いっそ、僕がそのキッカケになる?)


 消しゴムを拾ってくれた程度の優しさ。

 でも男子って単純だ。美人の同級生にそういう優しさを見出してしまうと、コロッといきそうになる。


 彼女、見た目はクールで知的、冷たい雰囲気なのに意外と優しいんだなって……。



「アキト。何見てんの?」

「うわっ!」


 また後ろから話しかけられる。

 今度は男の友人ではなかった。


あいっ! 急に話し掛けるなよ!」

「そんなに急でもないでしょ。……なに? アキト、西川さんが好きなの?」

「ち、違っ……そんなワケじゃ、」

「ふーん」


 藍が僕の事を疑わし気な目で見つめる。


 彼女は、東雲しののめ藍。僕の幼馴染。

 肩の少し上程度まで伸びた、内巻きのワンカールが特徴的。

 髪の毛は少し茶色に染めている辺り、藍ももう年頃の女子高生になったなぁ、なんて思う。


 藍との仲は……どうだろう。

 恋人ではない。でも友人以上の関係ではある、かな。


 小ウサギみたいに可愛らしい系の女子だと思う。

 藍も僕や西川さんと同じクラスに通っている高校2年生だ。



「そうだよね。アキトが好きな子って……南条さんだもんね」

「うっ。なんで、それを」

「……分かりやすっ。ていうか男子みんなそうじゃん」


 うん。南条さんが好きな男子は、本当に多いと思う。

 別にだからって抜け駆け禁止の協定があるワケじゃあないけど。


 高校生の男子は、女子よりシャイなんだ。


「じゃあさ。私が南条さんを誘ってきてあげるよ」

「は?」


 何だって?


「誘う、って。何に」

「【D・バンク】のイベントがあるんだよ。この近くでね」


 そう言いながら藍は得意気に自分のスマホの画面を見せてきた。

 藍のスマホには、ピンクのカバーケースが付けてあって、それが可愛らしくデコレーションされている。


 如何にも女子のスマホって感じの様子だ。

 そして、見せつけられた画面には……僕の見た事のないイベントが告知されていた。

【D・バンク】のイベントには違いないみたいだけど。



「え? このイベント、僕は知らないぞ」

「ランダム配信イベントっぽいよ。だから、これは私の端末でだけ開催されるイベント。でもフレンド登録したらイベント共有できるみたい」


「……どんなイベントなの?」

「毎度の『お宝探し』だよ。でも、ちょっとした小旅行が必要なんだ。だから友達と一緒にお出掛けするのには丁度いいキッカケになるの」


 キッカケ。僕らに今、もっとも必要なイベントだろう。


「このイベントに私が南条さんを誘ってきてあげるよ」

「え、でも、それは」

「そうしたら私達・・でデートが成立ってね」

「私……達?」

「そう。アキトと南条さんと当然、私とね」

「藍も来るのかよ」


 それってデートじゃなくないか?


「私のイベントだから当然でしょ。じゃ、誘ってくるね!」

「えっ、ちょっ! まだオーケーしてなっ!」


 止める間もなく藍は教室の外へ駆けて行ってしまった。


 参ったな。藍って昔から行動力があり過ぎて、しかも僕の話を聞かないんだ。

 そういう所が目が離せない所でもあったけど。


 そうして、そう時間が掛からない内に藍は僕の元へ帰ってきた。


「成功」

「マジで?」

「マジで」


 えっ!? じゃあ、あの南条さんと、デート!?

 嘘だろ。今回ばかりは藍の行動力に感謝するしかない。


「今、東雲藍が僕には女神に見えるよ」

「ふぅん。悪くないけど。でも条件付きだって」

「条件?」


 おや。そんなにうまい話じゃあないか?


「『西川さんも一緒に行ってくれるならいいよ』……だってさ」

「……はぁ?」


 こうして。僕は3人の女子と一緒に出掛ける事になった。


 ……この誘いを断っておけば良かったなんて思いもせず。

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