第3話 ドアノブ
「電話アプリって完全に削除できないんじゃなかったかしら?」
謎の『ミノタウロスの迷宮』アプリを無視して、西川
そう。僕らの重要課題は、外部への連絡手段だ。
「表向きの削除はできても端末の中に機能は残ったままで、例えば誰かから通話が掛かってきたら起動する筈よ」
南条さんも西川さんの意見に同意を示す。
「でも。これ、本来はたぶん消えない筈のアプリも全部が消去されてるわ。設定画面にも行けない」
「どうしようもない、って事?」
「外から連絡が入ったら……受け取れる筈。幸い、電波も繋がってるみたいだし」
たしかに。電波状況を示すアイコンは、しっかりと普通の状態を示していた。
「スマホってアプリがなくなると電話さえ出来なくなるの?」
「……そうハッキングされた、ね」
これが一世代前の端末。例えば、しっかりと番号ボタンや通話ボタンがある物なら望みはあったかもしれない。
でも、僕ら4人が持っているのは、揃ってアプリがなければただの光る板でしかない携帯端末に過ぎなかった。
「シンプルなデザインと万能の拡張性っていうのも考え物なんだな」
電話。それだけを求めた端末ではなくなった物。
それが今、僕らの首を絞めていた。
「それよりも。ご丁寧にわざわざ入れられたこのアプリを調べるべきじゃない?」
「南条さん。でも」
僕らが普段からスマホにインストールしているアプリは全消去。
普通は消えない筈の物まですべてがまっさらにされていた。
連絡帳やメッセージ、SNS系の物まで綺麗に、全部だ。
状況も忘れたように藍なんてその事に怒っている。
気持ちは分からなくはない。女子高生から連絡手段と友達の連絡先すべてを奪ったのだ。
「この状況。普通の、って言うのはおかしいけど。ただの誘拐じゃないと思うの」
「ただの誘拐じゃない?」
南条さんは、自分の頭に嵌められた器具に手をやった。
「ドッキリ、じゃないけど。似たような。弄ばれてるのかも。つまり、どこかで私達の事を監視していて……反応を楽しんでいる。そういう類の、犯罪」
「……ああ」
言いたい事は分かる。だってそうだろう。
僕らは謎の覆面男に襲撃されて気を失った。
そして気付けば、この閉ざされた空間。
ただの誘拐や人身売買が目的なら、僕らは拘束されているのが当然だろう。
でも、そうじゃなかった。
謎の器具を頭や足に着けられてはいるけど、自由の身。
そしてスマホには謎のアプリだ。
……何かしらの実験、或いは……愉快犯のような者の仕業が考えられた。
「じゃあ。僕の端末で起動してみるよ」
「……いいの?」
「うん。それぐらいは。とにかく、それ以外にこの部屋では出来る事もなさそうだし」
僕の周りに3人の女子高生が集まる。
……状況は、そんな場合じゃないってのに、恥ずかしい気持ちになった。
僕は、自分のスマホの画面をタップする。
アプリ『ミノタウロスの迷宮』は、すぐに起動した。
『アリアドネは、テセウスとは結ばれませんでした。
迷宮の中に居た彼とは、赤い糸で結ばれていた筈なのに……』
黒い画面に白字のシンプルなテキストが表示される。
(アリアドネ? テセウス、何だっけ?)
「ギリシャ神話かしら。ミノタウロスの迷宮だものね」
「……続けて。中津くん」
「う、うん」
僕は、その起動画面をタップして、次へと進んだ。
すると起動されたのは。
「え、カメラ?」
スマホの画面は、ちょうどカメラが向いていた南条キサラの短めのスカートと足を映し出している。
これはカメラのアプリと同じ物だ。
「何だよ。これのどこが迷宮アプリなんだ?」
まさか、これさえ僕達をおちょくる小道具だって言うのだろうか?
「……私も起動してみるわ」
「う、うん」
「じゃあ、私も!」
同時に立ち上げれば何か変化でもあるのか。
藍と西川さんは、今度は自身のスマホからアプリを起動して見せた。
でも、その画面は僕のものと同じ。ただのカメラアプリでしかない。
「何だよ。期待させやがって」
「何のヒントでもないのぉ!?」
僕と藍は、シンクロしたように憤る。
腹立ちまぎれに今すぐスマホを壁に投げつけたいぐらいだ。
高価な端末で、アプリが消されたとはいえ僕の物と分かっているからしないけど。
「うーん……。本当にただのカメラなのかな?」
「……他に何かあるの?」
「分からないけど。恵ちゃんは何かある?」
「何かって言われても」
話を振られた西川さんは、起動したカメラで僕達や、部屋の中を映し出していく。
「これ、カメラでもないのよね」
「カメラじゃないの?」
「写真を撮るボタンがないわ。タップしても何も起こらない。本当に、ただ映像を映し出すだけの……」
そして西川さんがドアの方向を向いた時。
「あっ」
何かに気が付いた様子で声を上げた。
「ドアノブが……あるわ」
「え?」
僕ら3人の視線が、この部屋でたった一つのドアへと注がれた。
けれど、やっぱりドア内側にある筈のドアノブはない。
部屋の中からこのドアを開く事は出来ないままだ。
「何も……ないよ?」
「違うわ。
「スマホの?」
「……
「あっ」
まさか。そういうアプリなのか?
僕も藍も一緒になって起動したアプリ越しにドアを映した。
「ある。たしかにドアノブが。AR上に」
「え? でも、だから何なの?」
「……つまり、これは」
西川さんが悩んだように僕らを見回す。
しかし、少し悩んだ後で、意を決したように足を踏み出し、鋼鉄のドアへと近付いた。
「何を」
「恵ちゃん?」
西川恵は、スマホを左手で掲げながら何もない筈の場所に手を伸ばした。
そして、あたかもそこに本物のドアノブがあるかのように、その手で掴み、ひねる。
──ピー。
「……!?」
すると、西川さんの動きに連動するように扉から電子音が鳴ったかと思えば。
──ガチャリ。
「あっ」
「開いた! 扉が開いたよ!? すっごい、西川さん!」
「……こういう事、らしいわね」
「え、どういう?」
「こうやってAR上にある何かを使って脱出して見せろ。そういう事じゃないかな?」
「あ!」
なるほど、ARか! それを駆使して……脱出? を目指せって!?
「恵ちゃんに感謝だね、中津くん」
「う、うん。そうだね」
南条キサラが可愛らしく僕に向かってウインクをして見せた。
その表情にまた僕はドキリとする。
「……お遊びの一環? にしては手が込んでるわね」
「扉の電子ロックとARが連動していたんだわ」
「お金掛かってそー」
うーん。たしかに。一体何なんだ。
いよいよ、ただの誘拐犯の仕業じゃない。
これじゃまるでエンタメのテレビ番組のようで。
「ドッキリ企画。私達がタレントか何かなら納得してたけどね。いくら何でも素人にこんな事をするワケないし。……何より、私達は襲われてここにいる。冗談では済まされないわ」
そうだ。少なくとも僕達を襲撃して薬品なんて使って拉致した誰かが居る。
いくら状況がふざけていても、西川さんの言うように冗談では済まされない。
「に、西川さんって凄く頼りになるね」
「……え。ああ、ありがとう」
僕は素直に褒めたつもりだったけど。
彼女はキョトンとした顔で、曖昧に笑った。
男が、この状況で頼りになるなんて女子に言うべきじゃなかったかな。
不味い。いいところぐらい見せないと。
「ど、ドアは僕が開くよ!」
と、この状況で彼女に先陣を切らせるワケにもいかず、僕は開いたドアを掴んで人が通れるように開けた。
「……ここは」
真っ先にドアの外に出た僕だが、劇的な光景はそこには広がっていない。
相変わらず剥き出しのコンクリートばかりの風景。
ただ部屋じゃなく廊下に出たってだけの事だった。
「……なにー? 怖い、アキト」
「だ、だ丈夫。とりあえず誰も居ないみたいだから」
藍が僕の服の裾を掴んでくる。
西川さん、南条さんの順番で僕らは閉ざされた部屋の外へ脱出する事が出来たけれど……。
「そう長くない、廊下。廊下の先は大きな扉……左右とも。他にも個室のようなドア、ね」
相変わらずの空気。殺風景すぎる廊下。
天井の灯りは……LEDかな。天井に埋め込まれていて、蛍光灯が剥き出しとかじゃない。
「ドア、あるけど、他のドアにもドアノブがないわ」
「……っていう事は」
僕らは一緒になってスマホを掲げて、まずは通路を挟んで真向いにあるドアを画面に映した。
「やっぱり」
案の定、現実にはないドアノブが、スマホ画面の中には映し出されている。
「見て。ドアの上。ネームプレートもARに映ってる」
「ネームプレート?」
ドアノブだけじゃなく、ドア全体に意識を向ける。
現実世界は、ただの鋼鉄の板一枚でしかないドアだけど、AR上ではたしかに、その部屋が何かを示すネームプレートが付いていた。
──
そう書かれている。
「レストルームって何だっけ?」
「……お手洗い、ね」
「あ、トイレか」
しかもオールジェンダー? こんな場所に誘拐してきておいて何の配慮だよ!
「一応、確かめる? ……4人で」
西川恵が微妙な表情を浮かべながら、僕達を見ながらそう尋ねた。
女子3人と一緒にトイレへ。
しかし、そこには夢もへったくれもないのだった。
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