第二幕
第5話 西川 恵
「ねぇ、西川さん。ちょっといいかな?」
「え」
教室で大人しく過ごそうとしていた私、西川
東雲
内巻きにカールした髪が、肩の少し上まで伸びたヘアスタイル。
髪の色は茶色に染めていて、印象としては可愛らしい系。
小うさぎ、ってイメージがピッタリなのかも。
たしか、この子は同級生の中津くんの幼馴染だって聞いた。
……見る限り、彼に好意を抱いているのも分かる。
(……失敗したかな)
実は、さっき彼、中津アキトが消しゴムを落としていたので何の気なしに拾ったの。
でも、その事で彼女は牽制に来たのかもしれない。
私は、たぶん同年代の女子の中では容姿に恵まれている方なのだと思う。
その影響か、女子から要らない嫉妬を買う経験が多かった。
何も彼女達が全面的に悪いとは思ってない。
私にもいけない態度だった場合がもちろんあるだろう。
でも。男子から注目される事は多くて、女子からは嫉妬される事が多い人生だった。
まだ人生を語るには私、17歳になったばかりだけど。
「あのね。実はねー」
「……うん」
私がこの学校に転校してから、まだ1週間しか経っていない。
転校の理由は、親の仕事の都合だった。
何か事件を起こしたとか、左遷とかじゃない。
詳細は把握してないけれど、どうにもお父さんの職場においては栄転扱いの異動だったらしい。
それも引っ越し費用などが全額負担され、職場での待遇や給料が上がるといった具合だ。
疑わしいぐらいの良い事尽くめの昇進。まさしく栄転だったのだろう。
問題となるのは引っ越しに伴う、知人・友人達との離縁なのだけど……。
どうにも、そこまで離れた場所への引っ越しではなかった。
少し離れた地方ぐらいの場所だ。
電車賃は少し掛かるけれど、今までの友人達とも会えない事はない距離。
……そうなれば、私やお母さんが強く反対する要素はもうどこにもなかった。
この時代、少しでも裕福になれるのなら、それに越した事はない。
私の家族仲は良好。だから問題があるなら……そう。
私が、少し。ほんの少し……友達作りが苦手な事ぐらいだ。
新天地でいきなりすぐに誰とも親しくなれる、なんて人が羨ましい。
この学校でも有名な女の子がまさしくそういう子で、男女共に人気者みたい。
……1週間で友人1人も作れない私とは雲泥の差よ。
たしか、その人の名前が。
「南条さんがね。あの、南条キサラさん。隣のクラスの。知ってるかな?」
そう。南条キサラ。この学校では有名人だ。
学内配信……ネット上に、生徒だけがログインできる配信サイトがあって、そこで情報を発信してる……で、彼女は話題のアプリを紹介したと言う。
前の学校にも広まっていたARアプリ【D・バンク】だった。
その南条さん。
「……うん。一応、知ってるよ」
「うん! 流石、南条さん」
クラスに未だ馴染めない私だけど、陰で努力はしている。
まぁ、クラスメイトの顔と名前を人知れず覚えたりだけど。
だから中津くんの名前も知っていたし、東雲さんとの関係も目にして分かっていた。
「その南条さんがねー。西川さんと一緒にお出掛けしたいんだって!」
「……は?」
私は、首を傾げた。学校の有名人が私とお出掛け? なんで?
「ごめん。どういうこと?」
「えっとね。これ!」
「これ」
東雲さんが見せてきたのは例のアプリの画面。
そのイベントページ? のようだった。
「このイベントにね。私、アキトと南条さんを誘ってみたの」
「……彼と、その南条さんを?」
素直に2人でデートに行けばいいのに。
わざわざ可愛らしいと評判の南条さんを一緒に誘ったのね。
まぁ、私が見る限り、彼の方は鈍感で今いち進展しかねているのでしょう。
「うん。そしたらね。南条さんが、西川さんと一緒ならいいよ、って」
「……ええ?」
「ダメ、かな?」
ダメとか、そういうんじゃないのだけど。
『なんで?』が先に立つ。どうして私は、南条キサラに名指しされたのだろう。
……転校生が珍しいから? 相手は学校一の人気者だ。
男子・女子の両方から好かれる離れ業をやってのけている人物。
もしかしたら学年の皆の事は把握済みで、転校生の私とも交流を図ろうとしてる、とか。
「西川さんも……これをキッカケにしてくれたいいかな、って」
「キッカケ」
「うん。西川さん、皆と仲良くしたそうなのに、踏み出せてないでしょ?」
「……! それは、」
「そういうの分かるんだよねー。ていうか、女子1人って、男子1人以上に辛い? 気がする? かもだし」
ズバリ見抜かれていた。
流石は同じ女子高生。東雲さんは友達も多そうだ。
小動物系の女の子って皆に好かれるわよね。私も彼女が可愛いって思うもの。
相性の問題もあるけれど彼女の場合は好きな人が明確だ。
冴えない男子高校生、中津アキトくん。
彼の事を好きだとアピールしているけど、観察する限り、クラスに彼女の恋敵となる女子は居ない。
悪いとかじゃないけど、なんていうか普通の男子って感じの彼だ。
幼馴染の東雲さんは彼個人の魅力を知っているんだと思う。
でも、それを知らない私や周りの女子達は、東雲さんの恋路を応援しこそすれ、邪魔したり横取りしようなんて思わない。
そんな絶妙な人柄だった。
早くくっ付け、惚気は他所でやれ、とは思うけどね。
「……分かるんだ」
「うん! 一緒にお出かけ! して、友達の第一歩! どうかな? 1人でも友達が出来たら、そこから輪も広がるよ。私も西川さんのこと、知りたいもん」
「……ありがと」
私にとっては彼女の申し出はありがたいものだった。
今の私が求めてるのは、格好いい男の子ではなく、同性の友人なのだから。
誘われて、流されるまま私は4人での小旅行に出掛ける事になった。
メンバーは私と、東雲さん、中津くん、南条さん。
着ていくのは私服だけど、地味めでカジュアルな服装を選ぶ。
……今回、唯一の男子である中津くんに好かれるつもりはない。
だって東雲さんに敵視されたくないもの。
だから女の子らしさや、デート感を出す服装ではなく、その辺を歩いていても不思議じゃない服を着た。
ズボンスタイルよりもスカートの方が好きだからスカートを履いていくけど、これぐらいなら……。
まぁ、大丈夫だと思う。
きっと東雲さんは彼にアピールできる可愛らしい服を着てくるだろうし。
南条さんは、その評判に違わない可愛いファッションをしてくる筈。
相対的に見れば私が一番地味で印象が薄くなるに違いないわね。
だけど、それでいいのよ。
私は、むしろ東雲さんの恋の応援をする立場に立って彼女と仲良くなればいい。
……南条さんはよく分からないな。
だって違うクラスだもの。
話のキッカケは『どうして私を誘ってくれたの?』辺り。
うんうん。悪くないわ。
「……D・バンク。私も登録した方がいいかな? 彼女達の共通の話題だし、そもそも今回のお出掛けの目的だし」
正直、前の学校でもアプリ登録を誘われた事がある。
でも、いくら有益とはいえ、個人情報の登録に躊躇していた。
なんとなく誘ってきた子も、あんまり好きになれない感じで、そのまま放置。
転校した先でも同じアプリの話題に当たったせいか、何だかこのアプリに追いかけられているみたいにも感じた。
もちろん、ただの被害妄想だけれど。
「まぁ、いっか」
必要なら後で登録すればいい。
私は、そう思って後回しにした。
「お母さん。友達と出掛けてくるね」
「ええ、恵。いつ帰ってくるの?」
「そんなに遅くならないよ。夕飯には、たぶん帰ってくるから」
「そう。友達と一緒に居るなら夕飯ぐらいは食べてきていいのよ? 今夜の料理は置いておけるものにするし。でも遅くなるならちゃんと連絡してね」
「……うーん。分かった」
あの4人のメンバーでそんなに遅くになる事あるかな?
東雲さんと中津くんを2人きりにしてあげたり?
そうなると私は噂の有名人と2人きりで過ごすのよね。
南条キサラ。彼女とも仲良くなれるかしら?
「じゃあ、いってくるね、お母さん」
「いってらっしゃい、恵」
私は、お母さんの顔を見て手を振った。
何の事はない、日常の一時。
それは、きっとかけがえのなく、大切なモノだった。
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