第15話 『疑心』 東雲藍

「なんで、なんで……アキト」


 ずっと幼馴染として一緒に過ごしてきた中津アキト。

 彼が、物言わぬ躯となって死んでいる姿を見た。


「藍ちゃん……」


 南条さんが傍に居て私を慰めてくれる。


(アキト、アキト……)


 彼が好きだった。少しは意識されている事ぐらい分かっていた。

 でも、アキトは南条さんに憧れていたり、そういう気持ちがある事も知っていた。


 恋人になれるか、なれないかも分からない、そんな関係の幼馴染。



「ひどい……。アキトくん。良い人だったのに」

「…………」


 良い人。そんな言葉で。そんなモノだけでアキトは現わされて終わりなのだろうか。

 アキトのご両親、おじさんやおばさんに私はなんて伝えればいいの?


 まともな死体でさえない。

 死に顔さえ……。だってアキトの身体は、顔は、焼け焦げていて。


「こんな風に殺された・・・・なんて、ひどい……」

「ころ、された……」


 南条さんが、その言葉を私に囁いた。


「そうよ。アキトくんは殺されたの。これは事故死なんかじゃない。ここで、意図的・・・に殺されたのよ」

「え、意図的、に?」

「……藍ちゃん。聞いて? 貴方にしか言えない」

「な、なに」


 南条さんは他の人を……西川さんや、大学生の2人を……警戒しながら私の耳元で囁いた。


 女同士なのに、ドキリとしてしまいそうな距離や仕草で。


「私達が、この『出口』の扉と『迷宮』の扉を見つけた時。

 ……恵ちゃんは。西川恵は、頑なに『迷宮』の方の扉を開けようとしていたよね?

 まるで、ここにあの恐ろしい怪物が居る事を知っていた・・・・・みたいに・・・・


「!?」


 待って。それは、でも。そんな事。


「思い出して。『出口』と『迷宮』の扉の二択で、恵ちゃんは『迷宮』を選んだ。どころが『出口』からは遠ざかろうとしたんだよ? もっと言えば逃げ道・・・を確保してた。

 ……あれがなければ、私達3人共、アキトくんと同じように死んでたかもしれないわ」


「……そう、だね。西川さんが『迷宮』の扉を開くように言っていたから」


「うん。でも、それっておかしいと思わない? だって『出口』なんだよ? ここの扉に書かれていたのは」

「…………」

「こんな場所に閉じ込められて。それで『出口』から出たがらない? そんな人、普通じゃないよ」

「それ、は」

「……藍ちゃん。恵ちゃんは、きっと知っていたんだよ。この事を。ここに怪物が言る事を。だから彼女は、先に『迷宮』の扉を開いていたの。そして……藍ちゃんと、アキトくんを……怪物の居る部屋に送った」


 ……そう、なの?

 そんな事、出来るの?

 ……でも、だけど。


「よく考えて。藍ちゃんは、……恵ちゃんに殺されかかったんだよ? アキトくんが藍ちゃんを守ってくれたから助かっただけ。……その代わりに、アキトくんは殺されてしまったわ。恵ちゃんの罠に嵌って」


「……そんなの。でも、西川さんが、なんで?」


「恵ちゃんは、こんな事件が起きる、たった一週間前に転校してきたんだよ? そして事件に巻き込まれた。……そんな偶然あると思う? それに、もっと怪しい部分はある」

「な、なに?」


冷静過ぎる・・・・・の」

「え?」



「藍ちゃんや私みたいに、この状況に翻弄されるばかりならおかしくないよ? でも。

 ……恵ちゃんは、こんな状況だって言うのに、大学生の男の人達と堂々と話し合ってる。

 おかしいと思わない? 私だったら、私……まだあの人達のこと、怖いもの。


 藍ちゃんだってそうだよね? だって見知らぬ大学生の男達だよ?

 まだ子供の私達と違って、大人の男の人達。……私達、女子高生じゃ怖いのが当たり前だよ。


 何より、こんな状況なんだよ? それでなんで、あんなに堂々していられるの?

 冷静過ぎるし、何より、賢過ぎる。西川恵は普通じゃない」



「…………」


 ──たしかに・・・・。たしかに南条さんの言う通りだ。


 こんな事に巻き込まれる、たった一週間前に転校してきた、女子高生。


 それも私の学校じゃ、一番の美少女って言える南条キサラと同じぐらいに、美人。


 地方の学校に居る事さえも場違いな美少女、西川恵。


 ……アキトが、彼女が近寄っただけで鼻の下を伸ばしていた事も知っていた。

 あれ程の美人なら、男なんていくらでも騙し放題だろう……。



「あのね。まったく根拠がない、とかじゃないの。こんな状況じゃ話せなかったんだけど」

「なに……?」

「実は、私が恵ちゃんを誘うならいいよ、って言ったの。あれ、恵ちゃんから言われてたからなんだ」

「え?」


 私は、そこで初めて南条さんに顔を向けた。


「……ごめんね、黙ってて」

「それはいいの。でも、え? 西川さんから言われてたって?」

「うん。実はね。【D・バンク】のイベント、藍ちゃんに誘われる前から知ってたんだ。私にも運営からメッセージが来てたの」

「そう、なの?」


「うん。……それでね? 細かい文章は忘れちゃったけど、私、なんだか恵ちゃんに誘導されるようなアドバイスを受けてたの。『もしも、このイベントに参加するなら、貴方の身近な人に、こういう人が……』みたいに。

 それは、いくつかアンケートに答えて、それにちょっと占いの要素なんかあったりして……。


 今、思えば私、あれって誘導されていたんだと思う。

 運営の望み通りになるように。……藍ちゃんも似たような感じじゃなかった。



「……分からない。でも、そうだったかも」


「きっと、そうだよ! 今は混乱してるし、手元にデータが残ってないから確かめられないだけ。

 藍ちゃんも誘導されてたんだ。貴方と、そしてアキトくんが一緒にこの場所に来るように。

 そして私を誘うように。

 それだけじゃなく、さも私の方から恵ちゃんを誘ったように見せかけようとした」


「……違うの?」



「違うよ。私、藍ちゃんに誘われる前に恵ちゃんに声を掛けてたの。

 最初は断られたんだ。その時ね。こう言われたの。


あの二人・・・・を誘い出せたら、良いんだけど』って」


 ────。


 ……あの、二人?



「私、最初は何の事か分からなかった。でも【D・バンク】の誘導に乗ってしまってて、どうしても恵ちゃんを誘いたくなってたの……。それで最後にこう言われたわ。

『誰かが貴方を誘ってきたら、貴方から私が来るならいいよと言って』って。

 ……こうなる事、藍ちゃんやアキトくんが殺されたり、殺されそうになった事。


 全部、恵ちゃんの、西川恵の計画の内だったんだよ。

 ……何より、アキトくんが」



「アキト、が?」



「……彼、最期の瞬間。ずっと、こっちを睨んでた。普通は助けを求めるよね?

 でも、彼、睨んでたの。恨みがましそうに。

 私の方を睨んでるようにも見えたけど、位置が微妙にズレてた。


 ……彼、西川恵を、最期に見ていたんだよ。自分が殺される事に気付いて。

 もしかしたら……アキトくんが死に逝く様を見えて、西川恵は、笑っていたかもしれない。


 だから。中津アキトくんは……恵ちゃんを見ながら、死んでいったんだよ。

 憎しみを込めながら、恨みを込めながら。

 ……きっと、赦せなかったんだよね……。殺されるなんて、赦せなかった。

 だから殺してやる・・・・・って思いながら……死んでいったんだよ……。


 すぐ目の前に藍ちゃんが居たのに、見向きも・・・・しないで・・・・

 恵ちゃんの事だけ見ながら死んでいったの……」



「────」


 その言葉を聞いて。


 私の中の何かが壊れた。今すぐ叫び出したいぐらいの、衝動が湧きおこる。



「西川、……恵……」


 涙がこぼれて、頬を伝った。


 でも、いつものようにわんわんと声を上げならの涙じゃない。


 壊れて、中から血が溢れ出るような、涙。



「……アキトくん、きっとこのままじゃ、無念だよね……こんなの。こんな風に殺される事なんて、なかったのに。

 彼だって好きな人と、一緒になって、結婚とかしたりして、子供を作ったりして。

 そんな風に誰かと生きられる未来が……あったかもしれないのに。

 ……もう彼には、そんな事さえ叶わないなんて。


 赦せないよね。憎いよね。だって、こんなにも恨めしい顔をして、死んでいるんだもの」



「アキ、ト」


 恨めしい顔をして死んでいるのか。

 私には分からない。だって焼け焦げているから。


 人が幸せに生きてするような死に方を、アキトはしなかった。


 殺された。


 誰に? 誰に。誰に、誰に、誰に、誰に!!


「…………西川、恵ぃ……」


 私の中で、あの女に対する憎悪が燃え上がったのだった。

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