第30話 黒砂病
「だめですね。」
『……。』
きっぱりと、はっきりと
『…何がダメだ。』
黒朗は無表情に尋ねた。
「だめです。あの方は絶対に返しません。あの方はもう、うちの家族なのです!」
「ちょっ、どうしたの、言ってることおかしいよ隊長?!」
コレウセは、黒朗の隣から叫んだ。
「あの鳥は、クローのだろ?!」
黒朗の白い小鳥を奪っていったダフネ隊長の家に着き、出てきた隊長は、だが、家には入れようとせず、扉の前で小鳥を返さないと言い張った。
『…家族?』
黒朗は、眉根を寄せた。
「そうです!私たちの大切な家族なのです!」
「隊長?!」
『…そうなのか?』
黒朗は、視線をダフネの足元に向けた。
ギイィ…
大きく開いた扉、ぽとりと白い小鳥が立っていた。
空色の目が、グルリと黒く回ったようにコレウセには見えた。
「ハッ!」
コレウセは、地面の上に倒れていた。
横を見れば、ルウスが荒い息を吐きながら、膝をつきうずくまっている。
「アアアアア!!」
ダフネの家の奥から、男の叫び声が上がった。
ルウスが、家の中に入っていく。
コレウセは、身体がひどく重かったが、懸命にそれに続く。
「どうして、うそだ、うそだ!マアリ!マアリッ!!」
物や引き裂かれた布が床に散らばり、真っぷたつに壊れた寝台。
寝台の前にうずくまるダフネ。
(マアリさん?)
ダフネの隣で笑っていた、あの優しい女性の姿をコレウセは探す。
黒い髪と緑色の目をした人。
「…
ルウスの声がポツリと響いた。
壊れた寝台の上からこぼれ落ちる黒砂を、ダフネは握りこみ泣き叫んでいた。
黒砂病にかかった人間は、皆同じ最期をたどる。
死体さえ残らない。
家族に遺されるのは、たった一掴みの黒砂。
「マアリさんは、もういない…。」
「いつか このむらをでるの~」
人通りもまばらな、街の外れ。
茶色の髪をゆらゆらと揺らめかせ、歩く黒朗の左手には青紫色の花が3本握られている。
頭の帽子の上には白い小鳥が、たふりと乗っている。
横を、彼の背丈の半分くらいしかない子供たちが、歌いながら通り過ぎる。
男の子の後ろを小さな女の子が続く。
ふたりとも、黄色と白色の花束を腕いっぱいに抱えていた。
こぼれた緑の葉っぱが土道にパラパラと落ちていく。
「こころわきたつの すてきなまちがあるのよ すてきなこいもきっとあるわ」
赤い火花が、風にのって消えた。
笑う声、子供たちは手をつないで駆けていく。
黒朗の腕の中に、黄色と白と青紫色の花束。
黒朗は、ちらりと花束を見て、目の前に見えてきた色とりどりの花が咲く草原を見る。
『……。』
『これはまた…。』
白い小鳥は、つぶやいた。
黒朗は白い長衣を脱いだ。
半分だけ。
はだけた上半身は、真っ白。
その肌が白から黒へ、髪が茶色から黒へと変わる。
黄色に赤色が滲む目を細めた黒朗は、口をあけ、息を吸い込んだ。
草原から黒いものが霧のように吹き出し、
ざわざわと、黒朗の
黒朗は、片腕の中の花束に唇を寄せる。
花束から溢れ出てきた黒いものも、吸いとった。
黒朗は、ごくりと喉を鳴らした。
『……。』
ダフネという男の家で喰ったモノと同じだった。
黒朗がダフネの家を訪れた時、
白い小鳥の怒りの気配に人間たちは昏倒した。
『…何を怒っているんだ。』
小鳥は家の奥へ、ト、ト、ト、トッと向かった。
『…どこへ行くんだ。』
『……。』
奥の部屋から、激しい物音がした。
進んだところにあった日当たりのよい部屋に、泣く女がいた。
女は、涙を浮かべた目で黒朗を見た。
乱れた寝台の上に座る女の白い肌は、黒い岩のような肌にみるみる侵食されていく。
涙の流れる頬をおおい、緑色の目が、冷たい黒色に変わっていく。
女は、頭を押さえた。
細い身体が、ざわざわと蠢き、肉が膨れ上がり、黒い獣のようになっていく。
巨体に耐えきれず、木製の寝台は音をたてて壊れた。
黒朗は、女の首を掴んだ。
白い小鳥が、女の肩に飛び乗る。
黒朗は女の黒い首に噛みついた。
蠢いていた黒いソレは動きを止める。
恐ろしいモノの牙に動きを止める。
震えて、
ぞろぞろと動き出す。
女の身体を侵すのをやめて、
(こちらに来い)
破滅を招く恐ろしいモノの元に向かった。
灼熱の腹の底へ。
「……ネ…、」
ダフネの耳に、聞きなれた愛しい音が聞こえた。
「…だッ、…ッ、…ネ」
ダフネは、うずくまっていた身を起こした。
「マアリ?!」
コレウセとルウスもあたりを見回す。
「ダフ……」
虹色の光沢を放つ白布。
こぼれる白い腕と、黒髪。
「アアアアアア!!」
ダフネは、天井に張り巡らされた白布に包まれた妻を見つけた。
「マアリイイ!!」
彼女は、何も身につけてはいなかった。
身体に広がっていた黒く硬い皮膚はなくなり、元通りの柔らかな白い肌へ、灰色に変わっていた髪も、艶やかな黒髪に戻っていた。
ダフネは白布ごとマアリを抱きしめる。
マアリも、ダフネの身体にそっと両腕を巻き付けた。
『……。』
『なんだ。』
黒朗の視線に、白い小鳥は群青色の目を細めた。
小鳥が頭にかぶっていたフワフワの帽子が一回り小さくなっている。
小鳥は帽子から数本の糸を抜き取り、大きな虹色の布を作ったからだ。
黒朗が処置をし、黒化が止まった人間の女。
人間の女をソレに包むと、変貌で裂傷した身体がみるみる癒され、ところどころ残る黒硬化した皮膚が、黒い砂となってパラパラと床に落ちた。
『…さっきはなぜ怒っていたんだ?』
黒朗は、草原を歩きながら、草の上を飛び移る白い小鳥に声をかける。
黒朗は、黒いあれをあらかた食べた後、きちんと服を着込み、髪も茶色、肌もきちんと白くした。
『キサマには関係ない。忌々しいその口、引きちぎってやろうか?』
小鳥は黒朗をぎろりと睨み付けた。
『…オマエがあの人間たちを昏倒させたワケを知らないのは厄介だ。また何かするかもしれない。』
『厄介極まるキサマに言われたくはない!』
『…オレもオマエに言われたくない。』
『何だと?!』
『…すぐに怒り喧嘩を売る、オマエの大喰らいのせいで、金もなくなったじゃないか。』
『うるさいッ!!金がどうした!クソバケモノのくせに、何故人間のルールに従う。欲しいものがあれば奪いつくせばいい。』
『………。』
黒朗がフンッという感じであっちを向いて、小鳥は目をすがめた。
黒朗は、横を見た。
黒い獣たちがいた。
ぞろぞろと、獣たちは、黒朗たちについて歩いている。
街に入る前に、黒朗を襲ってきた魔物たちだった。
黒朗と獣の間を、街を守る結界が隔てる。
人面の黒い獣たちは、感情の見えない大きな黒目で黒朗をじっと見ながら歩いている。
『…ああ、そうか。』
黒朗は、変貌した人間の女を思い出した。
その人間の家に落ちていた青紫色の花、
黄色と、白の花束と
広い草原。
そのどれもに潜んでいた、
『…オマエたちは、人間だったんだな。』
黒い、
蠢く呪いがソコにあった。
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