第4話 うさぎ竜
「うぅ~!」
鼻をつまみながら、
「おい、そいつよこせよ!オレが背負うから!」
藪の中、気を失った比呂を背負い、前を歩く灰色の小鬼に声をかけた。
『…アオヤギは体力がない。オレが背負って歩いたほうが早い。』
振り向かずにそう言った
「化け物と人間を比べんな!オレだって吐いたもんにまみれたそいつを抱えたくねーよ。けど、そいつが起きてオマエに背負われてるって気付いたらどーなるんだ?!見ただけで気絶しやがったんだ、今度は発作でも起こして死ぬんじゃないか?…ったく、そんなんでよく一緒に暮らせてるよな。」
『…いつもは、…逃げられるだけなんだ。』
黒朗は無表情だったが、声は力無く空気は重い。
そんな黒朗を青柳は鼻で笑う。
「…オマエさ~、人間と暮らしたいとか無茶するんなら、姿変えればいいじゃねーか。化け物たちは、よく使う手だ。…まあ、敏感なヤツとかには意味がないけどよ。」
青柳は後ろを振り返り、木の上からこちらを窺う2匹の猿を見る。
猿たちは、黒朗が恐くて比呂に近寄れないが、比呂が心配らしく距離を置いてついてきていた。
ものすごく怯えて震えている。
青柳に喧嘩を売ってきた生意気さは欠片もない。
「…そうだな、せめて角隠して、肌の色を変えて、人間に化けるんだよ。普通の、平凡なヤツだぜ?あ!間違っても美人にはなるなよ。」
黒朗は首を傾げる。
青柳は身振り手振りをつけてしゃべり始めた。
「例えば、オマエが美少年とかなってみろ?幼女からババアまで子種くれ~って追いかけまわされるんだ!朝から晩まで、飯時も、
黒朗は首を傾げた。
『…人は、外見じゃない、中身が大事だとオレは聞いたし、それは間違ってないと思うのだが。』
「確かにな!中身は大事だ!…って、そうじゃねーよ!今大事なのはそこじゃねーから!ちゃんと話聞いてたか?!外見の話なんだからな!」
青柳は顔をひきつらせ、そしてハッと気付いた。
「……つーか、オマエ、それが理由で、そのまんま鬼の姿でウロウロしてるんじゃないだろうな?!オマエは「鬼」だから!人間じゃないからな!論外だ!さっさと化けろ、ボケ!鬼に付き合うオレへの迷惑も考えろ!ホントのとこ、結構キツイからな、村のヤツらの視線!死ね、言ってるからな、アレ。心労で、オレの寝る時間も増えたんだからな!」
『…いや、違うんだ。オレは変化は使えない。』
「…ハァ~?まじかよ~、じゃあ、せめて
『…カツラ?』
「…あと肌の色だよな、病人でもその灰色肌はないだろ。身体中に染め粉を塗るとかな。」
『…面倒だ。』
「うるせーよ、そもそもオマエの存在が面倒くさいんだよ。だから面倒くさいのは当然だ!諦めろ!」
『……アオヤギは、すごいな…簡単に隠せてる。』
「…あ?」
ふいに視界が開けた。
森の中に美しい青の泉が広がっていた。
陽の光を浴びた水面が輝いている。
「ここは…」
(どこだ?)
見たことのない場所に、青柳は辺りを見回した。
(へんなとこ歩いてんなーって、思ってたけどさー)
周辺の山のことならば、村の爺婆並みに詳しくなっているだろう自信があった青柳も知らない場所だった。
『…
「はぁ?」
黒朗は草を踏みしめ、青い泉の中に入ると比呂を背中から下ろした。
そして、両手で比呂の胴体を掴み、頭から水の中に突っ込んだ。
そのままじゃぶじゃぶと大根が相手のように一生懸命洗っている。
とりあえず、青柳は黒朗の頭におもいっきり鞘付き刀を降り下ろした。
カンッと、金属音が響く。
黒朗の肌は岩のように固く、ビリビリ痺れる手を横目に青柳は怒鳴った。
「人間は魚じゃねぇッ!ボケッ!!」
『…ハッ!』
黒朗は慌てて比呂の頭を水から出して、岸まで引き上げる。
ずぶ濡れの比呂は、紙のように白い顔に青い唇だった。
だが、比呂の身体が淡く金色に輝きはじめた。
みるみる頬に赤みが差していく。
「お~?!」
『…よっ、良かった。』
「すげぇな…この泉…!三泉神社の御神体って…初めて見た。もう泉は枯れてなくなってるのかと思ってたが…人間には見つけられないってヤツか?」
『…ああ、隠されている。
「オマエがここに来た頃じゃねーか。」
『…この泉を探してオレはこの村に来た。』
黒朗は、泉を見つめる。
「何だ?オマエも病気なのか?けど、神さんの泉だろ?鬼にはむしろ毒になるんじゃねぇの?」
『………』
【毒は、その鬼だ!】
甲高い音とともに言葉が叩きつけられた。
泉の真ん中が渦巻きはじめ、何かが、浮かび上がってきた。
「うさ、ぎ?!」
泉から現れたのは、小さな白いものだった。
ふわふわの白い身体に、赤い目をしたものは空中に浮かび、小さな口をあけて
【うさぎではない!】
【我は、この泉の主。三泉神社の竜神。】
【
シャーッと威嚇するそれは、二頭身の生き物だった。
大きめの頭には丸い赤い目、馬のような耳に二本の小さな
身体はふわふわとした白い毛で覆われていた。
白い毛の下から鉤爪の生えた小さな手足と、蛇のような尾が見える。
(ああ、本当だ。よく見りゃ竜だ。小っせーけど。)
竜神は、怒っていた。
【オイ、鬼!なんでここにいる!貴様は毒だから、二度と我が住処にくるなと言ったはずだ!毎日毎日風呂がわりにしおって!貴様のせいで泉が汚れて、我は掃除が大変なのだ!!】
竜は黒朗を小さな手で指差し、捲し立てる。
『…すまない。』
黒朗はペコリと謝った。
【だまされんぞ!!貴様はいつもそう言って、次の日平然とやってくるだろうがぁ!!】
『…人間の子供が倒れてしまって、この泉なら治してくれると思ったんだ。』
黒朗の視線の先にいる比呂を見つけ、竜はふわふわと近づく。
【むっ、神主のところにいる子供か…こやつなら、まぁ、良い。】
『…ありがとう、白雲。』
【貴様は、とっとと出ていけェい!!】
鬼に突っかかる小さな竜。
何だか、色々二者間で問題が勃発してる。
(たまに家から出たら、こうだよ。面倒くさすぎだろ…)
青柳は、ため息をつくと、泉に浸かったままの比呂を岸に引き上げた。秋の初めにさしかかる時期、神泉とはいえ、濡れたままでは身体に悪いだろう。
青柳は比呂の着物を脱がし、自分の上衣を脱いで着せた。
その胸には白いサラシが厚く巻かれている。
『…隠さなくていいのか?』
黒朗は不思議そうに、青柳を見ていた。
その後ろで、竜神もふわふわ浮いてこちらを見ていた。
「別にそんなに隠すことでもねーし。一人で暮らしてくのに、 女だと、うぜぇことが多い。男に穴~狙われるだろ?強姦されたり、売られたりするかもしれねぇ。だから、隠してるだけだ。ここは神域で、今いるのは、神さんに、鬼に、気絶した子供だけだ、問題ねーよ。」
うっすらと笑う青柳の周りを、竜神がふわふわと飛び回る。
ひくひくと鼻を動かし、近づいたり遠ざかったりと興味深気に見つめ、頷いた。
【…ふむ、胸もないし、見かけは、男にしか見えない。見事だな。人間には絶対にばれないぞ。まあ、我にはバレバレだがな!】
「……。」
『…オレは、動物の雌雄は気配でなんとなくわかるが…初めてアオヤギに会った時は、外見は雄にしか見えないのに、気配が雌で、とても不思議だった。…初めて病気というものになってしまったかと慌てたものだ。オレもアオヤギのように出来ればいいのだがな。』
「……。」
感心したような竜神と鬼に、青柳はただただ沈黙した。
(胸しか、隠してねーんだ。胸しかッ…!)
視界がにじむのは、気のせいだ。
そう心で言い聞かせる少女を慰めるのは、夕暮れ時のそよ風だけだった。
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