第5話 同棲…?
「よう~、こっちだ、こっち!」
闇夜の中、熊のような神主が提灯を片手に佇んでいる。
声はいつも通りだが、少し不安そうな表情をして
「え~っと…神主様…」
「神さんから聞いてるよ。世話かけたな!」
「いや、別にいいですけど…」
御告げのようなものがあったのだろうか、青柳は顔を歪めた。
(あのウサギ野郎、まさか…)
あれから比呂は夜になっても目覚めなかった。竜神によると、すぐに目覚めるものなのだそうだ。比呂の回りをふわふわしていた竜神はくるりと
【鬼!神主の家から出ていけ。この子に、キサマは毒なのだ!】
『……そうか、それなら』
【そうだな、今宵から…コイツの家に住めばよい!!】
ビシッと青柳のほうに指先を向けて言い放ったのだ。
神主は青柳の背から比呂をヒョイッと取り上げ片腕に抱えた。
「じゃ!くれぐれも喧嘩とかするなよ。二人とも仲良くするんだぞ!」
『……。』
「ちょッ、神主様、オレ…」
「頼んだぞ!青柳!」
「ッ、おう!………って」
うええ~ッ、と青柳はうめき声を上げながら、膝から崩れ落ち、灰色の小鬼は家に帰る神主を見送った。
「だからって、何でオレの家に住むことになるんだよ!?か弱い女の子のいる家にだぜ!?鬼を!?喰われろってか、エサになれってか、ありえねーだろ!!ふざけんなー!!」
『…オレはアオヤギなんか喰わない。』
黒朗は、竈の前で火を起こしながら言った。
青柳の住む小屋に着いた黒朗は、青柳の取ってきた
とりあえず、怒れる家主の腹を満たすのが、一番だと黒朗の勘が言っている。
人間は腹が減ると怒りだす、腹が満たされれば眠る。
眠れば静かだ。
「なんかッ、てッ?…オマエ…何してんの?
まさかッ、オマエ料理なんて作れたりしてんの?」
『…作れる。』
「……。」
机代わりにした大きな丸太の上に、鈴梨と鹿肉の炒めもの、ふかした小芋、青菜のおひたしと並んでいる。
青柳と黒朗は小さめの丸太を椅子にして向かい合って座っていた。
青柳は、おそるおそる料理を口にした。
「…何で、ガラの葉をおひたしにしてんの?鎮静薬に使うよな、これ。つーか、これ食べて大丈夫なの?」
苦味はなく、さわやかな甘味が少しする。
『…青柳が興奮していたから。少量なら問題ない。以前食べた人間は廁かわやからしばらく出てこなかった。大量に食べると腹を下すらしい。…失敗だった。』
「オマエ何してんの。」
『…その夜は大事な用があると、前日から浮かれていたから、オレは落ち着かせようと思ったんだ。』
「へ~?」
青柳は口いっばいに頬張ってモグモグしている。
『…普段は、身なりを気にしないのに、風呂に入ったり、髪を結ったり、ひげを剃ったり、歌を歌ったり、踊ったり…異常だった。』
「……は~、女か~、それ、その夜ダメになったってことだろ?鬼だなオマエ。かわいそうだなぁ、その男~、ハハハッ」
『…神主だ。』
「…神主様か。」
30代後半の神主が、嫁さんを絶賛募集中なのは村中誰でも知っている。
『…殴られた。』
「…エェ!!?オマエ、固いじゃん…」
『…神主がさらに泣いた。』
「ぶはッ!あははッ!」
夕飯の後、青柳は布団の山から薄い布をとると、それを抱え小屋の梁の上まで登った。
『…アオヤギ?』
「オレはこっちで寝る。オマエはそこらで寝ればいいんじゃねーか。」
青柳は、そのままゴロリと横になった。
真夜中、黄色い目が闇の中で瞬く。
黒朗は、寝床の中で
屋根の梁の上で寝ると言った青柳の寝息は、聞こえない。
『……。』
青柳の気配を探すと、森の奥にいるようだった。
鬼といるよりも、外の獣のほうがましなのだろうと黒朗は考えた。
神主の家の気配を探り、二人とも眠っているのがわかる。
『……。』
比呂の怯えた目を思い出した。
(仕方がない。)
黒朗は目を閉じた。
(オレは鬼だ。)
早朝、物音に、黒朗が小屋の扉を開けてみると、青柳が戸口の前で倒れていた。
地面に突っ伏す黒い頭がもぞりと動き、青い目が億劫そうに黒朗を見上げた。
「オレは、寝る…。お、こ、すな、よ…」
そう言って、青柳はそのまま寝てしまった。
その身体は土や草で汚れて、汗だくで、傷もあった。
『……。』
黒朗は青柳をヒョイッと横抱きにすると、小屋の中へと運んだ。
青柳の着物や身体に付いた草や土をそっと払い、黒朗は、自分の使っていた布団に寝かせる。
小屋の隅に置いていた薬箱を持って、青柳の側に座る。
(傷口に、しみない薬…。)
いくつかある傷薬の中には、致命傷さえ一瞬で治すが、のたうち回って泡を吹く薬もあるから気をつけなくてはいけない。
黒朗は、傷のある青柳の腕をとった。
『?』
傷口が蠢いていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、傷はふさがっていく。
『………。』
他にある青柳の傷を見てみると、すべて同じようなことが起こっていた。
『………。』
黄色い目が、細まる。
(良かった。)
灰色の小鬼は、一人頷いた。
(オマエは、簡単に死ぬことはないな。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます