第3話青色の怠け者と猿

村の裏山は、頭山あたまやまという。


昔、悪い竜が神様との喧嘩に負けて、いじけてふて寝してたら山になってしまいました、という由来のある山の頭部分にあたる。


そんな昔話を聞いて、青柳あおやぎは、自分の住む小屋がそんな山にあるのは縁っていうか、自分にぴったりの場所じゃね?と思ったりした。

青柳も、常々引きこもって寝ているからだ。

例外で、村長命令があった時や、食糧が無くなった時だけは外に出るのだ。


今日は、その珍しい外出日。



(あ~、鈴梨すずなしが食べ頃だよな。ついでに採っていこう。)


麻袋を入れた籠を背負い、刀を腰に下げ、青柳は小屋を出た。




鈴梨は、黄色く丸い手の平くらいの大きさの果実だ。房になって木になるのだが、初秋に食べ頃となる。

鈴梨のなる木は陽当たりの良い場所にあり、頭山の頂上にもあるが、村人たちが取りに来ているだろう。

青柳は、頭山を越えてもう1つ先の肩山かたやまにある木の方に行くことにした。

道すがら、鳥や兎といった動物を石を投げつけ仕留めると、背中の籠に入れて進んでいく。

肩山の鈴梨の木は、幸いなことにたくさん実をつけていた。

高さ10メートルほどの木々が、葉の緑と実の黄色が、風にさわさわ揺れている。


が、そこには先客がいた。



(猿…と、ん?あれ?比呂ひろじゃねぇか?)


数匹の猿が実をかじっているのに混じるように、わら色の髪の少年が木の上にいたのだ。


(猿と家族みたいに違和感ないな、アイツ。)


髪の色合いも似ているが、猿と遊び回っているのだ。楽しそうに笑っている。


(人間相手じゃ、いつもおどおどしてんのに。)


村人に会う時も、神主の影に隠れるようにしている。青柳も例外ではない。


(それに、アイツのオレを見る目…)



「ま、どうでもいいけどな!」



青柳は、ずかずかと比呂と猿たちが遊ぶ場所に踏み込み、一本の鈴梨の木に登った。


「お~!美味そう~!」


大きな黄色い房から実をもぎ取り、頬張る。

爽やかな甘みの瑞々しい果実が身体中にしみわたる。


「うぇはあ~!」


ひたすら青柳は食べ続けた。手も顔も果汁まみれだ。

ここ2、3日干肉や家の回りに生えてる草だけで過ごしていたため、美味いものに飢えていたのだ。

そんな青柳の様子を伺っていた猿たち。


一匹が青柳に実を投げつけた。


青柳はそれを片手でなんなく受け止める。


「…シャクシャクシャクシャク。」


そしてもう片方の手にある実を食べ続けながら、受け止めたものを持っていた麻袋に入れた。

青柳は猿たちをジロリとみて、馬鹿にするように笑う。


猿たちは、ぶちギレた。


甲高い鳴き声をあげながら、青柳に果実を投げつけ始めた。


「えッ?ちょっと、ダメだよ、何してんの?」


比呂はおろおろとしながら、猿たちを止めようとしている。


「ギャイ!!」


猿が青柳を指差しながら鳴いた。


「え?アイツが気に喰わない?」

「ギャン!」


他の猿も青柳に向かって鳴く。


「こっちが先にいた?挨拶もない、生意気だ?」

「おい!鳴き声と文句の長さがちげーだろ、比呂!文句あんなら堂々と言え、クソ野郎がッ!」

「ヒッ!」


比呂は木の幹に隠れる。


「ちっ、違うよ、僕は…」


青柳は猿の豪速球を受け止めながら、比呂を睨む。


「…この弱虫野郎!」

「グヒャ!!」


比呂の顔面に青柳の投げた果実が命中する。


「~~~!!」


果実で汚れた顔を歪め、比呂は身体を縮こませる。


「僕、僕、だって…」

「おおっ?泣くか?泣くのか?ブヒャヒャヒャ」


半泣きの比呂を嘲笑う青柳の笑い声は、途切れた。

猿たちが投げつけるのを止め、飛びかかってきたのだ。


「チッ!」

「ギャン!!」

「なッ!?」


青柳は、鞘に入ったままの刀で猿たちを打ち、木の下に叩き落としていく。

比呂や猿にはその太刀筋が全く見えなかった。

叩き落とされた猿たちは、悲鳴をあげながら森の中に逃げていく。

ひらりと地面に降りた青柳は、まだ逃げようとせず、吼える猿に冷たい目を向け刀を向ける。


「やめて!!!」


木から飛び降りた比呂が、転がるように青柳と猿の間に入る。


「殺さないで!!」


必死に叫びながら、猿を抱きしめる。

青柳は口をへの字にまげる。


「別にオレは」

「やめて…!」

「つーか、」

「やめて…!」

「おい、比呂」

「いやだ、いやだ、怖い、怖いいやだ、いやだ、気持ち悪いいやだ、いやだ、来ないで!何で何でそんな怖いの、なんで、怖い、怖い、青柳怖い、怖い!!」

「…おい…?」


尋常ではない怯えように、青柳は戸惑う。

猿は青柳に牙を剥き、比呂の身体を抱きしめる。


「嘘つき、僕は、見えるんだ、見えるんだから、青柳は嘘つきだ。真っ黒なの出してた!僕のおとうさん、おかあさん…」



(殺した)


(暗い色をまとった人間が、僕の大事な人たちを殺した)


(刀で殺した)


(血が出て)


(動かなくなって)



「うぐッ…!」

「うおおおいッ!?」

「ギャ?」



(怖い)



比呂が吐き始め、青柳は仰天した。


「大丈夫か?!」

「ギャイ!ギャ!」



その時、藪の中から、がさりと何かが現れた。



「ヒッ!!」



灰色の小鬼の黄色い目が、震える比呂を見つめる。



(怖い)




闇が、そこにいた。



人殺しよりも、深い、深い、黒を持つ者。



比呂が今、一番恐ろしい者。



「ええッ?!」



比呂は気絶した。


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