第2話 小鬼の同居人

木々が囲う丘の上、茅葺き屋根の家が立っていた。

煙が一筋、家から青い空へと上がっていく。




灰色の小鬼は、グツグツと煮える鍋の中をお玉でかき混ぜた。

汁をすくい、ずずっ、とすする。


『……。』


無表情に塩を足し、さらにかき混ぜる。

黒朗くろうが料理していたのは、黄鹿鍋きじかなべだ。庭の畑で育てたかぶと黄鹿肉を味噌で煮込んだ。

灰色の手が鍋の取っ手を持ち上げ、居間へと持っていく。



『…ヒロ。』

「!」


居間の隅で縄を編んでいた小さな子供が、ビクリと身体を震わせた。

わら色のボサボサ頭に、細い一重まぶたが特徴的な痩せた少年だ。淡い緑色の上着と茶色の膝丈の股引きを身につけている。


『…夕飯できた。』


近づいてくる黒朗に、比呂は目を見開き、扉を開けて外にすっ飛んで行ってしまった。


『…………。』


黒朗はしばらく固まっていたが、鍋を囲炉裏の五徳に置くと、皿や箸を準備し始めた。




「やれやれ、疲れたやぁ~!」


大きな声をあげながら家に入ってきたのは、熊のような男だ。黒髪を頭の後ろで無造作にくくり、ひげもモサモサ、日に焼けた肌、みなぎる筋肉に灰色作衣を身につけている。


「あれ?比呂のヤツは、また逃げたのか?」

『…仕方ない。』

「仕方なくもないだろう。は~、男のくせに家に鬼がいるぐらい何てことね~だろ~。」

『…いや、比呂は人として正しい。神主がおかしいのだ。』

「え~」


そう、この熊のような男は、黒朗という鬼を世話している神社の神主である。名は、白泉びゃくせん境次けいじという。

比呂は、黒朗と同じく神社に世話になっている子供だ。神社の雑用などをしている。


「うちの三泉さんせん神社は、祀る神様が、悪たれ竜だからな~。機嫌悪いと半端ないし。お前みたいな小さな鬼、なんか…トカゲなんか…わからんヤツでも気にしね~よ。」

『……トカゲ……』

「あ~、とりあえず喰おうぜ、腹減って仕方ね~」


鍋からどんどん、白泉は自分の器に盛っていく。ずずっと口にかきこみ、吹き出した。


「ちょっ、にが!?あ?すげが入ってるじゃね~か?!何で入れた!」


ぷかぷか浮かぶ丸い黒いものに顔をひきつらせる。


『…神主は、常日頃落ち着きがないからな、薬として鎮静の効果がある菅は、いいのではないかと思い、入れてみた。』


黒朗は無表情に、胸を張る。


「~とりあえず、菅は入れるな。苦くてまずくなるから!」

『……まずいか。』


黒朗は無表情に、肩を落とした。



黒朗は人間ではない、鬼だ。

人間とはあらゆることが異なる。

人間のような味覚や触覚がわからない。

だから、「おいしい」も、「まずい」もわからない。

黒朗がいつも扱う人間用の薬に必要なのは薬効だ。

それは学べばいいのだが、料理は味が重要で、それがわからない彼にはとても難しい。


「まあまあ、落ち込んでんじゃね~よ。そのうち上手く出来るようになるさ。慣れよ、慣れ。薬だって、お前、何年もかけて覚えたんだろ?今じゃ、お前の薬は仙人様の薬って域じゃね~か。」

『…仙人に教えてもらったことはあるから。』

「そ~なのッ?!…って、ホントお前はよくわからん鬼だな。とりあえず、ここにいる間は俺たちが食ってやるから。」


白泉は、黒朗の一本角の生えた頭を大きな手でぐりぐり撫でた。







「…え、何ですかこれは、神主様。」


青柳あおやぎは、渡された小ぶりの壺に首をかしげる。


「いや~作りすぎちゃって。お裾分けだ!

味は…ンンッ…だけど、身体にはいいと思うぜ!今回は冷え性にいいらしいんだよ。寒くなってきたからな。引きこもりのお前が心配でよ~。ハッハッハ~。」


じゃあな~!!と言いながら去っていく白泉。

その後ろで、チラチラとこちらを振り返る比呂。

そのすまなそうな目はなんなんだ。


(…食べられるものなら、別に…)


青柳は、食べ物は無駄にしない主義なのだ。


(それに、食料探すのもめんどくさいしな…)


引きこもりにとって、お裾分けはありがたいのである。


貰った壺を開けてみる。


「…………。」


赤紫色のどろどろした液体に浸かっている小魚たちがいた。

死んだ虚ろな目をした小魚が、ぷかぷかと血の池に浮かんでいるかのようだった。


「…………。」


青柳は、小魚をつまんで口の中に放り込んでみた。


「ぬグ」


(人の食いもんじゃあねエエエーー!!)


青柳の顔は、赤くなり黒くなる。

汗も吹き出した。


(けどッ、食えないわけでもないッ?!なんてこったッッ!!誰が作りやがった?!こんな天変地異みたいなもんをオオオーーー?!)


「~~~~くそオ~~~!!」



引きこもりにとって、お裾分けは大変ありがたいのである。


青柳は肩を落としながら、壺を抱えて家の中へと戻った。







ちなみに、次の日の青柳の身体は、すこぶる快調であった。


「なんでだ?!」




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