第36話 出口は、そこにある
(不快だ)
一面に広がる黒いけむり
(何が)
魔物の群れと
(何かが)
逃げ惑う人間たち
(穢らわしい)
崩れた石造りの建物
(知っている)
欠片
(どこかで)
あれは、欠片だ。
金色の
血に濡れた青年の身体は、黒紫色の泥人形のような巨人の手に握り潰されそうになっていた。
青年を掴む巨人の腕が、切り飛ばされた。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
「ЩРб!!авСоФ!жтотсЮШ!!」
青年が、首を斬ろうとする紅羽に叫び声を上げていた。
紅羽は刀を止めた。
赤い狼は、炎のしっぽで魔物の攻撃をはね除けながら、青年の声に耳をそばだてる。
血で汚れた青年の顔が悲痛に歪んでいた。
「авСоФ!жтотсЮШ!!ΘФСΛΗΗ…!!」
紅羽は眉間にシワを寄せ、狼は片眉を上げた。
視界の端で、切り落とした巨人の腕が、
黒いけむりを上げながら小さくなっていく。
黒紫色の泥々としたその腕が、細くて白い、
赤い血にまみれた人間の腕になった。
それを見た青年の目から、涙が溢れ、こぼれ落ちた。むせび泣く青年の側に、紅羽たちを風にのって追っていた
「殺さないで、ですってよ。人間が化け物に変わってしまったそうで…。」
「見ればわかる。原因はなんだ。」
「えーっと?」
春風は、青年の顔を覗きこんだ。
春風は、普段恥ずかしがりのだんまり主人に代わり、その言葉を代行して伝えている。
風を読む春風にとって、人を読むのもそう難しいことではない。
ので、異国の言葉くらいどうってことなく、
だって、音がでるだけマシである。
「…わからない?みたいですねぇ。けど、若、きっとこれです。」
春風は、人差し指に、
風に入り交じる「黒」。
「そこらにある、この黒いけむり。こいつが…」
春風の人差し指に、熱と痛みが走り、黒く変色する。
「ッ!!」
春風は周りに風を巡らせ、黒いけむりを排除した。
黒かった指は、元の指へと戻っていく。
(まずいなぁー、こりゃ。何の力もない普通の人間じゃあひとたまりもない。)
「жтотсЮШ!!ΘФСΛΗΗ…!!」
異国の青年が、春風の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「ちょ、やめ、聞こえないよ!聞こえなーい!こいつら全部元に戻すとか!聞こえないよ!おじさんの力じゃちょっと無理なのー!!」
春風の風は、自分と異国の青年を守ることで精一杯だった。
その風は、黒い侵食を弾き拒む。
けれど、気を抜けば、一瞬で侵される。
(強すぎる…!)
「
幾つもの火が、魔物たちを襲い、その巨体に鎖のように絡みつき捕らえた。
叫ぶ魔物を抱き締めた火は丸くなり、鋼色の丸い鉄籠となって、石床にコロコロ転がる。
鉄籠の中では、小さくなった魔物が蠢いている。
あたりで暴れていた20頭ほどの魔物の半数が、籠の中に囚われた。
「若…!!」
紅羽の火を弾き飛ばした魔物たちの赤い目が、術師の紅羽に集中した。
捕らえきれなかった魔物たちは、捕らえていた
『『『コロス』』』
紅羽の身体から刀へと火が走る。
燃え上がる赤い炎刀
「若!」
「殺しはしない。」
猫のような巨人の口元がぐぬぬと伸びて、ぱかりと開く。
人間の頭ほどある牙の並ぶ口が紅羽と春風の目前に迫った。
遠吠えが響きわたる。
動きを止めた空間に、白い炎が燃え上がる。
魔物たちは炎に包まれ、その身体はぼろぼろと崩れていく。
崩れ消える魔物の中には、人間へと姿を変えていく者がいた。
白い炎を揺らめかせた狼が、紅羽を見やる。
〈オレを頼れ。〉
「だが……。」
〈オレは、おまえの相棒だ。遠慮をするんじゃない。〉
紅羽は頷く。
白い炎が消えると、魔物たちや、あたりを埋め尽くしていた黒いけむりは消えていた。
変わりに、異国の人間たちがいた。
傷だらけで立ちつくす者、倒れている者。
春風は息を吐き、あたりを見回す。
「ところで、ここはドコなんですかね、急に放り出されたところに、化け物とか何…」
音が消えた。
闇が広がる。
足元には、白砂が流れる。
白砂の中を、
銀色が枝葉のように張り巡っていく。
「ΛСΗΗΗΗΗШΗ!!!」
砂に囚われた異国人たちの身体が、
銀に彩られていく。
『まだいた』
春風の側で泣いていた青年の腕に、
トッ、トッ、と飛び乗るのは、灰色の小鳥。
憎悪をたらりとたらした、闇色の目。
牙の生えた嘴をぱかりと開く。
『まだいたぞおおおおオオオオオオ!!!』
吼えた。
「「「?!」」」
小鳥がのった青年の身体を、
銀の切っ先が包み始める。
『金色がいる…。ワタシの子供を殺した、
ワタシの大切な、愛しい宝を殺した、
金色がーーー!!』
(?!!金色…?!)
800年前、小鳥の愛した人間たちを皆殺しにしたのは、金髪、金目の一族だった。
だから小鳥は、金色を持つ人間を、片端から殺していった。
鬼となった人間と共に。
金色の人間を、国を、土地を、その毒で消し去ってきたのだ。
けれど、小鳥が恐ろしい表情で威嚇する青年の髪も、目も金色には遠い。
赤茶色だ。
あたりにいる人間の誰も、金色など持ってはいない。
黒に、茶色に、赤に…
「ちょっと、ちょっと、何イカれてんだよ!!金色のヤツなんてどこにもいねえぞ!!
春風は、怒り狂ったように囀ずる小鳥に叫ぶ。
『………あ?』
小鳥の首がくるりと一周回り、春風を振り返った。
『コロスゾ、クソタヌキイイイ!!』
悪鬼羅刹のような顔で、小鳥は叫ぶ。
『トリゾウだとオオオオオオオオオオ?!!』
白砂の大波が春風を飲み込む。
春風は、風で砂を散らす。
「いやいや、そこ?!アンタの名前知らねーし!」
『キサマに名乗る名などないわアアアア!!』
「めんどくせーな?!」
紅羽の側にやって来て、狐仙人は、ふぅむと呟く。
「狂ったかと思ったけど、違うみたい。」
「……。」
『消してやる…!!すべて、欠片も残さず!!』
震えて、ブクブクと膨れ出した小鳥。
灰色の身体から、おぞましい銀色が見えた。
それは、見覚えのあるモノだった。
(まずい!!毒ッ!!)
焦る春風。
「オイ、豚。」
『ブッ?!』
目の前に現れた赤髪の青年に、小鳥は膨れた身体を跳ねさせた。
紅羽は、朱色の本を小鳥の前に突き出した。
『!』
小鳥の動きが止まる。
「若!危ないですよ!若ッ!」
『……。』
本を食い入るように見ている。
見ている。
動かなくなった小鳥に、春風は紅羽と小鳥を交互に見やる。
紅羽は、次の頁をめくった。
小鳥の姿が消えた。
「若!!」
紅羽の首から、赤い血が一筋流れる。
「大丈夫ですか?!」
「よくかわせましたねぇ。首に穴が空くかと思いましたが…。」
「なッ、何だって?!」
(あんのクソ鳥……!!)
どこだ、と見渡す、と、
小鳥は、紅羽の足元にいた。
小鳥は、朱色の本を眺めていた。
嘴で、かさりと紙をめくる。
春風は、眉根を寄せた。
そろそろと、小鳥の背後に忍び寄り、覗きこむ。
「…
紅羽が、小鳥に火を放った。
火が小鳥を本ごと包み込んだが、小鳥は抵抗しなかった。
鋼色の鳥籠に、小鳥は拘束される。
朱色の本と一緒だ。
小鳥は元の灰色の姿に戻り、もふりと座って、本を眺めている。
白から赤色に戻った狼は、ふいと火を吹いた。
それは、赤い布に変わり、鳥籠をふさりと包み込む。
「何ですか、あれ。」
本の中身を見れなかった春風は、紅羽に尋ねた。
「………。」
「何の本ですか、あれ。」
「…………………知らん。」
「荒ぶる邪神を鎮めたもんを知らんはないでしょうッ!!」
「………。」
「だんまりッ!!いいですよ、いいです!読み取って差し上げましょう!アンタの隠し事!」
「ッ!」
「ちょっと!」
狐仙人は、紅羽と春風の頭を扇で叩いた。
「いないんだけど。」
「は?」
「?」
「ヤツがいないんだよッ!!」
どうしよう、どうしよう、とガタガタ震え出す狐仙人。
紅羽と春風と狼は、周りを見渡した。
((( ……。)))
閉口する。
((( 一番まずいのが野放しにッ!!)))
灰色の鬼が、どこにもいない。
籠のなか、小鳥は足元にある本を見つめる。
見つめるのは、赤ん坊。
絵に描かれた、赤ん坊。
紙に、墨。
黒と白とで、見事に描いていた。
動きだしそうなほどだ。
笑い声が聞こえてくるのではないか?
小鳥は目を細める。
赤ん坊の側にいる己と同じように、目を細める。
人間や、鬼や、トカゲや、蛇や、狼もいるのは、気に食わない。
気に食わないが、赤ん坊が笑っているので、
許してやる。
灰色の鬼は、苔むした石床に立っていた。
黄色い目が、寝そべる白髪の美しい青年を見つめる。
長くのびた白い髪、白い肌がまとう、赤玉石の数珠飾り。
じゃらじゃらと音をたてる。
そこは先ほど
闇の中、小窓から差す月明かりだけが、彼らを照らす。
『…アルシャン。』
黒朗は、口を開いた。
『外へ行かないのか?』
指が一点をさす。
『出口は、そこにある。』
あざやかな星空の黄緑色と、満月色の視線が重なる。
「あいつの声しか、聞きたくねーんだ。」
アルシャンは、にひひ、と笑った。
「だってよ、おれを空から落っことしたのは、アイツだ。」
ある日聞こえた、あの歌ーーー。
「だから」
晴れた空のような笑顔で笑う。
「あいつが死ねって言うなら死ぬよ。」
闇の中、灰色の鬼は、黄色の目を細める。
『……そうか。』
黒朗は、笑うアルシャンを眺めた。
牢の小さな窓から射し込む月明かり、
その、照らしきれない暗闇を眺めた。
闇は、沈む。
深く、
深くと、
流れ落ちて、
混じる
地底に潜み生きている、
彼らの、
糧となる。
出口は、開かれた。
彼らを、300年ぶりの地上へと導く。
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