第22話 つまらない
『……。』
快晴の青空を遮り、その枝葉たちは、行き場を求めて虹色の障壁の中を動き回る。
光届かぬ真っ暗な空間に、小鬼と赤い狼と水色の蛇が、閉じ込められた。
大樹の根が、枝が、もうすぐ三体のいる空間を埋め尽くすだろう。
水色の蛇が、口から、ふうっと、白煙を噴き出した。
それは、暴れる大樹を、ひやりと凍りつかせる。
【ううっ……!!】
だが、すぐに凍りついた枝を砕き、新たな枝が暴れ出る。
【本来の力があれば…】
萎れる水色の蛇。
赤い狼の身体が、むくむくと大きくなる。
天井にむかって吼えた。
炎の柱が赤い狼から上がり、大樹の壁を焼き払う。
のぞく青空。
『…また』
黒朗は、みるみるその青穴をおおう、銀色の枝葉に、黄色い目を細める。
『…すごい。』
黒朗は、あたりを見回した。
一点を見つめると、走り出す。
メキメキと覆いつくしていく、その枝と根を避け、時に手にまとう黒陽炎で消しながら、小鬼は、壁のごとしの大樹の幹、その根元に、手を突っ込んだ。
大樹が震え、叫ぶ。
『『『やめろ』』』
小鬼の手が、腕が、灰色から黒へ変わっていく。
『『『はなせ』』』
その手が、銀色の丸いものを掴む。
『『『はなせ』』』
『…だまれ』
黒朗は、半分黒い顔で、赤い目で嗤う。
黒朗の手にあるものは、ぐにぐにと動き…
〈それは…!〉
【バカな…ッ!】
鳥となって、黒朗の前に落ちた。
目を閉じた小鳥。
その身体は銀色、翼からこぼれる輝きは、神性を放っていた。
〈
赤い狼が、驚愕の声を上げた。
〈鬼の中に捕らわれていた…の、か?!〉
【ちがう、ヤツのあの目を見ろ!】
銀の鳥、その開かれた目は、真っ黒な眼窩。
奥底に闇が溢れる。
【堕ちたのさ!】
『邪魔をするな、クズども。』
小鳥は、低い声でささやいた。
『ワタシの大切なこが嘆いていた。』
『憎き敵を殺したいと嘆いていた。』
『力を貸して、何がおかしい。』
〈キサマッ!!!〉
『ワタシの愛するこどもたちを殺したのだ。』
『当然の報い』
キヒヒヒと、銀の翼を震わせ、嘴を鳴らして笑う。
『これは、正義だ。』
がしり
銀の小鳥を、黒い手が掴んだ。
『な、なにを、ハッ アッ ハアァアガアアガアアアア――――!!!』
黒朗の手によって、銀の鳥の身体が砂のように崩れ始める。
苦しみ震える銀の鳥から、白光と黒光がほとばしった。
それは、黒朗を射し、赤い狼と水色の蛇を射す。
聖なる白光は、魔を祓う。
不浄の黒光は、神を呪う。
銀の鳥は、相反する力を有した神魔であった。
赤い狼の脚が、水色の蛇の鱗が灰色に染まり始める。
『つまらないんだ。』
黒鬼は、わらう。
『オマエが子に、与えたものが、つまらない。』
赤い両目に、怒りをのせて。
銀髪の老人が、組んだ両手を額にあて椅子に座っている。
震えるその手、落ちる水滴。
ポタポタと、
流れ落ちる―――
老人の前には、虹色の玉。
どうか
どうか
お願いです
私を
殺してください
あなたなら、できるはず
多くの人を
殺した
殺してしまった
死にたい
のに
死ねない
誰も私を殺せない
あなたにすがるしかないのだ
あなたなら
あなたならば
きっと
私を殺してくれる
お願いだ
救い主よ―――――――
『気にくわない』
『生きているのに…』
『死んでいる』
黒朗がふれてもいないのに。
黒朗が心惹かれたのは、そんなモノではない。
生まれた場所にはなかった、黒朗以外の動くモノ。
知らなかった鮮やかな色、音、感触…
黒朗が触れると消えてしまう、
そんな儚いモノだけれど。
いつか自分が、
必ず壊してしまうモノだけれど。
けれど、
鬼が、心奪われた
『もっと、美しい』
銀の鳥は、目を見開き、声なき叫びを上げる。
失われていくのがわかった。
力が、
己が、
存在が、
世界から失われていく。
『ワタシは…』
銀の鳥は、白銀と黒銀の光の粒となって消えた。
銀色の大樹も、
虹色の障壁も、
霞のように消えた。
荒れた地に残ったのは、
灰色の不浄に蝕まれた赤い狼と、
水色の蛇と、
片腕の銀髪の鬼、
そして、黒鬼。
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