第10話 鬼封じ

燃えた



黒髪と青い目の人間の子



消えた



緑の草に

白い花



すべて



すべて



塵と消える



決まりごと























ビキリ







灰色の小鬼の腕に、赤いヒビが入る。

熱く赤い赤いヒビ。























巨大な白竜が、怒り叫んでいる。





【キサマは嘘をついた!!傷つけないと約束したのに!!】





光輝く雷光が、何本も、小鬼に降り注ぐ。















落とされた泉の中、青柳は、泉の力で治癒されていく自分の身体を見る。

黒い炭の棒が、肌色の腕と、足になる。



(行かなきゃ)



自分の怒りが、いや、恐れが化け物を刺激してしまった。



(オレのせい、だ…)



水面に顔を出した青柳の肌に熱風が当たる。

風にあおられる木々と、生き物のように動く黒雲に覆われた空、黒く焼けた大地。

白金の渦が、宙に浮かぶ。

バチバチと弾ける雷の塊。

大きな白竜が、その塊を巨体で包みこんでいた。



【許さない…!絶対に許さない!!】





塊の隙間から、小さな手が見える。



(……あれは)





黒い手。





(真っ黒だ。)



手が、雷光を掴んだ。



「!!?」



引き伸ばされた光の隙間から、

炎のように爛々と輝く、血のように赤い目が覗く。

黒い鬼がそこにいた。

優し気な微笑みを浮かべて、雷の塊を引きちぎる。

竜の怒りの咆哮が響く。



あたりは熱いのに、

青柳の身体は、震え出す。

黒鬼が発する気が、大きすぎた。

今まで出会ったものたちの、誰よりも。



「…うるせぇ…!」



歯の根が合わない。

恐怖が、止まらない。



(あれは、ダメ、だ)



(無、理、だ)



(オレには、けど、オレが、)























「石の神シャミールよ、あなたのお言葉を頂戴したい」





低い男の声がした。

キラキラと輝く球体がいくつも大地から浮かび上がり、白竜の鼻面を掴んでいた黒鬼を包み込む。

それは巨大な虹色の球体になり、固い岩になる。

岩の中、黒鬼は動きを止めて、徐々に灰色の小鬼へ姿を変えていく。







老人が立っていた。



白銀の髪と空色の目をした褐色の肌の痩せた老人だった。

裸体だった。



「ううッ?!何だッ、てめぇ!?」

「おや、小童コワッパ。私がわからないか?」



そういうと笑いながら、手をヒラヒラと振る。

褐色の手に、黒い爪。



「!!?」



それは、動物たちや青柳を襲った異形の心臓にあった手と同じ。













【オイ!!これをどけろ!我はこの鬼を消す!!邪魔をするな!!】







白竜が、小鬼を包みこむ岩に爪を、牙を立て、怒りの声を上げる。

大地に雷を振り散らす。

その光が木々に燃え移り、

泉の水が渦巻き増え、黒く焼けた大地を侵していく。



「お怒りを鎮めて下さい。偉大なる神竜よ。」



老人は、深々と頭を下げた。



【何故鎮める?!この怒りは、鎮めぬ!!この鬼は、我の大切なものを傷つけた!!!その身をもって、償うのが筋であろう!!!!!】



老人は、白竜を見上げた。



「貴方様が、荒ぶれば、もうこの地は生き物が住める場所ではなくなりましょう。貴方様が、大切に思うモノを、自らの手で壊してしまうなど、あってはならない。」



白竜と老人の視線が、交差する。



「どうかお願い致します。」









【……。】





空に渦巻いていた黒雲が、消えていく。

白竜は、するすると巨大な竜から、小さなうさぎのような竜に姿を変えた。



【…………。】



フワリ、フワリと宙に浮かび、くるりと青柳に首を向ける。





【さっさとコイツを持ち帰れーーー!!!!】

「ヘャ!?」



(何で、オレーーーー!!??)



うさぎをかぶった竜は、牙を甲高い音で噛み鳴らしながら、青柳の頭を、小さな手で掴み、小鬼の岩の側へ落とす。



「!!!」



小鬼は、すっかり元の灰色の肌に戻っていた。

目を閉じて、動く気配がない。

先程の怖れを思い出し、青柳は震える。



(…身体が、上手く、動かねェ……!)



その肩に、フワリと暖かいものが掛けられた。



【キサマ裸同然ではないか。我の宝、貸してやるぞ。】

「……………。」



橙色や、若葉色の長く大きな美しい布だった。

よく見ると布の両端には、ねじり紐が付いている。

白竜は、フワリと、もう一枚、鮮やかな赤い布を手にしていた。



「……宝?」

【?どうした、これはすごいのだぞ!美しい上に、包まれていると、幸せな気分になる。イライラした時は欠かせないのだ。】

「…しあわ、せ」



青柳は、がしりと両腕で、小鬼入りの岩に手をかけた。

そして、嬉しそうに布に頬擦りしている竜神に向かって投げ落とす。

大きな音を立て、岩は大地に突き刺さる。



「…青柳…。」



そっと駆け寄った比呂は、青柳に自分の上着を渡した。



「…比呂、無事だったんだな。」



子猿を肩に乗せた比呂に、青柳は、ホッと息をつく。



「うん、竜神様が、アイツから遠くにやってくれたから…」



大地が燃え始めた時、青柳と同じように尾で飛ばされたのだ。

幸い飛ばされたのは茂みの中で、小鬼の暴走に巻き込まれず、かすり傷程度ですんだ。



笑みを浮かべた青柳の顔が、泥のように歪んだ。



「今は言うな、神などいない!いないのだッ!!ああ、ヤツは雄か、雄だからな!!所詮、雄なんだよッ!!!」

「…何で女の人の下着持ってるのかな…奉納品?…」

「知るかッ!!変態だッ!!!」







白竜から渡された布を、放り投げる。







ヒラヒラと色鮮やかな布は、舞い浮かぶ。

青空の下、水に浸かった焼けた大地から、緑の草が顔を出す。





「これは、助かる。」





裸の老人は布をひとつ掴み、腰に巻きつけた。























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