第11話 異国の老人

突如地面から飛び出した虹色に輝く透明な球体が、藁葺き屋根の荒れた小屋を飲み込んだ。

それは、ぐいぐいと形を色を変え、白壁と赤い屋根の美しい家が現れる。



「何だ、これ…。」



青柳は、呆然と変わり果てた我が家を見上げる。

見上げるとは、どういうことだ、何だ?高すぎるぞ、高すぎないか?てっぺんが、周りの大木より高い?



「何てことしやがるジジイ…」

「いやいや、礼には及ばないぞ、小童こわっぱ。」

「迷惑だって言ってんだよ!何だよ、この気合いの入った家は!こんな小綺麗な家で安心して寝れるかッ!!」

「おかしなことを言うヤツだな…。」

「イヤ、だッ!!元に戻せッ!!クソがッ!!」







異形の手から生まれた老人ー「ラユシュ」と名乗った男は、青柳の住家である山小屋を見た後、また、あの小鬼を封じ込めた不思議な力を使った。

ラユシュは、握っていた左手を開き、その手の平にある抹茶色の守り袋を唸る青柳に差し出す。



「ほら、受け取れ小童。」



青柳は、顔を強張らせ動きを止める。

受け取ったその袋の中には、虹色の玉が入っていた。

親指ほどの幅があるその玉の中に、灰色の小鬼が一匹眠っている。



「~~~~~~イ~~ヤ~~だ~~!!」













異形の「手」であった老人は、小鬼を封じ込めた岩に潰された竜を、岩をフワリと浮かせて救出した。



「私は、名をラユシュと言いまして、南方にあるブラトゥ国の僧侶です。

いや、助かりました。悪魔に捕らわれてからの記憶が曖昧で、気がつけば、こんな有り様です。

化け物と化していた私を元の人間に戻してくださった。

偉大なる神竜よ、貴方には、感謝してもしきれません。」

【うむ、どうということではない。

ラユシュよ、もし行くところがないなら、我の村に住めばいいぞ。キサマのような、立派な坊主がいてくれれば、村の皆も助かるだろう。】

「ハァ?!何でそうなるんだよ!変態!!」



声を上げた青柳に、白竜は怒る。



【変態とはなんだ!!!!】

「はあ?!てめえが、宝言ってんのが、人間の女の し・た・ぎ なんだよッ!!」

【?!】


白竜は、目を見張った。


【なんと!!だから、あんなにいい匂いが…】

「……なに言っちゃってるのかな……人間的に、ダメなんだよ、知らねーわけねーよな、神様よお。」

【いやッ、違う、神主がくれたのだ!!我が拾ったのをな、持ってるのを見て、くれるようになったのだ!!】

「…あの…オッサン…!!」

「…神主様…。」



青柳と比呂の頭に、へらへら笑うおっさん神主の顔が頭に浮かぶ。





【だっ、大体、キサマこそ、何故ラユシュが村にいることに反対するのだ?あの鬼を封じ込め、この地の危機を救った恩人だぞ。それに、裸の年寄りを放り出すのか?!すぐくたばるぞ?】

「そいつは、さっきまでやりあった化け物だった。動物を食い散らかしてたヤツだ。本当に人間か?信用できねーよ。うさんくせぇ。」

「……。」



険しい顔の青柳に、比呂も頷く。



【ふぅむ、では、キサマが見張れ。】

「は?」

【不安なのだろ?見張れ。】

「何言って」

【もちろん、コヤツもな!】



白竜は、小鬼の岩を指差した。

老人は、その大岩を瞬く間に、小さな玉に変える。



「では、ご一緒しましょう、我が救い主殿。」



ラユシュは、手の平に乗せた玉に微笑みを浮かべた。

























青柳の肩を、女が掴み揺さぶる。

ふわりとした緑色にも見える黒髪と黒い目をした20代前半くらいの美しい女だ。



「いったい、どういうことかな?青柳ちゃん?」

「……オレにも、さっぱりわからないよ、何なんだろう、すごいね、村長!」



青柳はすっとぼけてみたが、村長の杜若かきつばたの揺さぶりは激しさを増した。

すごい笑顔で、激しく揺さぶられる。

村長の幼なじみ、もとい金魚の糞の大男、春重はるしげが、隣で凄い眉間にシワを寄せているからやめてほしい。

村長の腰位の太さの腕が、その手にある鎌で、青柳の首を刈り取りたいと訴えているじゃないか。



(め、めんどくせ~、女のオレ睨んでねぇで、さっさと嫁さんになってくれって言えばいいじゃねーか。)



青柳には、恋とかわからない。

好きなのに何も伝えない春重が、理解が出来ない。

そして、嫉妬を他人にぶつけるヤツは大嫌いだった。

勝手な感情を押しつけ、傷付けるヤツが大嫌いだった。





(くだらねぇ。)



青柳の馬鹿にしたような目を、春重が睨み付ける。



「聞いてるの!?青柳?!」

「あー、いや、本当にオレ知らないんだよ。本当だって。」



青柳は、空高く吹き出している噴水を見る。

山を下りて村に来てみれば、収穫が終わった畑の土地から、水が吹き出していたのだ。

山に近い場所に、大きな噴水が一つ。

小鬼の暴走の影響であるのは、明らかだった。



(本当の理由とか、言いたくても、言えねェ…。)



「村長!あっちいよ、これ!水じゃあねぇなぁ。」



噴水を見に来ていた村人が、声をあげる。



「え?どういうこと?!」

「ちょっと、村長?!苦しい~」



村長は青柳の襟首を掴み、引きずりながら、噴水へ向かう。



「おや、これは、温泉だな。」

「え、何それ。」



村人の人だかりに、ひょっこりと顔を出したのは、銀髪と褐色の肌をした老人だ。

空色の目を細め、ニコニコ笑う。



「身体を洗うのにいいぞ、温かくて気持ちいい。食べ物の調理も出来る。この野菜とか入れると、ほら。」

「「おお!!」」



さすが、ラユシュさんは物知りだなぁ、とわいわい騒ぐ村人たち。



「そして、あんたが連れてきた、あの、異国の方は、誰なの?」

「えっと、…………竜神がやっつけた化け物から出てきた。」

「化け物?!まさか、飲み込まれてたの?!」

「…………………うん…。」

「何て、お気の毒な…。」



(嘘は、言ってない…)



くいくいと、青柳の着物を引っ張る手。



「…比呂。」



すぐ横で比呂が、青柳を見上げていた。

その肩には、小猿のマルもいる。



「青柳、これあげるよ。」



比呂は、手に持った袋を青柳に押しつけた。

中には、赤い果物や、芋が入っていた。



「マルと一緒に採ったんだ。」

「ああ、ありがとう。」



比呂はコクリと頷き、駆けていく。









「…比呂が…、青柳、比呂の友達になってくれたの?」

「は?」



比呂の後ろ姿を、驚いたような顔で見ている村長に、青柳は考える。



(…トモダチ…?ああ、友達…。)



「んなわけねーだろ、そんなもん…う、ん?」



(前よりは、喋るようになったな。アイツ、オレ見ても怯えてないし、…喋ると友達なの、か?でも、小猿のほうが、アイツの友達みたいな感じ…)



青柳には、友達というものがいたことがない。



「村長は、オレの友達か?」

「え?」

「オレと村長は友達なのか?オレは、村の中では、村長と一番喋るよな。」

「……。」



首を傾げる青柳に、杜若は青柳を抱きしめた。



「!?」

「そうよ!大切な友達よ!」



そういった杜若は、とても嬉しそうに笑った。

隣で、春重の歯ぎしりが聞こえる。



「ちょっ、村長?…イテテッ、このクソ男!頭割れるッ!!掴むなッ!!」

「…離れろ、ガキ。殺すぞ。」

「あ?殺れるも…村長ッ!離れて!頼む!マジでッ!!」

「そういえば、黒朗は?一緒じゃないの?」



杜若の言葉に、青柳は動きを止める。



「…アイツは、寝てる。」

「具合でも悪いの?」

「……さぁな、鬼のことなんて、わかんねーよ。」



青柳は、首からぶら下げた抹茶色の守り袋を見た。

守り袋の中には、虹色の玉が入っている。



「青柳?」



杜若は、青柳の頭を撫でた。



「泣きたい?」

「?!」



青柳は、杜若の手を振り払った。



「泣いたって、意味がない!!弱いままじゃ意味がないんだッ!!」



辺りが静まりかえった。



「…ご、ごめん、村長。」



青柳は、村人の中にいたラユシュの腕を掴み、歩き出す。









(オレは、弱い!弱い!力も弱いし、心も弱い!!村長、何も悪くないッ!!)







「おい、小童。」





(オレ、村長、大事なのに、オレ、春重のクソ野郎よりも、最低だ!!傷付けた!!!)





「全く」





(クソ鬼だってそうだ!)



(オレが、)



(傷付けたんだ!!)



(アイツは、)







いつも静かに座って



満月のような目をして



村を見た



山を見た



空を見た



鳥を見た



人を見た



風を見た



太陽を見た



花を見た



瞳に慈しみをのせて





(オレは、アイツがどんだけやばいヤツか知らなかった!)



(でも、)



(どんなヤツか、知っていた!!!)



(アイツは、きっと)



(自分に)



(絶望した)





大切なものを自分で壊す。

それは…





「もう、誰もいないぞ。小童」







青柳は、いつも黒朗が座っていた木を見上げた。





「ウアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!」





赤ん坊のように、泣いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る