第12話 夢
目の前に広がるのは
火を噴き上げる黒い大地
赤く輝く火の川
低い男の声がする
朗々と
朗々と
窓から射し込む朝日の中、フワフワの白い枕を抱きしめながら、
低い声が、聞こえる。
(……夢……)
むくりと起き上がり、視界に入るものにため息をつく。
ピカピカに輝く木目のきれいな板張りの部屋に、フワフワの白い布団に赤い柄の掛け布団がのった台…と大きな
青柳は、寝台から枕だけひっつかんで、床で寝ていた。
ラユシュ老人が作った家は、青柳には異世界で、落ち着かない。部屋を出ると、階段がある。
降りていけば、やはりピカピカの板張りの居間と石造りの台所の部屋がある。
台所には、前掛けをして、銀色の長い髪を後ろに束ねたラユシュ老人がいた。
なんだかいいにおいと、湯気が立ち上る。
ラユシュ老人は、ぶつぶつと唱えるのをやめて、青柳を振り返る。
「起きたか、
「………。」
青柳は外に行き、井戸で水を汲み上げ顔を洗う。
家の外には、赤々とした丸い実や、細長い黄色の実をつけた植物が育つ畑がある。
畑の合間には、ひよこ連れの大きな鶏が、地面をつついている。
居間に戻ると、やはりピカピカの大きな机の上に、稲穂色のパンというものが、籠に敷いた紙の上に山盛りになっていて、蜂蜜の入った壺や、黄梨の砂糖煮、芋や肉の入った赤い汁物がのっていた。ラユシュ老人と向かい合って朝食をとる。
外はパリパリ、中はしっとりのパンをむしゃむしゃ頬張り、汁物の爽やかな酸味と香草の風味を味わう。糖蜜が少なすぎると青柳は思う。
「おい、君は、うまいとか、おいしいとか言えんのか?」
「…朝から変な呪文唱えるのやめろよ。こえーんだけど。」
「呪文?…ああ、神への感謝の祈り歌だ。私の村では朝、昼、晩と歌うのが、日課だ。糸を紬ぎながら、畑を耕しながら、踊りながら歌う。」
「?!あれが歌?!ぶはッ、下手くそだなッ!歌だってよ~?!」
「……何だって?」
「オ、オレだって、いいたかねーさッ!でも、てめえの歌のせいで気味悪い夢見るんだぜ?!」
「夢?」
「そーそー」
朝食の後は、黒朗の薬箱を背負い、パンの入った籠を持ち、外に出た。
神主の家に着くと、駆け寄ってきた
代わりに比呂から薬草の包みを受け取り、薬箱に入れる。
「青柳眠い?」
「当たり前だぜ。一日中寝てるのが、オレの
「ふーん。あ、これも持っていって。」
「だいたい、どうしてオレが、毎日アイツの代わりに薬運ばなきゃいけねぇんだよッ!」
「不思議だよね、身体が勝手に動くんでしょ?」
日中から、どこでもごろ寝している青柳だった。
だが、ある日から、青柳は気が付くと黒朗の薬箱を持って、大きな
呆然としていると、常連客の
絶対に、小鬼入りの呪われた石のせいだと、青柳は首に下げた守り袋の中を睨む。
小さな虹色の玉の中に、
黄色の目が見えないから、やっと眠っているのがわかるくらい小さい。
「…本当は起きてるのかな。」
「さーな、ヤツの呪いだな、ぶち殺す、オレののびのび暮らしをぶち壊しやがって」
「…もう、出てこない気なのかな。」
比呂は、しょんぼりとしていた。
「かもな!」
青柳は、比呂の頭を軽くはたく。
「いいじゃねーか、アイツの自由だ。」
太陽のように輝く、火の川に飛び込む
その中を魚のように泳いでいく
火は、ただただ、受け止めるだけ
「何で飛び込む?!!」
青柳は、汗だくで飛び起きた。
「やっべ、死んだ!また、死んだッ!」
また、溶岩の中に飛び込む夢だった。
おかしな夢は続いていて、黒い大地の夢ばかり。
時々、溶岩の中に飛び込んで泳ぎまくる。
(おかしい…、この、感じは…この頭にくる無茶苦茶な感じは…)
灰色の小鬼の無表情が浮かんだ。
青柳が、村のくそ野郎にぶちキレた時に、文字通り雲の彼方へぶん投げられた時の感じと同じ。
(ヤツだ!)
(これは、アイツの夢なのか?ずっと、アイツの夢を見てたのか?ずっと…)
大きな楠の木の下で、青柳は、村人に薬を売る。
小鬼がいた時は、三夜婆さんしか客が来なかったが、最近は、ちらほら人が買いにくるのだ。
「えっと、腹が痛い?変なもの食った?じゃあ、これ煎じて飲めばすぐ治るさ。あ~、金ないなら、食い物くれりゃ…」
「おい」
「…あ?」
青柳は、腹痛用の薬草の包みを、子供連れの女性に渡しながら、声をかけてきた男に目を向ける。
「金魚の糞に、何の用ですか?お客さ~ん。
…死ね、クソがッ」
「何だと!!てめえ!!」
「待てって!」
それは、以前、青柳にからんできた3人の若者のうちの2人だった。
ほっそりした男と、日に焼けた赤い肌の大男。
(今日は、
青柳だけではなく、村長を侮辱した中背の太め男がいなかった。
「いつも一緒にいるヤツいねーな。…ぶち殺す」
「…おまえ、もうちょっと、モノ考えて話したほうがいいと思うぞ。」
「てめえらは、死ねばいいと思うていうか、アイツ殺す。」
「……。」
「……。」
「…何だよ。」
黙りこんだ男たちに、青柳は眉を潜める。
「そういえば、あの子、最近見かけないねぇ。毎日、馬鹿してたのに。」
腹痛の薬を買った女性が、不思議そうに首を傾げる。
青柳は、嫌な予感がした。
この前、黒朗が吐いた赤い石を、山盛り飲ませたのを思い出したのだ。
「………………痩せた?」
「そうじゃないだろ?」
「………………別人?」
「本人だ!」
男2人に連れて来られたのは、中背の太め男、
出迎えてくれた仁矢の両親は、げっそりと痩せ細っていた。
他人なんかゴミとしか思ってない、嫌な似た者夫婦は、もっと太めだった。
「……どうぞォ……」
声に覇気がなさすぎる。
(一体何があったんだ。アイツはクソどーでもいいけど、あの、鬼野郎の吐いたモノを飲ませちまったからなー、化けモノになっちまったのか?)
青柳は、腰の刀に手をかけながら、ほっそりした男が扉を開くのを見た。
なんか、美しい人が、いた。
艶々とした黒髪、雪のように白い肌、赤い唇、赤い瞳。
絶世の…
「…女だ?」
「男なんだよッ!本人なんだって!村に帰ってから、急に苦しみだして、身体が熱い熱いって、全身真っ赤になって、三日三晩苦しんでさ。死んでしまうかと思ってたらよ。」
「4日目の朝、こうなった。」
「…こうなったじゃねーよ、どうしたら、あのずんぐり男が、たおやか美人になるんだよおかしいだろ。」
自分もあの赤い石を飲めば、絶世美女になれるのかと思っていると、
「あら、寝ぐそ野郎じゃない?どうしてアンタがここにいるのよ?さっさと出ていきなさいよ。」
(………………)
「え?」
青柳は、ほっそりした男……
「……。」
目をそらされる。
赤い肌の大男……
こくりと頷かれた。
「あら?アンタそれ、は、それ、は……!」
仁矢は、青柳に飛びかかり、着物の襟を暴くと、その胸にある虹色の玉を見つめ、
「ああッ、あるじ様ぁ~ん!!」
仁矢の色香溢れる叫びに、その場にいる男が失神した。
「…ええぇーーーーーー?」
「おそらく、男の部分を彼の力が消してしまったんだろうな。…しかし、奇跡としかいいようがない。彼の力の一部を食って、生きながらえるとは…しかも、この美しさ。」
「うふふ、ありがとー、素敵なおじさま。」
「うをっふぉふぉ」
ラユシュ老人の顎を撫でる仁矢。
小鬼入りの玉を離さず、「あるじ」とかいい募る仁矢を引き離せず、青柳は自分の家に連れて帰ったのだ。
あまりにも美女で、他の村人に見られて、変なことにならないように顔を隠させたが、それでもフラフラついてくる輩がいたので、青柳が背負って走り帰った。
くたくたである。
「…でも、そいつ、チンコ付いてるぜ。蹴ったらあったもん。」
急に胸をはだけさせられた青柳は、サラシを巻いていたとはいえ、一応女の子なので、女の子らしく、無礼な男に天罰を食らわしたのである。
「覚えときなさいッ、寝グソ野郎!」
涙目で睨む美女顔に、青柳はうんざりといった顔をして机に突っ伏した。
(面倒くせーことになったな…)
仁矢の両親が、あんなにやつれていた理由も何となくわかった。
突然、息子が女のようになってしまったのだ。
普通とかけはなれてしまった、異常になった子供をどうすればよいかわからないのだ。
普通を大義とするあの夫婦には。
(美女だし、いいじゃねーか)
(でも、泣いてたな…)
母親は泣いて、仁矢もそれを見て泣きそうになっていた。
虫の声がする。
あたりは闇夜。
(夜か)
いつの間に眠っていたのだろう。
(前は、眠れなかったのになぁ…)
青柳のまぶたは、閉じていく。
(変だな。)
(オレ、夜は眠れないのに…)
(オレは…)
(鬼だから…)
山奥にある美しい里は、炎にのまれていた。
崖の上から、それを眺めていた女は、
こちらを見ると、太陽のように笑った。
「とてもきれい。そう思わない?炎は、全部、消してくれる。」
「
「全部、消してくれる。」
「いかないで…」
「お前は、私の子じゃない!!!」
叫んだ女は、ひどく険しい顔をしていた。
「あんな男!!あの人を殺した!!ケダモノの!!私を無理矢理、犯したヤツの子供なんかッ!!嫌だ!!嫌だ!!嫌だぁぁアアア!!!」
あれは憎しみの顔、悲しみの顔、怒りの顔
男たちが現れ、女を追い立てる
女は崖の上から、笑い声をあげながら落ちていった
男たちの喝采
「…母様」
目から溢れる水は
ポタポタと
炎の中へと
消えていく
鬼の
出来上がり
(眠れないんだ…)
(鬼は…)
(闇夜に…)
(憎悪で笑う)
(オレは…)
(眠れない…)
ほんのりとあたたかいものが、頭を撫でる。
よしよし、と。
昔、母がしてくれた。
それだけで幸せだった。
涙を流して、歪む青柳の顔は、
穏やかな眠り顔になった。
青柳の枕元に、ちょこりと座る小さな影。
それは、窓から見える丸い月を眺めていた。
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