第29話 ざわざわ

むかーし、むかしな、


世界は、真っ白だった。


どこを向いてもまっしろけ、


何もないところ、


神様は、そこに、たったひとりだけ。


で、しょぼん、じゃ。






神様は、海をつくった。


水であったし、火でもあった、


七色に輝く燃える、でっかい海だ。


それは、真っ白な世界に満たされた。


神様は、海を愛した。


海から、たくさんの子供たちが生まれた。


海から飛び出した火花たちは、


天上に散らばり、


星に、月に、太陽になった。


のそりと這い出た大きなのは、島になった。


ぴちゃくちゃと叫びながら、海から出てきた小さなヤツラは兄弟島の背に乗っかって暮らすようになった。






世界に散らばった子供たち、






ざわざわ、




ざわざわ、






耳をすます。








神様はな、



さびしくなくなって、



にっこりと笑ったんだとさ。






ゾフタルキタ






銀色の翼と空色の目をもつ、


偉大なる神様だ。




わしらを慈しみ、見守ってくださっている、


親愛なる父、





愛するわしらの家族。













「隊長はさ、前はあんなんじゃ、いやそーでもないか。あんな感じでおかしいとこはあったんだけどさ、わりかしいい人なんだよ。街を魔物から守ってくれてるしさ。」

『…確かに』



コレウセ少年の言葉に、黒朗くろうはこくりと頷いた。



『…魔物を相手にできる力はあるだろう。あの逃げ足…。』

「失礼じゃね?」



白い小鳥の入った籠を手にした男、ダフネ隊長は、黒朗が止めようとした時には、遥か彼方に走り去っていた。



(あれくらいの素早さがなければ、あっという間に骨ごと喰われる。)



黒朗は、この街に入る前に遭遇した、黒い獣を思い浮かべた。

目的地に向かって走っていた黒朗の横に、音もなく並走したソイツは、黒朗の4倍くらいの大きさの、黒い牛のような生き物だった。

その背に、横腹には、ギザギザとたてがみのようなものが生えていた。

黒い肌に、ギョロリとした黒い目、開けた口から杭のように長い歯がびっしり生えている。

人間のような顔を張り付けたその獣のこめかみからは、天に向かって穿つような2本角が伸びる。

ソイツは、黒朗の腕に噛みついてきた。

だが、黒朗の腕も、服も傷一つ付かない。

黒朗はソイツの角を掴んで引き剥がすと、いつの間にか20体ほどに増えている人面獣の群れに向かって、弧を描くように投げ入れた。

それは的確に前方にいた獣を打ち倒し、後に続いていた者たちにたたらを踏ませた。

走り抜けたその先に広がった草原で、黒朗は何かに触れたと感じた。

空と大地にかけて走る美しい光の粒子。

それは、結界だった。

いつもならば、黒朗が自然に消滅させてしまう結界は消えず、黒朗を弾きもせずに受け入れた。



(虎の服のおかげか…?)



人面獣たちは、結界の中には入れずに、手前で立ち止まっていた。

進もうとしたモノは、弾かれていた。



(昔より、増えてるな。)



黒い木々が生い茂る森へ視線を向けた後、黒朗は草原の先に小さく見える街を目指す。

人面の獣たちは、結界の外側から、遠ざかる黒朗をずっと見ていた。







コレウセは、蔓籠に入れた陶器の重箱を両手に持ち歩いていた。ダフネ隊長の家に行くならと、母親が店の料理を重箱に詰め込んでコレウセに持たせたのだ。

コレウセの後ろをついていく黒朗は、人の頭ほどの大きさの芋、マルモを入れた籠を背中に背負っている。



「お!」



コレウセは、水色の馬の手綱を引いてたたずむ少年を見つけると手を振った。



「ルウス!」



コレウセの呼びかけに寄ってきたのは、灰色の髪の少年だった。

赤紫色の目を細め、コレウセに向かって微笑んだ。

コレウセは、左手の重箱を右手の重箱の上に乗せると、左手を握りしめ、ルウスの腹に叩き込んだ。

ルウスは、コレウセの拳をするりと身体の向きを変えて、脇にかわした。

そして、移動した先にあったコレウセのスネを蹴った。



「ッ!!てッ、なんてことしやがるッ」

「悪いのは君だ。」



体勢をくずしたコレウセの手から、ぐらつく重箱をルウスは一つ取り上げた。

歩きだすコレウセに、ルウスはついていく。

が、少し歩いたところで、振り返る。



「…タナベイが…」

「ほんとだ、いねー、クローもいねー、…あっ!」



茶髪で白服の少年は、少し離れたところに立っていた。水色の馬の手綱を持ちながら。



『……。』



水色の馬は涙を流して泣いていた。

身体をガクガクと震わせながら、懸命に黒朗が持つ手綱から逃げようと引っ張っている。

けれど、黒朗の手はぴくりとも動かない。



「…何したんだ?」



コレウセは、疑いの目で黒朗を見た。

黒朗は無表情に答えた。



『…何もしてない。逃げないようにしているだけだ。』

「そーだけど、ソイツいつもは逃げやしないよ。クローが怖がらせたんじゃねーの?」

『…何もしてない。』

「うそだろー。」



疑わしげな顔をするコレウセ。



「…どうもありがとう。」



ルウスは黒朗のそばにいくと、手に持つ手綱を受け取った。



『…残念だ。』

「え?」



黒朗のつぶやきに、ルウスは顔を強ばらせ、水色の馬を急いで黒朗から引き離した。



(新しい服のお陰で、力はよく押さえられているが、勘のいいモノにはわかってしまうようだ…。)



黒朗が恐るべきそんざいだということに。

目を細めて見つめてきた鬼に、主人に撫でられ落ち着き始めていた水色の馬は、身体を震わせた。



「ルウスは、いつものお祈りか?」



コレウセは、馬を撫でながら後ろを歩くルウスに声をかけた。

黒朗は、コレウセの前を歩かされている。

案内人の前を歩かされて、黒朗は、腑に落ちない。

行く先を黒朗が知るはずもないのだ。

まあ、小鳥のいるあたりはわかるので、そちらに向かっていれば問題はないだろう、とは思う。



「うん、父さんたちとね。」

「最近、回数が多いよな。」

「嫌な病気が流行り始めたからね…。」

黒砂くろすな病だろ…人間が黒い砂粒になっちゃうとかさ。わけわからねーし。…って!」



コレウセは、前方で何かにぶつかる。



「どうしたんだよー!急に立ち止まって。」



前を歩いていた黒朗が立ち止まっていた。



『………いや。』



黒朗は、歩き始めた。



(知らないうちに、誰か消してしまっただろうか?)



無表情の下で、考えを巡らせる黒朗。

力を押さえながら、元神の小鳥を保険として持ちながらの道中だったが、漏れ出た力の切れ端で消した可能性を否定できない。



「ところで、どこに向かってるの?」



灰色の髪を揺らして、ルウスは首を傾げる。



「あー、ダフネ隊長の家だよ。」



コレウセは、前を歩く黒朗の背を顎で示す。



「アイツ…クローってんだけど、アイツの飼ってる鳥を持っていっちゃったんだよ。」

「鳥?」

「それがおかしくてさ、神がいたー!って叫んでさ、持って走っていっちまいやがんの。だから、返してもらおうと思ってさ。」

「ダフネさんが…」



コレウセは、ハッ、とした。



「やべー、ホントにおかしくなってたら、どーしよ、ぎゃくじょーとかされても、隊長に敵わないぞオレ。殺されるだけだ。」

「そうだねぇ…。」











白い小鳥は、ふより、と目を開けた。



目の前に、人間の女の顔があった。

灰色の髪と緑色の目をした女は、薄く開けた目で白い小鳥を見つめている。

女の肌は、ところどころ、灰色や、黒に染まっており、黒い部分は甲羅のようだった。



(どこだ、ここは。)



寝床とした籠の中なのは、変わらない。

けれど、先ほどまでいた人間の屋台ではない。



「…ごめんね、私の夫が、あなたを連れてきちゃったの。…あなたが神様だって言ってるのよ。」



女は薄く微笑んだ。



「私の病を治そうと必死なの、ごめんね、連れてきちゃって。」



そう言うと女は、目を閉じた。



薄く開いた唇からもれる吐息は微かで、不規則だ。





ざわざわ、




ざわざわ、





女の中から聞こえる音、




ささやき、




『…うるさい。』




小鳥は、眉間にシワを寄せて、群青色の目を細めた。


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