第15話 黄金狂いの鬼

三泉さんせん神社を訪れた赤い狼は、黒い目を細めて話し始めた。







〈その日は、北の帝国から来た使者が、都の人間の王に会う日だった。

北の人間にありふれた、水色の髪と白い肌の異国の神官だ。

だが、警備のヤツが、そいつに切りかかったんだ。

泡吹いて奇声を上げてな。〉







ぼとりと落ちた使者の片腕。

血は流れなかった。

床に落ちたそれは、みるみる干からびていく。







『何でばれたんだろー』







使者の肩から、新しい腕がするりと生えた。

水色の髪と白い肌は、銀色の髪と褐色の肌へ。

白い服は、黒に染まり、人間の顔が、吐き気をもよおすほど美しいものへと変わっていく。

渦を巻く黒い角が二本、彼の頭に生えていた。







「キサマ、悪鬼のたぐいか…?!!」







殺気立つ周囲。微笑みを浮かべた使者は、長い銀色の髪をふわりと浮かせ、王のいる玉座へと優雅に歩いていく。

行かせまいと、玉座を守ろうとする人間たち。

戦いが始まるかと思いきや…







『あれー…ちがうー…』







それは立ち止まった。







『ねぇ…王の目は、金色だって聞いたんだけど…』





使者を睨み付ける、王の目は、灰色だ。





『子供の目が金色なの?それとも孫なの?



………………………金色は、どこにいる?』





笑みを消した使者が、恐ろしく強大な威圧を発する。

その場にいた人間は、がくりと膝をつく。

震える声で、老人が言った。

汗が滝のように流れ、床を濡らす。





「ここには、金色はおりません。あなたの敵はおりません。帰られよ、異国の方。」





それを聞くと、





『…そうか、いないのかー、良かったー、良かったー』





微笑みながら…











〈消えた。〉



ふぅ、と赤い狼はため息を吐いた。





【……。】





〈鬼は消えたが、切り落とされた腕が残った。

厳重に箱に封じて処分しようとしたところ、いつの間にか、箱から消えていた。

同時に、人間や動物が喰われるという事件が起きた。

手を見た、と。

…オレは、その始末に付き合っている、というわけだ。〉



【金色か…。たしか、西に、そういう髪や目の色を持つ人間がいたな。】



〈そんな人間は、もうどこにもいない。〉



【?】



〈800年前に、絶滅した。〉



【……。】



〈病で滅びたという話だが、禁忌を犯した呪いだという話もあった。…時々、金色を持つ者が生まれたが、村や国ごと滅びたからだ。…原因は、あの鬼かもしれない。〉



赤い狼は、小さな竜を見つめる。



〈もしも、あの鬼の手の行方を知っているなら、教えてくれ、白竜よ。〉



【……………知らぬ。】



























(…と言ってはみたが、あれは気づいているな。)



小さな白竜は、赤い狼が帰っていくのを見ながら、内心ため息をついた。



(ラユシュを殺す気か?それとも生け捕りにする気か?

…どちらにせよ、ラユシュを見捨てるわけにはいかない…。)



彼の生み出した虹色の結晶は、あの灰色の小鬼、黒朗くろうを、黒い鬼を封じこめている。



(アイツが、異国の鬼などよりも大問題だッ……!!)



本性をさらけだしたあの鬼が、再び外に出てきたら、自分がやりあうわけだが…



【あたり一帯焦土だぞッ!!】



空中で頭を抱え、ぐるぐると回りだした白雲しらくも

うんうん唸る小さなフワフワの白竜に気づいた神主は、その姿に、祭がそんなに楽しみなのかと驚く。



(いつもより、派手になりそうだしなぁ。)



神主は、にこにこと頷きながら、祭の準備を再開した。



















ラユシュ老人は、青柳あおやぎの家で楽器を引いていた。

見慣れない異国の楽器。

木の板に、弦が張られたそれを、指でかき鳴らして、歌っている。

周りには、村の子供たちがいた。

ラユシュの作ったお菓子を食べながら、聞いて、一緒に歌っていた。

その青柳の家の周りに、村人ではない者が、1人潜んでいた。

赤髪の旅人、紅羽くれはの連れ、黒髪の髭を生やした中年の男、春風はるかぜだ。

あくびをし、懐から焼き芋を取り出して、かじった。



(無害なじーさんっぽいが、こんな辺鄙な場所にいる異国人、怪しいだろ。紛れ込むなら、もうちょっと外見の色変えたらいいのによー。)



ラユシュ老人の肌は、褐色で、髪の色も銀色で、目の色も、空色で、あの異国の鬼と同じだ。



(…でも、鬼の気が感じられないのは、何故だ?)



主の紅羽も、ラユシュ老人が探している異国の鬼のソレだと断定した。人間的にアホウな主だが、戦関連では超人な彼のことは信頼できる。



(でも、なーんか、やる気でねぇんだよなー)











ラユシュ老人の奏でる音は、のびやかに、美しく、跳ねていく。





"青空の下



わたしは踊る



あなたを思って踊るよ



早く帰ってきて



ここにいるから"







「あなたって、だれー?」



1人の女の子が、老人にたずねる。



「そりゃあ、もちろん、好きな人さ。」

「好きな人ー」

「何で踊るのー?」

「えー?」



ラユシュ老人は、髭を撫でた。



「…他にすることがなかったんだろうね。」

「えー」

「踊ってるなんて変ー」

「待ってないで、会いにいけばいいんだよ。」

「きっと、どこに行ったかわからないんだよ。」



そーだ、あーだと子供たち。



「そうだね、どこに行ったかわからないんだろうねぇ…」





青空の下、広がる砂漠



美しい湖、色鮮やかな木々、動物



白い壁の家が並ぶ街



褐色の、生きていた人たち









"今はどこにいるの



誰も知らない



あなたの声がききたいよ



ひとりきり



さみしくて



わたしは今日も踊る"

























青柳は、困惑していた。

ずっと、あの赤髪の旅人が、付いてくるのだ。

黙って。

ふと、気がついた時には、後ろにいたのだ。



楠木くすのきの下で、薬売りしてる時も、



「何だてめェ?!…あ?何だよ…うおッ?!」

「……。」

「おーい!こっち!こっちの袋の薬だって!!持ってくヤツ間違えてるー!!」



村の女に赤ん坊の世話を頼まれた時も、



「やめろッ!そいつに突進すんな!ハイハイはえーッ!」

「ばぶぶッ!」

「……。」



三夜みつよ婆さんのところで薪割りやらされていた時も。



「おや、まあ、アンタ…。こんなガキより、アタシといいこと」

「黙っとけババア!!!…って、やめ、うおー!!!」

「……。」





家に帰る道で、青柳は振り返った。





「で、何の用だ?」

「……………。」

「用があるなら言ってくれよ。」

「……………。」

「頼むから、言えよ!!アンタがいいヤツだって、比呂ひろは言ってたけど、そうかもだけど、怖すぎなんだよッ!」

「……………。」



旅人は、青柳の胸のあたりを指さした。



「は?」

「おーい!青柳!」



ほっそりした男と、日に焼けた大男が手を振っていた。

仁矢じんやの友、南星なほし九鼓きゅうこだった。



「…オイ、勝手にオレの名前を呼んでんじゃあねーよッ、ブチ殺すぞ、クソがッ!」

「いてッ!!足踏むなよ~?!」

「何の用だ?」



悲鳴を上げる南星の横で、九鼓がスッと、籠を差し出した。

艶々の緑色の葉野菜がたくさん入っている。



「?…仁矢にか?」

「じいさんと食ってくれ。ダチが世話になってるから。」



青柳は、九鼓の言葉に嗤う。



「何であんなのが友だちなんだ?馬鹿じゃねーの?」

「あんなのでも、オレの友だちだ。いいところもあるんだ。」



笑い返す九鼓。

いつもは無口な九鼓が、けれど笑ってそういうので、青柳は呆気にとられた。



「そんなもんねーだろ、幻想だッ!!あの野郎、オレを高笑いしながら蹴るし殴りやがるッ!いつかブチ殺すからなッ!!」

「それは仕方ないな、ブチ殺していいよ。」

「お前ら本当に友だち?!」



「そんなこというけどよー、青柳。」



南星もへらへら笑う。



「お前のほうがもっとありえないだろ?」

「何でだよ?」

「あの鬼野郎といつも一緒にいたじゃないか。鬼と友だちってどうよ?」

「…友だち…?」



青柳は、胸の当たりに目を落とした。

そして、後ろにいた赤髪の青年を振り返る。



「…アイツは、鬼で、…オレは、人間だ…」



青年は、じっと青柳の目を見た。



「…オレは、ただの見張り番だ。

アイツが何かしでかした時、何とかできそうなのが、オレしかいなかったから…。だから、アイツが村を出ていくまでの…」



「けど、おまえ、全然怖がってなかったろ?オレたちは、怖くて仕方なかったのに、ちゃんと目え見て話して、怒ったりまでしてよ。何で怖くねーのか、不思議だった。まぁ、おまえは強いからだろうけどな。」



「…………。」



(怖いに決まってる、オレじゃあ、敵わないヤツだって、わかってた。)



初めて小鬼に会った時、おしまいだな、と思った。

この村は、全滅だ、と。

けれど、死にかけた自分を助けてくれた、世話になった村長たちの助けになりたかったから引き受けた。



(けど、アイツは変だった…)





花が咲いてるのを見て…

鬼のくせに…





(楽しそうで…)





腰痛から解放された三夜婆さんの感謝の手に、抱きしめられて…

鬼のくせに…





(嬉しそうで…)







その小さな鬼から



誰も傷付けたくないという



心の声が、きこえてくるのだ。







「そういえば、最近見かけないな。アイツ村を出ていったのか?」

「………。」







それは…















「用があるのは、これか?」



青柳は、革紐に結んだ袋から、虹色の玉を取り出す。

赤髪の青年、紅羽は頷いた。

そして、手を差し出した。



「…この中に、鬼がいるから?」



紅羽は頷いた。



「殺すのか?」



紅羽は、また頷いた。

青柳は、震える手で玉をぎゅっと握りしめた。



「渡さない。」



紅羽は、青柳の言葉に目を見開いた。



「コイツは、死なせない。…コイツは、

…いいところもあるヤツだから…。」












紅羽は、スラリと刀を抜いた。



「…鬼は、殺す。例外はない。」



青年の横に、橙金の燐光をまとい、赤い狼が出現した。



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