第44話 嫌いなもの
灼熱の鬼が消した、黒翼の男の右半身。
まだ火色の残る、身体の欠け痕に、どろりと青闇色が盛り上がる。
嘆きが彩る黒服を衣擦れさせて、白く美しい右手が、灰色の小鳥と、2人の異国の子供が入った鋼の鳥籠を指差した。
【それ、ちょうだいよ】
黒翼の男の、甘く蕩けるような声…
(クッ…、ソ、なんだ、)
男の、
青黒い髪の間からのぞく、
その目…
嘲り、
悦楽、
狂気、
それに、青柳の血が沸く。
(フざ、ケるナ!!)
その気配を発する人間を、彼は見たことがあった。
「!?」
青柳は、後ろに仰け反る。
鋭い音を立てて、刀の
そのまま青柳の顔面に、紅羽は鞘を叩き込もうとする。
「なニ、しやがルッ!!」
唸り声を上げる青柳に、紅羽は、青柳を見つめながら、自分の額のあたりを指で指し示した。
紅羽の赤髪が、白火の色に、茶色の目が、赤火の色に変わっている。
「そのままでは鬼になる。」
青柳は、バッと頭に手をやった。
額から、もそもそと、
「アワバハバハアアア??!!」
それは固く、熱を持ち、象牙色の…
(ツ?!)
灰色の鬼の姿が思い浮かんだ。
灰色の額に、一本の角。
(ノオオオオーーーー?!!)
青柳の歯が、ギザギザになってきた。
爪も鋭い鉤爪に、
(なんで、オレ)
げらゲラと、人間共が、笑っていた
(こんな、時に、)
女を虐げ、
(ク、ソ………ア)
女は崖から落ちて死んでしまった
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
笑ってた、
嗤ってた、
笑ってた、
嗤って、
【かわいそうにィ~~、ククッ!】
歯をむき出し、嘲笑う黒翼の男の背後が、青闇に揺らめき、姿を表した巨大な異形の黒骨の群れ。
紅羽の刀が鋼の
向かってくる禍々しいその群れに、万華の炎が放たれる。
紅羽は、頭を抱え呻く青柳に向かって叫んだ。
「憎悪に囚われるな!!」
「ギッ、ィイ」
「己を保て!!」
青柳はその言葉に、少し笑ってしまった。
(なんでだよ?)
母の仇を討つ。
青柳は、そのために生きているのだ。
皆殺しにしてやると、
そう決めている。
それは、自然のことだろう?
当たり前のことだろう?
何も間違っていやしない。
青柳は、人間のふりをした、鬼なのだ。
外皮が、人間なだけ。
一皮剥けばさ、どうなんだ?
憎悪が、身体中を侵食していく、
鬼になっても悪くはない。
からだの奥底から、チカラが湧いてくる。
これならば、
あの
(むかつくんだよなア)
嗤う
黒翼の男
(オマエのようなヤツ)
死者の悲嘆を
黒衣に纏い
(嗤ってやがる)
死者の苦悶の声を鳴らす
銀色と金色の耳飾りで
身を彩り
(悦んでやがる)
その青黒の目は
母を虐げた者たちと同じもの
(思い通りになんて、死んでもなるかよッッ!!)
けれど、
青柳の身体は、鬼への変化に、
喜び、受け入れ始めている。
(どうすればいい)
灰色の小鬼が、立っていた。
(アイツは、)
恐怖と嫌悪にざわめく村人たちのまん中に、
薬箱を背負って立っていた。
黄色の丸い目に、怒りも、不快感も表すことなく、石のように静かだった小鬼。
初めて会ったあの日、その存在が、恐ろしくて、仕方がなくて、震えていたのを気づかれただろうか。
(なんで)
いつも静かに座って薬を売っていた。
村人は怖れて寄り付かないが、唯一の客、
灰色の小鬼が作った料理を、青柳が文句を言いながら全部平らげた時、
アイツの目に、喜びを見た。
(どうして)
闇色の身体と赤の目をした、
あの恐ろしい黒鬼は、
森を、大地を、川を燃やし、黒灰に変えた。
青柳の身体を、燃やした。
恐ろしい鬼なのだ。
慈愛溢れる微笑みを浮かべながら、
命を散らす、残酷な鬼なのだ。
(どうして)
満月のような、まん丸な目で、アイツは見る。
この世界を眺める。
アイツの目は、あたたかい。
(どうして)
アイツの手は、あたたかい。
(そんなに)
満月漂う、青闇の夜、
母を失う悪夢にうなされる、
頭を撫でた、その灰色の手は、
あたたかく、
月色のその目が、
あたかかくて、
(テ、)
美しいなぁ、と
青柳は、
そう思って目を閉じた。
悪夢は消えてなくなった。
(は)
「ヤ」
万華の炎を打ち消す勢いで出現する黒骨共の群れの中、黒翼の男は、片眉を上げた。
「ヤメロオオオオオオーーーー!!!!!」
青柳の身体から、青銀の燐光が吹き出した。
水色の蛇も、青柳の身体のなかから飛び出した。
【エ、何、どういう、エ、青柳?嘘だよね、ウソ】
青柳の額に生えかけていた角が、塵となって消えていく。
「黙ってろ、
【へ?】
「黙らねぇと、消す…」
【あ、うん】
「よし、黙ってろよ絶対だぞ…」
【うん】
氷塊のような目をして唸る青柳に、水色の蛇は、青柳の肩の上でコクリと頷いた。
初めて名前呼ばれた、とか思いながら頷いた。
水色の蛇は、口をばかりと開いた。
大きく、大きく開いた口は、赤竜より大きくなって、向かってくる黒骨の群れを呑み込む。
こぼれ落ちた黒骨の群れは、青柳と水色の蛇から流れ出た青銀の燐光を浴びると、動きを止めた。
白銀の氷が、彼らを覆う。
黒翼の男をも、呑み込んで。
【みーんな、のみこんであげるよ】
水色の蛇は、異形の大蛇となり、黒翼の男と黒骨たちへと大口を開ける。
真っ暗闇の口のなか、黒骨たちは、粉々に砕けて消えていく。
氷のなか、黒翼の男の唇が動いた。
青闇の目が、青柳と紅羽を睨む。
紡がれたその言葉は、誰にも聞こえない。
「アッつううううういいいいイイイーー!!」
赤い竜が叫ぶ。
(あ?熱いってなんだよ、氷まみれで寒いはわかるけどよ!)
と、青柳は振り返って、反省した。
大反省した。
灼熱の壁が、赤い竜の前に立ちふさがっていた。
(く)
天も地も、右も左も燃えている。
巨大な灼熱の鬼が立っていた。
「
『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
山のような巨人の口から、轟音が迸る。
その轟音は、強烈な熱波と雷となり、襲いかかる。
「ーー!!!」
水色の大蛇が、青柳と紅羽、鋼の鳥籠をかき抱いた。
青と金の混じる膜が、青柳たちを覆う。
「ーーー!!、?!」
背後に向いた青柳の視線の先に、黒い影があった。
黒翼が無数に集う巨大なそのなかには、
青闇色の口から涎を垂らす、飢えた異形の獣。
青柳たちを喰らわんとした、その白金の牙は、
鬼の放つ咆哮に動けずにいた。
「ブオオオオオオオオオオーーーー!!!!!」
赤い竜の口から、身体中から紫と灼熱色の炎が吹き出す。
それは、巨大な炎の渦となり、黒翼の異形に襲いかかる。
【そうだった…】
消えていく黒翼の異形のなかから姿を現したのは、青黒い髪と目をした男。
【いつも、そうだったなッ…!】
ギリリと歯ぎしりをし、そう呟いた男の姿は、炎に呑まれ消え失せた。
そう、
アレは、いつもそうだった。
昔からそうだった。
なにもかもを、灰にしてしまう。
そんなアレを初めて見た時は、
大陸中の生者の苦悶と死を堪能できて楽しかった。
あんなに胸踊ることはなかった。
けれど、
すぐに気づいた。
アレとは、気が合わない。
際限がないのだ。
情緒というものがない。
誰かの苦しみにも、
悲しみにも、
怒りにも、
興味がない。
ただ、ただ破壊する。
せっかく時間をかけて造り出した、とっておきの楽しみも、突然現れて、簡単にぶち壊すのだ。
なにもかもぶち壊すアレは、
今回も、造り出した楽しみに飛び入り参加していた。
その姿を目にした時は、意味がわからず、少し眩暈がした。
魔物に喰われたり、外道の神に蹂躙しつくされる人間の姿とか色々見られるかと思えば、街も人間も灼熱の海で見る影もなく、なぜか外道の神とアレが取っ組み合いをしている。
大陸の一部が、遊び相手共が消失しそうだ。
ふざけるな。
アレだけは、出現する場所も時間も把握ができない。
我々とは相性が悪いのだ。
そして、アレと関わる者たちにも、それは適用されることがわかっている。
赤竜と、黒髪と赤髪の人間、
ヤツらは、それに当てはまるのだろう。
アレが、眷属を造っていたとは…。
神に愛された、汚ならしい人間がうろついていたとは…。
欲しかった人間ルウスも、ヤツらのせいで手に入れることができなかった…。
【本当に嫌いだよ】
黒翼の男ーーウロイゴは、ため息をついた。
その足元には、美しい白蛇の鱗のような壁をした城。剣と緑の獅子が描かれた、黄旗がはためく。
ウロイゴの遊び場。
今、この緑と水がなす美しい国では、王が、妻を、子供を、臣下を、民を虐殺していた。
悪魔ウロイゴの囁きを、信じてしまった愚かな王を止められる者はいない。
邪魔者は、ウロイゴが全部消してしまったのだから。
【さあて、気晴らしに行ってこようかな。】
世界には、9つの悪魔が漂っていて、
気まぐれに、悪いことを落としていく。
悪いことが起きた時は、空に向かって火を焚けばいい。
悪魔は火を嫌う。
恐ろしい、恐ろしい、アレだから。
悪魔は逃げていくよ。
悪夢さえ消してしまう、恐ろしいアレが怖くって、
アレの名前はなんだって?
それはね、
それは…
【ジャージィカルウウウウーーオオオオオオ!!】
カギャギャとひきつる音をたてて、叫ぶ声。
青と金色の混じりあう身体が震える。
【おぬしをオオオオ!!倒すのはワシじゃあアアアアアアーーーー!!!】
昆虫の頭を持つ人型の魔物は、飛び上がった。
が、
【グハアアアアア!!!】
崩れ落ちた。
身体が重く、思い通りに動かなかった。
地面につっぷした顔にあたる、白くてあたたかいふわふわなソレ。
顔を強ばらせる。
【食えん!】
【食うなッ!!】
【何を言う、生きるためには…、そ…】
タ・カランは、声がした方に顔を向けた。
鋼色と金色のトゲだらけの巨人の魔物、ジ・タラが立っていた。
ザンバラ髪の少年の上半身と昆虫の下半身を持つ魔物、ア・モースーも立っている。
【生きておる…】
2体の背後には、巨大な白虎の群れと相対する魔物共。
生命の臭いがする。
【生きておるようだなあ…】
【ああ…】
【フフフ!】
不自由な身体に感じる、戦闘の気配。
頭上にあるのは、
地の底の暗闇ではなく青い空、
輝く太陽に、どこまでも広がる白雲。
遥か昔、タ・カランが地上から仰ぎ見た景色。
タ・カランの頭の上の、2本の触覚が、上に下にと忙しく動き回る。
【とりあえず、喰ってみるかのう。】
【ハッハァー!!】
【キャハア!】
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