第43話 青闇の鳥

青、赤、黄、白と、万華の炎に包まれた仮面の男の身体が縦に裂け、青く、黒く、紫の空間が姿を現した。

空間から飛び出した、金色に艶めく黒い茨が、雪崩のように紅羽に向かっていく。

燃える木々も、岩も、紙のように砕き散らし、

海の波のように途切れぬ黒い茨。

だがそれは、紅羽の前で断末魔のような音をたて、散った。




紅羽の前を、虹色の壁が覆っていた。




紅羽の身体中の傷が消えていく。

彼の周りを、銀色に艶めく緑の草花や木々が伸び上がり、炎と黒灰に覆われた場を、黒い茨もろともに飲み込んでいく。

緑の海が、仮面の男を絡め取り飲み込んだ。




ぽん、と丸いモノが緑の海から飛び出した。




仮面の男の首が、緑の原の上を、ころ、ころ、と草の先に転がされて、紅羽の前で止まった。



『…キサマは、知っているか?』



紅羽の頭の上で、群青色の目をした銀色の小鳥は、憎悪を垂らす。



『ワタシの愛しいこを、銀色の一族を死に追いやった者を…、知ッテいるか?キサマから、臭うのだ…、ヤツラの…、力を…!』



万華の炎に焼かれる仮面の男の首を、銀色となった草の先が串刺しにする。




仮面が砕け散り、無数の黒い骨が吹き出した。




大小様々の、黒い骨。

人の、動物の、魔物の黒い骨。

それは、虹色の障壁に襲いかかり、緑の海を侵食し始める。

緑の海を泳ぐ魚影のような黒骨の塊から、

それは現れた。



青黒い髪と目、黒い翼を背に持つ男が座っていた。

目と唇に、嘲りを浮かべ、

すくりと立ち上がったその男は、美しかった。

黒い骨が、増殖する。

虹色の障壁との間で、轟音が鳴り続ける。



『キサマ…』



その男の姿に、小鳥の群青の目が、真っ黒に染まった。


















灰色の鬼の指が、灰色の小鳥の額を、とっと突く。

小さな火花が咲いて消えた。



『………!』



小鳥に渡った、黒朗が視たモノ。

銀色の鬼のラユシュが、赤ん坊になる直前に、黒朗が覗いた過去の記憶。

黒朗が壊した過去の偽り。



『…知っているヤツか?』



青黒い髪と目に、黒い翼を持つ男。



金色の髪と目を持つ一族の王の側にいた予言者に姿を変えて、ラユシュの一族を滅亡に導いた男。



『…知らぬ…』



小鳥は、灰色の身体を震わせた。



『だが、』



『必ず、報いを受けさせてやるッ…!!』















緑の草原が銀色に変わる。




『キサマアアアアア!!!殺してやる!!!この世に欠片も残さず消してやるワアアアア!!!』




青黒い髪と目をした黒翼の男は、怒りと憎しみを放つ小鳥を見て嗤った。




【びっくりした~!面が壊れたから来てみたら…、何を喚いてるんだ?私の心臓が弾けてしまうじゃないか。フゥ~】



黒翼の男は、その白い両耳に下がる耳飾りを人差し指で撫でる。

銀細工で飾られたその石は青黒く、時折紫に色を変えて、蠢いた。




【う~ん、うんうん、イイネ~、癒されるゥ~】




目を細め、柔らかな笑みを浮かべる男。



紅羽は顔を強ばらせた。



小鳥は目を見開いた。





聞こえた。





声が聞こえたのだ。





耳飾りから、





『…そ、れハ』




銀色の細工には、小さな人間がいくつもいくつも彫られていた。

精工なそれは、人間をそのまま固めたかのようで、それは、表情を変え、動いていた。

小鳥を見ていた。

唇が動いた。



悲鳴



怨嗟



憤怒





煮固めた禍が音が、黒翼の男を撫でる。






【これはね、800年前に捕れた、美しい銀色の人間たちだよ。とても美しくて愛らしくて、こっちの金色の人間も合わせてね、私のお気に入りなんだよ!】






男は、右の耳飾りを指し示す。

金色の装飾の耳飾りだった。

たくさんの人間がいた。






銀色と金色が、黒翼の男の耳元で、鳴り響く。





『キ、サ…マ…』





銀色の海が、黒翼の男を襲う。






【ーーーーああ、偉大なる父神ゾフタルキタ、何故そんなにもお怒りに?】






男は嗤った。






【アンタだって、800年楽しんでたじゃないか、おんなじさ!】





【ほら、見てくれよ、この服を…】





男は腕を開き、身に纏う金糸で彩られた黒服を見せた。

闇色に見えたそれには、時折、紫紺の人影が現れた。




【アンタが殺した人間たちで、作ったんだぜ?】




【怒りに我を忘れたアンタは、金色の人間が1人いれば、村を、街を、国を滅ぼしたよな。】




【なんの関係もない命を、消したよな?】






小鳥の闇の目に、水色が滲んだ。






【アアハハハハハハハハハハハハハ!!】






黒翼の男の両手が、小鳥の頭と、胴体を真っ二つに引き裂いた。







【ハハハハハハハハハハハハハ、ッブ】







哄笑する黒翼の男の下顎が、ガチリと上顎にはまり動かなくなった。

顎の下から、突き刺さり、男の脳天まで貫いたのは、鋼の杖。

青、赤、黄、白と、万華の炎が男を包みこんだ。



【……!!】



ギョロリと青黒い目が、赤髪の人間を見下ろす。

紅羽は男の手から落ちた小鳥の頭と、胴体をひっつかみ、鋼の鳥籠に放り込み、緑の海を走り出す。



【煩わしい…】



青黒い髪の男の身体から炎が消え失せる。

無数の黒骨が、男の頭上で巨大な黒い女人頭獣身の上半身となり、紅羽たちのいる方角へ金に艶めく黒茨の弓矢を構える。

引き絞られた弦、

放たれる矢、







轟音








赤が、タラマウカの山に激突した。




緑と黒骨のなかを、灼熱色の道が通る。




黒い女は、黒灰となって舞い消える。













「どッ!ふおおお?!」



緑の草原に、奇声を上げてそれは落ちてきた。

そのほんの少し前に地面に空いた巨大な穴から、赤と金の鱗を持つ巨大な竜が、のそのそと這い出している。



「あんのヤロウッ…!!」



草原の上、むくりと起き上がったのは黒髪と青い目の少女。



「死ぬとこだったろうがッ!!ふざけんなよ!!クソ鬼ィィィー!!」



青柳あおやぎだった。



「…………。」



紅羽は、見間違いではなかったかと息を吐いた。



赤い巨人となった黒朗と闇色の巨神が争うその周りを、蝿のように飛び回るモノがいたのだ。



それは、赤い竜とその背に乗る青柳だった。



だが、驚く間もなく、赤い巨人が怒りの咆哮を上げ、灼熱の波動を青柳たちに放とうとしたのだ。

ちょうど、紅羽たちのいる方向へ。

青黒い髪の黒翼の男のいる場所へ。



紅羽は、黒翼の男を探した。

襲いかかった灼熱の波動は、あの男の黒骨を消し尽くしていた。

復活していた草原も焼け、遠くに見えるはずの山は半壊している。



「アンタねー!!今のあるじ様、怒髪天してんだから、刺激しちゃダメよ!まったくもー!」



赤い竜は身体をくねらせて、ため息をつく。



「してねーよ!!名前呼んだだけだろ?!あのヤロー、口からすんげーの出したぞ?!真っ黒いヤツ相手よりも本気出してたぞッ?!」



赤い巨人と化し、闇色の巨神と闘う黒朗を、力いっぱい何度も指差しながら、青柳は言った。

顔色は青いが、ぴんぴんしているな、と紅羽は思った。



「アア?!!まずいッッ…!!今、目があったッ!!こっち見てる!!仁矢じんや飛べ!!離れるぞ!!!」

「あら、本当ねー!!あーるじさまー!!愛してますぅうー!!」

「何で手え振ってんだよ愛してるって何だよ月ちゃんはどうしたんだよてめえ今度こそ細切れの肉にって、……何してんの?」



やっと気づいたかと、紅羽は思った。

仁矢の背に、紅羽は立っていた。



「え?何でいるんだよ?え?本物?」

「…………。」



紅羽の視線が動き、青柳の目もそれを追う。





「?何だアレ…」





暗雲流れる空に、

黒い骨と黒い茨がとぐろを巻いていた。



青黒い髪の男が、

黒い翼を揺らして宙を漂っている。

彼の右上半身が消えていた。

身体の縁を、燻る火の粉が彩る。



「?!」



その男は青黒い目を爛々と残酷に光らせて、こちらを見ていた。

青柳の足元が揺れた。

地面を蹴った赤い竜が、空に踊り出る。





「オイーーー!!何だアレーー?!!」

「……………。」





紅羽の腕を掴んで、青柳が激しく揺さぶってくる。

紅羽は困った。

どう見ても青柳は混乱している。

仕方がない、と紅羽は思った。

あれは、邪悪だ。

邪悪の権化だ。

それが、こちらを見ているのだ。



「名前は、知らないが…、ゾフタルキタの敵のようだ。」



紅羽は言った、…青柳の顔から目を反らしながら。

元来彼は女性と喋れない。



「おそらく、あれが、ラユシュの一族を陥れ滅ぼした元凶。ゾフタルキタは、あれに身体を引き裂かれた。」

「ゾフタルキタって、誰だ?」



紅羽は、眉根を寄せる青柳の顔に、鋼の鳥籠の中にいる頭と胴体が分かれた灰色の小鳥を指し示す。



「?!」



青柳は、鳥籠に飛び付いた。



「こいつッ…!…死んだのか?」

「…わからない。あの黒朗の手から生き延びた神だ。そう簡単には死なないと思うのだが…。」

「……………。」



青柳の手が、鋼の鳥籠から小鳥の頭と身体を掬い取る。

その手から、青銀の糸が現れて、小鳥の頭と胴体を縫い付ける。



「…ゾフタルキタ、って、変な名前だ…。」



動かない灰色を、青柳はそっと鳥籠に置いた。



「アイツ」



紅羽は、その音に、目を見開く。



「ぶっ潰す」



青柳の青い目が、怒りに燃えていた。


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