第45話 へんな!

青い空が広がる。

雲の海が太陽の光に照らされ七色に輝く。



雲上で微睡んでいた白い天虎は、顔を上げた。

のそりと身を起こす。



雲の間を、黒いものが飛んでいた。



天虎は、フワリと飛んで、ソレに近づく。



天虎の白爪の先よりも小さな黒布のようなものが、

くねり、くねり、回転しながら飛んでいた。

それからは、懐かしい匂いがした。



天虎は、ちょっと叩いてみた。





ぱふゅッ…





黒いそれは、そんな音をたてて、煙となって消えた。





そうして、





小さくて、へんなモノたちが、姿を現したのだ。







細長かったり、真っ赤で、黄色だったり、

緑色で、丸かったり…。

天虎たちとは異なる姿と色を持つ、ガヤガヤと喧しいそれらは、風に乗り、雨の雫のように落ち始めた。















悲鳴がした。

奇妙な悲鳴だ。

それに、嗅いだことのない臭い。





天虎たちは、急いで悲鳴の聞こえた方へと向かった。





そこには、小さなモノたちを追いかけ回す天虎と、その後ろを追う、小さなモノたち。

それをまた追いかける天虎たち。



赤い色の長い身体と、無数の黄色の脚を持つモノ、

緑色の丸い目で2足歩行の、白いつるつるしたモノ、

黄土色の燻しがある半透明な身体に、丸い鋼玉が浮かぶ人型…。なんか身体がぷるッぷるッしている。





そんな、へんなモノたちが暴れ回っていた。





[…あれは、魔物か?]













鋼色と金色のトゲだらけの魔物は、巨大な牙で噛みちぎろうと襲いかかってくる白い大怪獣の顔面に、毒針のぎらつく拳を叩きつける。

そこらじゅうにわいてでてくる白い化け物たちにもだ。

悲鳴を上げるソイツらに、だが、ジ・タラは舌打ちをした。

痛がってはいるが、ちょっと嫌そうな顔をするだけ、身体を震わせ針を振り落とし向かってくる。



ジ・タラの毒針で死なないのは、タ・カランと長老共と、あの忌々しい黒い鬼、ジャージィカルだけだった。



(クソッ!ここはどこだ?!コイツらは何だ?!)


【ジ・タラ! タ・カランがいた!】

【!!】



薄紫色の少年の上半身と昆虫の下半身を持つ魔物、ア・モースーが叫ぶ。







魔物たちが集まっていた。

干からびた肉片が、魔物たちの真ん中にいた。



【何で食べちゃだめなの?僕がタ・カラン見つけたんだよ?!】

【いんや~、ダメだ。父ちゃんたちと一緒さ、もうすぐ生えてくんのよ。】

【全然動いてないよ?!カラカラだよ?!】

【ハハハ!タ・カランさんはいつもこんなもんだろ。でも、いつも生えてくんの、ちょっと待ってみろ。】

【え~!!タ・カラン食べたいー!タ・カランみたいな触角ほしいー!!】

【……喰っても、腹壊すだけだぜ、坊主。】



騒ぐ親子の横で、ジ・タラは自分の左腕を切った。

他の魔物たちも、己の左腕を切った。



ぼたぼたと青い血が、肉片に降り注ぐ。



もぞもぞと、ぼこぼこと、肉片は膨れ、青と金色の光沢が現れる。

昆虫のような頭をした、青と金色の混じる魔物が、叫びながら飛び起きた。









【それにしても、ワシはァ、ジャージィカルにメチャメチャにされて、火の川に落ちたはずなんじゃ…。ボケたかのう?】





小山のような白い大怪獣の鼻面を殴りつけ、タ・カランは、ふ~むと疑問を口にした。

腕をぐるぐる回したり、身体を伸ばしたり、跳ねたりしながら考える。

白い大怪獣が、白目を剥いて倒れた。





[コイツ!強いぞ!!]

[チビのくせにッ!]

[最近の地上のヤツはどうなっているんだ?!]





【…ケッ!それなら、オレだって同じだ。ヤツに首切られて、そっから記憶がねェ。】



ジ・タラは、忌々しいという顔をしてそう言った。

雲海の上、巨大な大怪獣たちへ、雄々しく叫び戦いを挑む魔物たち。

皆、黒鬼に殺られ倒れていった者たちだ。



【首を切られてないヤツもいた。5回くらい死んでも復活できるオレたちと違って、死んだら終わりな弱いヤツだ。】



ジ・タラは、タ・カランを輝く目で見上げる魔物を指差した。

茶色い鼠のような顔をし、頭から背中にかけて癖のある黒いたてがみが生えている。



【オレだね、オレッ!】



タ・カランとジ・タラの間でぴょんぴょん飛び跳ねながら、声を上げる。



【アイツ、みんなの首を切り取ってさ、アイツの持ってた黒い布に放り込んだんだ。首ばっかりさ!!

オレと、あと、ヒマルのヤツだけ普通な身体で放り込まれた。

おかしなことするなー、頭食うのが好きなのか?とか思ってたら、黒い布がヒラヒラ~って、外に出たんだ!すんげーよな!外!すんげーキレイ!!】

【で、ま、こんなとこまで来たっつー話だ。】

【オレ!ここ好き!こんなとこ住みたい!食い物たくさんあるしッ!】



七色に輝く美しい泉に、青い木々や、七色の木の実に、七色の動物ーー



(なんか、気味悪いけどなァ~)



ジ・タラは、内心首を傾げる。



【とりあえずもうちょっと待ってろ、ねじ伏せねーとな】

【オー!!行ってくるぜッ!!】



小さな魔物は、白い大怪獣に突撃していった。



【アイツ、死んだら死ぬってわかってねーよな!】



ジ・タラは鼻息を吹かした。



【…思ったんじゃが、】



タ・カランは、眉間にシワを寄せて唸った。



【どっかで見たことないか?コイツら】

【あーーん?こんなの…………】



倒れている白い大怪獣たちを見る。

倒れている……、いや、寝そべって、べちゃくちゃ喋りだした大怪獣たち。

しっぽは動き回り、暴風を、雷を起こし、魔物たちを翻弄する。



[まったく、小さいくせに何てヤツだ!]

[この前来た鬼といい、鳥といい、地上のヤツむかつくゥウーーー!!]

[ヤツのほうがマシだぞ。コイツらのほうが強い!]

[いや、ヤツは熱い!わしの火傷はまだ治らんのだ!]



顔をしかめて、自分の肉球を眺める白い大怪獣。

オレも、ワタシもと同意の声を上げる者たち。



[あれは本気じゃあなかったぞ。目を離した一瞬、全身真っ黒になっていたのだ!すぐに灰色に戻ったが…]

[なんだって?!アイツの黒い手がアツアツで最悪だったのに!全身とか、もう…]

[恐ろしい!!]

[アイツ出入り禁止ーー!!]





(なっ、まさかッ…!!)



ジ・タラの目頭が熱くなった。

タ・カランは興奮した。



【この沸き上がる温かい気持ちはなんだ?こんな気持ちは初めてだわい…。ヤツらをこのまま喰うのが惜しくなってきたのう。】

【初めてかー、良かったなー、ふざけんなよクソジジイー】







【ジ・タラー!タ・カランー!助けてッ!!コイツら強すぎる!!】





魔物たちは、巨大な白い大怪獣の前に、小山のように積まれていた。

タ・カランたち以外の魔物が相手だった大怪獣たちは、真面目に魔物たちと遊んで…戦っていた。



[愚か者共め、我々は強いのだ!負けはしない!!]

[アイツら、何でねてんのー?ずるーい!]

[この前、灰色の鬼と鳥に負けたよね?]

[黙っとけ…!!]











『あれーー?仲いいなァ、みんなーー。』







青空の下、

快活で、楽しそうな声が響き渡る。









黒と白のまだらな大虎が、天虎たちと魔物たちを見ていた。

あざやかな黄緑色に散らばる、赤や黄色に、群青の目。





[アルシャン……!!]





寝そべっていた天虎が、その大虎に駆け寄る。



[アルシャン!アルシャン!アルシャン……!!]



アルシャンは、天虎に顔を寄せる。



[ごめんな、アラスト…]

[……!]





憎悪が、憤怒が吹き出した。

魔物たちは、ゆらり、ゆらりと立ち上がり、

黒と白の斑な大虎を囲む。



アルシャンは、ニヤリと笑った。



『よおーよおー!ちょっと前ぶりだな、親友!!』



【…その口引き裂いてやるぞ、死に損ないの堕ち神が…】



青と金色の混じる魔物は、激しい殺気を放った。



【なんか見たことあると思ったら、てめえだったかよ…。別に欲しくもなかったが、やる気がわいてきたぜ。コイツら全部ぶち殺して、この国獲ってやるぜ。クソったれがッ…!!】



ジ・タラの言葉に、アルシャンは目を丸くした。



『頭がおかしくなったのかい?!友よ!!』





【【【【【殺すウウウウウ!!】】】】】

【ソレヤメロオオオヤアア!!クソ神イイイ!!】

【死ねええエエエエヤ!!イカれ神イイイーー!!】






『おまえらの国は、あそこだろ?』




黒と白の斑な大虎が鼻先を向けた雲海が、赤い。



風に流される赤い雲、




広がる下界











大地が、赤く燃えていた。









赤い大地の上、



揺らめく闇色の巨神と、



灼熱の鬼。











【…サーチャー…】





魔物たちは、呟いた。





【ああ…、サーチャーだ…。】





【我が神よ…!!】





闇色の巨神が、魔物たちの神が、大地の上で吼えている。





黒い鬼によって、すべてを失い、

地上をさまよった魔物たちが出会った神。



人間と神の手により、

300年、地の底に封じられていた荒ぶる神。







【やっと、解放されたのですね…!】

【ウオオオオオオーーーー!!】

【サーチャーーー!!】







解放の条件は、









神と、魔と、人と、





全ての因果を持つ者が、





封印を解き、







【ああ…、長老オ……】

【長老様方が、ついに…】







闇の神を崇拝する者の、







魂と、心臓を、









捧げること

















【…ジャージィカル…】





青と金色の魔物は、唸った。

頭の上の触覚が、闇色の巨神と相対する、灼熱の巨大な鬼に向かう。







闇色の巨神の、腕を足を溶かす黄金。

灼熱の鬼が吼えている。



ここまで届く、威圧と熱。





タ・カランは、背中から羽を出す。

雲を蹴り、地上へと、飛び降りた。







他の翼持つ魔物たちも、空に向かって飛び出した。











そして、翼持たない者たちも、飛び降りた。









【!?】

【オレたちも行く!!】



タ・カランは、空中を漂う、飛ぶ術のない魔物たちの手をかき集めた。



【死ぬぞーー!!】



タ・カランの言葉に、魔物たちは目を丸くする。



【何怒ってんだよ?死なねぇし。】

【らしくねーな、放せよ、とっとと行っちまえ!】

【ちょっと潰れるだけだろ?また再生するさァ】

【だいたいサーチャーがいなけりゃ、オレたちは、とっくの昔に死んでいたんだ!】

【そうだ!そうだアアーーーー!】

【オイ!おまえは、死んだらそれっきりだろうが!】

【仕方ねぇや!】

【オイーーーー?!オマエは、タ・カランから絶対離れんなよ?!】

【おぬしら…】



能天気に笑う魔物たちに、タ・カランの腹の底が煮えたぎる。

タ・カランは、彼らの手を離せなかった。



【サーチャーのそばにいる!!】

【サーチャーがいる場所が、オレたちのいる場所だ!!】

【オレたちの家だぜ!!】

【オレたちの国だッ!!】





タ・カランの身体が、青白い光で輝いた。





【仕方がないのう…】





タ・カランから伸びた青白い光は、





【今度こそ、ジャージィカルの、首を落としてやりたかったが…】





魔物たちを包み、浮かび上がらせる。





【おぬしら、全員連れて行ってやるわい…!!】







黒灰が吹きすさぶ空に現れた、青白く輝く光の帯。



その上を、異形の魔物たちが走る。







【【【【サーチャアアアアアーーーーーーーーーーーーーーー!!!】】】】























『なんて、バカなヤツらなんだろう。』





黒と白の斑な大虎は、呟いた。





[バカだなー!]

[大馬鹿だ!!]

[あんな弱い者が、何考えているんだ…?]

[なあ!あんなに弱いくせに!]





そう賛同する白い天虎たちは、雲海の縁で首を思い切り伸ばして、飛んでいく魔物たちを見ている。





『けど、面白いんだぜ、アイツらも。』

[ん?]

『300年の暇潰し』





天虎たちの側にするりと寄った、黒と白の斑な大虎から白と金色の雲が沸き上がる。

それは天虎たちを、赤と黒灰漂う空へと吹き飛ばした。





[[[[[!?]]]]]









300年の地の底で、





アルシャンは、





魔物たちを眺めていた。





人間の守り神、





敵対する立場だけれども、





ずっと、眺めてきた。





人間と、天虎と、変わらない。





ちょっとイカれてる、





その生命。








『悪いなーー!アイツら、よろしくーー!!』







黒と白の斑な大虎が、笑っている。







[[[[[ハアアア?!!]]]]]









天虎たちの叫びが、遠くなっていく。




















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