第46話 しもべの痛み
赤い竜の放った紫と灼熱色の炎に、
黒翼の異形と男は、燃えて消え失せた。
だが、
「ギャアアアアアアアアアーー!!」
突如、赤い竜が絶叫した。
その身体は灼熱色の炎に包まれ、紫の炎は細く小さくなびいて消えていく。
赤い竜の背から飛び降りた水色の大蛇は、青柳たちを抱きながら、黒灰舞う暗空を跳ぶ。
「
だが、水色の大蛇は応えない。
灼熱の鬼の発する炎が、熱が、大蛇の身体を崩し始めていた。
「…………ッ!!」
青柳は、黒と灰色に蠢く空に手を伸ばす。
その指が描くのは、悠久の自然と人とをつなぐ神詞。
白金の燐光が、青柳の身体から立ち上る。
それは空へと伸びていく。
(水を)
細く途切れそうな白金色の燐光が、
落雫のように、空へと入り込む。
空は、動かない。
邪神と鬼の力が満ちる場に、脆弱な人間の力は何度も跳ね返される。
青柳の目から、耳から、口から、頭から赤い血が流れて落ちる。
暗雲の中に、白金色の小さな渦が巻き出す。
【やめるんだ、青柳…】
水色の大蛇の言葉と同時に、渦を巻いていた力が霧散する。
「邪魔を…!」
【見て】
「?!」
大蛇が目を向けた先で、赤い竜は、灼熱色の炎に包まれたままだった。
だが、苦しみもがいていたのが嘘だったかのように、宙に静止している。
「…?!」
スーッと、灼熱の鬼の側に寄って、
そして、
肩に止まった。
「?!」
灼熱の鬼は、ちょっと不機嫌そうに身体を震わせた。
すると、赤い竜は、スイッと鬼の頭の上に乗った。
「……!……?!」
灼熱の鬼は、喉奥で唸ったが払いのけようとはしなかった。
そして、
灼熱の鬼と竜が天に向かって吼え始めた。
轟音と衝撃波があたりに満ちる。
「お…オオオオーー?!!仁矢、てめ」
灼熱色の目をした竜と、青柳の目があった。
竜の胸が倍に膨らみ、
灼熱の炎を青柳に向かって吹き出した。
(な!!)
「最悪だーーー?!!」
迫る炎を回避しようとして…
あたりに薄闇の霧が流れた。
薄闇のそれに、炎は霧散する。
淡く光る、その中には、
黒い螺旋が、無数に蠢く。
灼熱の鬼の胸に、ぴりり、闇が入り込んだ。
鬼の身体を縦へと割きながら、
覗きこむのは、
黒い螺旋を宿した薄闇の光霧と、
『δⅥΗ…』
闇色の、大きな大きな、湖のような目玉。
禍々しい闇色の巨神が、穴の開いた灼熱の鬼の身体を掴んで笑っていた。
頭が、胴体が、足が、黄金の熱に溶け落ちながら。
喜悦と憎悪の音をたてて、笑っていた。
青柳を見て笑っていた。
『δⅡⅩⅨ…』
「!?」
視界が、薄暗くなった。
言葉はわからない。
けれど、
『オマエたちか…』
そう言った気がした。
「…グッ…!!」
【青柳…!!】
(最…悪…だ…!)
息が、出来ない。
身体の、すべての機能が狂っていく。
青柳の身体から、白金色の燐光が、ふわりと浮かび、薄闇の光霧に消えていく。
赤い竜が、薄闇の光霧から吹き出した巨大な黒い螺旋にからめとられたのが見えた。
吼える竜の灼熱の炎を、薄闇の光霧が覆っていく。
青柳を抱く水色の大蛇の身体にも、黒い螺旋が絡みつこうと手を伸ばす。
「…ッ!?」
裂かれた灼熱の鬼の身体を、無数の黒い螺旋が埋め尽くしていた。
「ーー!!」
その熱が、炎が、黒に塗りつぶされ、薄闇の光霧のなかへと消えていく。
(…いやだ)
消えていく。
「……、ック…!!」
声が、出ない。
(いやだ)
「アッ…!グッ…!」
自分の声は、こんなに出ないものだったろうか?
(いやだッ!!)
青柳の身体から零れた白金の燐光が、消えていく炎へと伸びていく。
「く…ろ…!」
(消えるなッ!!)
「
「何してんだよ、化け物」
闇のなか、
響いた。
「いい加減頭冷やせよなぁ!」
振り向けば、
「大迷惑だぜ~!」
ずんぐりとした人間の男が、へらへらと笑っていた。
「このままだと、アンタの大好きな命ってのが、たくさん終わっちまうぜ~?」
闇が、
真っ赤に染まる。
黒い空に、赤い海。
「アンタって、1000年そればっかだよなあーー。」
色とりどりの景色が、赤い空間を風のように流れて消えていく。
ずんぐりとした男は、頭を抱えていた。
具合が悪そうだ。
でも、へらへらと笑ったままだった。
不思議だ。
その男から流れてくる気持ちとは違うのだから。
「カーーッ!!うるッせーなアァ!」
男は顔をしかめた。
そして、赤い世界に視線を向ける。
そこにあるのは、
神々と、人間たち。
人間がなにかを言っている。
でもなにを言っているのか、聞こえない。
「気軽に呼んでんじゃねえぞ!寝グソ野郎がッ!!ったくよー!!てめえがどんだけ不幸だったにしてもなッ!てめえのヤラカシのせいでオレはこんなんになったんだからな!!いつか必ずぜってーぶっ殺すからなアッッ!!」
なにを言っている?
しかし、
あの青い目をした人間は、不快だ。
だから…
「でも、アンタが一番不愉快で、一番ぶっ殺したい相手なんですよ~アルジサマ~」
消そう、そう思って伸ばした先に、
男が剣呑な目をして立ちふさがった。
「オレは、アンタに支配され、普通の人生を奪われた。」
緑豊かな大地で、人間たちが生きている。
年老いた人間の夫婦が暮らしている。
青年たちが、背中を叩きあって笑い転げている。
少女が、笑っている。
そんな景色が、赤い空間に流れ込んでは消える。
「鬼なんか、関わりたくもねェ!滅びちまえばいい厄介者だ!そう思っていた!今もそうなのに…」
男は、
「オレが、オレでなくなっちまう…」
涙を流していた。
「それがどれだけ悔しいかッ…!!悲しいかッ!!」
そうだ。
男は、ずっと、怒っていた。
あそこの世界を流れている、灼熱の海のように、
ぐつぐつと、煮えたぎる憤怒、
それを、
ずっと、感じていた。
「だから、オレは思うんだよ。アンタも同じ目にあえばいい、と」
黒髪と黒い目の、中背のずんぐりとした男が、
「アンタとオレ、繋がってるだろ?イヤだけど、力も、記憶も、それなりによ!」
黒髪と赤い目をした背の高いほっそりとした男が、
「だからわかっちゃったんですよねェ~、ウフフ!」
巨大な赤い竜が、
「アルジ様にとって、今とてつもなく危険な者がいることに…。」
薄闇の光霧に侵食されながら、触れてきた。
その先にあるのは、無色透明な一本角の鬼。
不可侵のモノ。
『…………、…』
なにか、聞こえてくる。
仁矢は、死んだ。
死んだ。
死んだ。
繋がった先から流れこむ強大な力に、
小さな虫ケラは、なすすべもない。
潰されて死ぬだけだ。
まとわりついて離れない、薄闇の光霧と共に死んだ。
けど、
もう、人間なんかじゃないから、
死ねないのだ。
彼の身体は、目の前の異形の所有物。
異形の許しがないのならば、
死ぬこともできなくなったのだ。
『…、…、!』
仁矢は手を離さない。
鬼の腕を掴んで離さない。
「……!」
(やめろ…)
「……!!」
(やめろ…)
(痛い)
(痛む)
(オマエのせいだ)
(オレは)
(オレのものでなくてはならない)
(そうでなくなれば)
(きっと)
「……ろ………!」
(呼ぶな…)
「黒朗ーーーー!!!」
「帰ってきてもらうぜ」
「アルジサマ」
しもべは、ざまあみろと笑った。
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