第24話 小さな大きな

香ばしい匂いがした。

ざわめく音、人の話し声、笑う声。

青柳あおやぎが身体を起こすと、広い座敷にいた。

たくさんの人間が集う宴の場。

比呂ひろや、神主、村長も、三夜みつよ婆さんも、月ちゃんもいて、他の村人も、赤い髪の旅人も海藻のような髪のひげ男もいた。

ラユシュ老人が、皿に山盛りの肉の揚げものをのせてやってきた。後ろを絶世美女男の仁矢じんやも山盛りの肉をのせた皿を持って続く。

青柳の視線に気づき、ラユシュ老人は笑う。



「起きたか、青柳。君はもう5日も眠り続けていたんだよ。」



仁矢は、ハッと嗤う。



「ひ弱すぎんのよ!」

「確かに…あれくらいの相手軽く殺せなくては世の中渡っていけないよ。

………………もっと鍛える必要があるな。」

「いいわ~、殺っちゃって!」



不穏なことをつぶやく暴力老僧と絶世美女男に抗議しようとして、ぬ、と視界に入った特大の鳥の脚肉。



『…うまいぞ。』



黒朗くろうがムシャムシャと肉を食べながら、青柳に鳥肉を寄越す。



「……?」



青柳は首を傾げながら肉を受け取り、かぶりつく。

ラユシュが以前作ってくれた料理だった。

塩と香草のタレがきいた肉はとてもおいしくて、ついラユシュ老人の皿の上から掠め取って食べてしまい、複数ビンタと拳骨をくらった。

白い布がかかった机の上にのり、白いウサギのような竜が、蛇のようなしっぽを振りながら、開け放たれた障子の向こうを指差す。



【すばらしいだろう。ワレの庭園は。】



輝く緑の森、陽の光に照らされたそちらに行こうとして、縁側に、女の人が座っているのが目に入った。

艶やかな黒髪、長いまつげに縁取られた、色香を放つ澄んだ黒い目、蠱惑的な赤い唇の美しい女性だった。

膝においた本から目を離し、青柳を見て口を開いた。









(…母様)















青柳は目を開けた。

静かだった。

そこは、夢と同じ場所なのに、誰もいない。




涙があふれ出て、あふれ出て、とまらない。




現実が、青柳をえぐる。












ペタペタ、ペタ、ペタペタ、ペタ…ペタ…











「グッ!!」



急に頭に衝撃があり、青柳は目を開ける。

視界に入ったのは、赤ん坊。

ふっくらとした褐色のほっぺたを緩ませ、ヨダレを垂らしながら、青柳の頭に寄りかかっている。

青柳をのぞきこむその目は、空色。

フワフワの髪は、銀色だった。





「………。」

「………。」





みつめあう2人。



赤ん坊が先に動いた。



「ぶっ!!」



青柳の額をたたいた。

さらに青柳の顔面をたたく、

たたく、

たたく、

たたく、

たたく…





「やめろボケがああああああ!!!」



青柳はがばりと起き上がり、赤ん坊から距離をとる。



「何だよてめーもうーヨダレがすげえよふざけんなよてめえ!!」



顔についたヨダレをぬぐいながらもチラチラ赤ん坊を見ていた青柳は、その斜め後ろに小鳥がちょこんと立っているのに気づいた。

灰色の小さな小鳥、だがその目は闇夜より黒く禍々しく、悪意に満ちていた。





トッ



トッ



トッ





小鳥が近づいてくる。





トッ



トッ



トッ





小鳥は、ギザギザの牙が生えた嘴を開く。





『…ラユシュに傷をつけてみろ。地獄をみるぞ。』





小鳥は低い声でそういうと、キヒヒと笑った。







白金の燐光と共に、青柳のみぞおちのあたりから水色の蛇が飛び出し、灰色の小鳥に飛びかかる。



【青柳に手をだしたら、許さないッ!!】

小童こわっぱが…!』

【ハッ!!歳だけくったアホウがえらそうにッ!!】

『ナニい!!?』



蛇と小鳥の乱闘が始まった。



青柳は、とりあえず赤ん坊を抱えた。

赤ん坊は青柳に素早くよじ登り、肩車の態勢をとる。





(今、ラユシュって言ったな…)





赤ん坊の尻からぶりぶりと音がした。





(ジジイが今度は赤ん坊に?)





おしめからする脱糞の気配。





(意味わかんねーなぁ)



(鬼に喰われちまったくせに)







乱闘をする蛇と小鳥を、むんずと灰色の手が掴む。

灰色の鬼が立っていた。

黄色の目をしたその鬼は、15才くらいの少年の背丈。

青柳より少し大きな鬼。

灰色の肌と灰色の一本角、頭には波打つ灰色の髪。

その肩には、頭の大きな赤いトカゲが一匹。

黒朗は、青柳を見ると首を傾げた。



『…アオヤギ、どうして泣いているんだ?』

「うう…るせ…」



青柳は、ぐいぐい目を腕でこすりながら赤いトカゲを指差す。



「それなに」



『…ジンヤだ。』

「あそ」



こくりと頷く黒朗。

赤いトカゲが声を上げた。



「ちょっとおおおー???!!それだけー??あの美しいアタシがこんなんになちゃったのよおおお?!世界の宝が失われてしまったのよおおおおお??」

『…仕方ない。ほとんどの部分が死んでしまっていたからな。』

「ああんッ!主様~、そうですけど~、悲しいんですう~、アタシ~」



黒朗の首に身体をすりよせる赤いトカゲ。



『…辛抱しろ、そのうち大きくなる。』

「ああん!!や~さ~し~い~!!」



トカゲは身もだえて、口からホウッと小さな火を吹いた。

青柳は、突っ込もうと口を開けて、出来なかった。




「あああ、わあああーーーーーーーッッ!!!」





青柳は、声を上げて泣き始めた。

青柳の泣き声に、赤ん坊もつられて泣き始めた。



異形たちは、固まった。



『…ア、アオヤギ?』

【どうしたの青柳…君が泣くと僕も泣きたくなっちゃうよ~】

『泣くな小童、おしめだ、おしめを代えろ。バケモノ!』

『…おしめ?おしめ……、?……アオヤギもか?』

【ブッ殺すぞ、鬼イイイイイ!!!】

「あ~、もう、う~るさ~い」





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