第27話 灰色の髪の少年
グルリと天に向けて曲がる、太く大きな角。
黒い巨体の牛のような獣は、人間のような顔をしていた。
あたり一帯に倒れた数十頭の魔獣の群れは、黒く染まる地面に、黒灰となって消えた。
残ったのは、1つの影。
黒い腕にある細い銀色の腕輪が、砕けて消える。
それは、小さな神がくれた神具。
黒鬼は、黒く、赤く染まっていく足元を見つめる。
『………。』
ふと、空を見上げた。
空に浮かぶ白雲の影から、黒と白のまだらな大虎が、
あざやかな黄緑色に散らばる、赤や黄色に、群青の目。
それが、黒朗を見ていた。
[黒いヤツなんて、ここにはいないぞ]
向かい合う黒朗が小人に見えるほど、巨大な白虎が、焦げた毛皮を嘗めながら言った。
地上から雲海にやって来た鬼は、やけに熱かった。
叩きのめそうとすれば、肉球が熱くて、
喰らおうとして、舌が熱くて、
そして、その鬼よりも小さな鳥が、突っ込んでくるのだ。
眉間や、喉や、心臓や、脳天や、米神を鋭く突いてくるのだ。
泣き出したり、失神したりする者も出る始末。
白虎たちは、早々に、珍入者たちに降参していた。
というか、嫌になった。
今は、どっか行けの体で、背を向けたり、毛繕いをしている。
だが、めったにこない客の言葉に耳をそばだててもいた。
雲の上の、白虎たちの縄張りに入ってくる者など、ここ500年いないのだ。
灰色で黒いそいつの話を聞いていると、昔ここにいた虎にもらった毛で、服を作ったらしい。
確かに、そいつが着ている服からは、虎の匂いがした。
だが、黒い。
ここにいる虎は皆白いのに。
[…そいつはきっと、アルシャンだ。]
一体の白虎が、伏せていた身体を起こしてそう言った。
[アルシャン?誰だそれは?]
[ああ、そういえばいたな。…いつも独りだった。]
[つまり、おまえは、私たちの毛が欲しいというのか?]
[まあ、そのボロはひどいしな]
[あげてもいいぞ。私たちの毛なら、もっと立派で美しい服が作れるだろう]
[いいだろう、仕方がない。]
[その代わり、地上の土産を持ってこい。]
[我らにふさわしい、美しいモノだ。]
[珍品をな。つまらんものでは承知しないぞ。]
『…おまえたちの毛は質が悪い、いらない。』
寝そべってわめいていた白虎たちが、一斉に身体を起こした。
その目は瞳孔が開き、喉の奥から唸り声が。
彼らは、毎日毛皮の手入れをしていた。
大切に、それはもう念入りにだ。
雲のように真っ白な、太陽の輝きを持つ毛並みは、彼らの一族では、序列の一端ともなる重要な
(((それを、このチビは何だってッ??!!)))
『…仕方ないだろう…弱いモノの毛ではダメなんだ。アルシャンは、どこにいったか知ら、話を、はぁ、困ったな…』
『よいな、よいな、可愛い猫ども。こっちだぞ、キヒヒヒ!』
虎たちの拳を避けて逃げる黒朗の頭の上で、灰色の小鳥が嬉しそうに嘴を鳴らした。
あごのあたりまである灰色の髪が、歩くたびに揺れる。
少年…ルウスは、赤紫色の目を細めて、笑みを浮かべる。
その手には、淡い紫色の花束。
石畳の道を軽やかに歩く。
「ただいま戻りました。」
青い屋根の石造りの家が、ルウスの家だ。
扉を開けると、男が立っていた。
足首まである裾の長い、黒色の服を着た男が、焦げ茶色の目を細めた。
「遅いぞ、ルウス。」
「ごめんなさい、父さん。」
厳めしい顔をした男は、ルウスの手が握りしめる花束を見た。
「何だそれは?」
「キレイだったから、神様に持っていこうと思ったんです。いつも守ってくださる方が」
「余計なことはするな。」
花束は、床に叩き落とされた。
「おまえはただ、私のやっているとおりにすればいい。それ以外は何もするな。」
「はい、父さん。」
ルウスは、少し笑ってそう答えた。
ルウスの父、ダガコは、猛々しい峰が続く永久雪山に四方を囲まれた、タラマウカ・ヒラクの国長の息子だ。
女神タラを祀り、民を導くという仕事をしている。
いつも厳しい顔つきの、鋭い目、恐がられることが多いが、優しいところもある人だ。
ルウスは、父を誇りに思っている。
ルウスは、手早く、父と同じ黒色の祭儀の服に着替える。
今日は、月に一度ある、女神タラの祭儀の日である。
明るい水色の馬に乗り、父と共に、街外れに広がる草原へ向かった。
広がる草原に、ひとつ。
小さな白石造りの神殿。
古くて、大男が体当たりしたら崩れ落ちてしまいそうな、女神タラの神殿。
ルウスは、神殿の向こうに視線をやった。
白い雪に覆われた山々、そして、その足元に広がる黒い森。
何か、黒いモノが動いた。
ルウスは、懐に手をやる。
忍ばせた、淡い紫色の花束。
自分たちを守ってくれている、神様。
(あなたに感謝します。)
(あなたの心が、少しでも、あたたかくなりますように。)
ルウスは、その淡い紫色の花束を、神殿の中にある、ぽっかり空いた穴に、こっそりと落とす。
穴は、祭儀が終わると、重い石版で塞がれた。
草原の向こうから、低い、雄叫びが聞こえた。
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