第3章 死面の篝火

第50話 蒔く

青空の下、ひょこひょこと、ひっくり返った籠が動いている。

籠の下には、亜麻色の貫頭衣。

その長身の脛まであるそれからは、青黒く緑がかった手足が伸びている。

腰に巻き付く黒い茨のような帯が、ふよふよと宙を漂う。

裸足で歩くその異形の人物の後ろ姿を、小さな子供は目を皿のようにして見上げていた。

赤茶けた黒髪と黒い目、薄汚れた茶色の外套を羽織っている。外套から見えた片足が外側に曲がっている。

少し傾いた身体を、手に握る小さな杖が支えている。



「まもののひとだ。」



籠ーー麦藁の帽子をかぶった人物、

サーチャーは、ちらりと後ろを振り返った。



帽子が前にずれ落ちそうになって、青黒の長い指で直す。

子供の位置からさらに後ろ、異形の魔物たちが建物の影からこちらを伺っているのが見えた。

悪鬼の形相でサーチャーに近づく子供を睨み付けていた。

そんな魔物たちを、剣槍を持った黒服の人間たちが見張っている。



「まもののひとに、ちかづいたらだめなんだ。たべられちゃうからって、かあさんがいってた。」



子供の言葉に、黒くて深い水底のような目を細め、サーチャーは前に向き直り、また歩き始めた。

子供もサーチャーの後ろを、外側に曲がった片足を引きずりながらついていく。

子供の歩みは遅く、時折もう片方の足で地面を蹴りながら、大柄なサーチャーの歩みについていく。

片足の不自由な子供ではあるが、大きなサーチャーの歩みに付いていくことは難しくはなかった。

サーチャーの歩みは、とてもとてもゆっくりなのだ。

サーチャーの足元を通りすぎる、小さな小さな蟻のほうが、サーチャーよりも速いくらいだ。



「おじさんは、おうさまのけらいなんだよね。」

『ⅨЮδЮδΗⅧ…!』



息を弾ませながら言った子供の言葉に、サーチャーは鼻息を吹き出した。

薄暗い光を帯びたそれを、乾いた風が奪っていく。



"おうさま"とは、あの黒のことか?

"けらい"というのは、己のことか?



否である。



サーチャーは"けらい"ではない。

やむを得ず、ヤツに従っている悲しい立場なだけである。



「おうさますき?」



サーチャーは、黒い目をかっぴらいた。



『ーーーーⅨЮ??!』



たいへんな侮辱である。



サーチャーの身体が怒りでブルブルと震える。

薄暗い螺旋の光が、ゾルリと青黒い身体から頭を出す。

あの黒は、サーチャーを溶かし、潰し、下僕にして、自由を奪った憎き怨敵である。

そんな相手を好きかだと?



許されない侮辱である。



この人間の子供め、潰して魔物たちへの手土産の肉にしてやろうか……



サーチャーは、後ろを振り返ろうとして、

ざっと、吹いた風に混じる灰塵に眉根を寄せた。





…ダメだ。

















サーチャーの主となった、黒は、サーチャーと魔物と人間たちに言った。

焦土となったこの地に国を造る、

黒が、その国の王となる、と。

そうすると、黒の眷属であるサーチャーと、サーチャーを慕う魔物たちも国民という者になるらしい。

そこまでは、まあいい。

今は仕方がない。

黒に奴隷とされた身、いつか必ず黒を潰して自由になってやるが、今はおとなしく従っておいてやる。

それに魔物たちにも住処が必要だ。

暗い地底ではない、明るい地上に住処ができることはとてもいい。

だが、後から姿を現した人間たちまで共に暮らすという。

それは、一体どういうことだ。

人間を喰らう魔物の前から逃げ出しもせず、この地に留まるなど正気ではない。

喰らう者と、喰らわれる者、それだけではない。

人間は、サーチャーと魔物たちを、300年間地底に閉じ込め、地上を謳歌してきた怨敵だ。

今も見てみろ。

黒が垂れ流した狐遊びの記憶と、元凶の黒がいるせいで、震えてはいるが、魔物たちと人間たちは睨み合っている。

昔と変わらない。

ヤツは、国という壺の中で、魔物と人間の殺し合う姿を楽しむつもりか?

それもいい、望むところ。

最高に残酷に殺しつくしてやる。

そう思っていた時、

黒が、片足を浮かせて地面を打った。

轟音と共に、黒の背後で火柱が上がった。

次々と空へと噴き出した火柱は、遠くの山際に頭を叩きつけて、赤い川のように地面を這い始める。

そこらで寝そべっていた白い神獣どもが起き上がり、

火柱にのそのそと近づき、手を突っ込んで悲鳴を上げている。

バカなのか?

黒は、悲鳴を上げる群衆を、黄色い目玉で見渡し言った。





『喧嘩をしたヤツは、灰にする。半分。』



「「「「「?!!」」」」」





あの頭に流れ込んできた青狐の殺戮風景が思い浮かぶ。

黒のあれは、かなりの威力がある。

サーチャーなら自力で復活できたが、他の生物にできるか?

生命力の強い魔物でも無理だろう。

人間など死ぬしかない。

あたりが静まり返っていた。

大地が唸り、火柱が噴き出す音だけ。

見回せば、魔物も人間も微動だにしない。

枯れ木のようだ。

生気がない。

動かなくなった魔物を押すと地面に倒れた。

倒れた魔物は、奇声を上げた。

他の魔物たちも叫び出し、人間たちも目と鼻から水を出しながら叫び始めた。



『死にはしない。1週間で元通りになるような道具をゾフタルキタがさっき造った。…治るまでは溶岩の川に入っている感じがするだろうが。』



赤石のついた銀色の輪を持つ黒の頭の上で、灰色の小鳥がトピキュ!と鳴く。

人間の群れから、神よ!と声が上がった。

大柄な男が目と鼻から水を吹き出し叫んでいる。

灰色の小鳥が嫌そうに顔をしかめている。

つらつらとあたりを眺めていると、黒の黄色い目とかち合った。



なんだ?



『魔物が問題を起こした場合は、連帯責任だ。毎回サーチャーも半分灰にする。』

『ЮΘⅨ?!』



意味がわからん。



魔物たちが絶叫した。

黒に飛びかかり始めて、次々と彼方へと殴り飛ばされている。













サーチャーは、急いで暴れ出ようとした薄暗色の螺旋な力を引っ込めた。

慌てて後ろを振り返ってみたが、子供はサーチャーをぼーっと眺めて突っ立っている。

まだ潰していなかったようで、安堵する。

子供が、あ!と声を上げた。

なんだと問うサーチャーの黒い目を、子供が見上げる。



「きらいだけど、おえらいさんにはさからえん、ってやつだ。とうさんがいってた。」

『ΘⅩ……』

「あんなおおきなきつねやっつけちゃうんだからしかたないよね。みんなおそろしい、こわいって。でも、おうさまつよいしかっこいいとおもう。」



サーチャーは、黒い目を瞬かせた。

あの黒が魔物や人間にわざと垂れ流した狐殺戮の記憶は、生物ごとに見える加減がされていた。

魔物と人間、強者と弱者、流し込まれた記憶は違う。

けれど心身の弱い者、子供にとっては、それでもなかなかの凄惨な記憶だったはずなのだ。

それなのに、この子供は気にもしていない。

サーチャーは鼻を鳴らした。









サーチャーが踏みしめた地面から、植物が生える。





うねうねと伸びる、紫がかった青葉の植物からは、赤や、青や、緑や、紫や、白い色の花が咲いた。

子供は、あちらこちらと、サーチャーの通り道に生えた草花にきょろきょろと首を伸ばす。



「おじさん、くろいのは?おうさまのいろのはなはないの?」

『?』

「つくったら、おうさまよろこぶよ。おえらいさんにはこびうっといてそんはないぞって、とうさんがいってた。ごほうびとかもらえたりするんだよ。ぎんかもらえたり、おにくとか、おさかなとか、あまいおかしとか、きっとおうさまもくれるよ。」



そんな黒を思い出させる不愉快な存在、誰が造るものか、とサーチャーは薄暗色の鼻息を吹いた。



青緑の葉を伸ばして草花は、灰色の塊に絡み付く。

光る砂粒が交じる灰色の壁の建物。

黒が出した火柱が固まってできた灰色の岩石を、魔物と人間が切り出して建てた家だ。

四角、長方形、山型と、建物の形も、高さも大きさも異なる。

大地に、灰色の石柱群が立っているような光景となっている。





どん!と音がして地面が揺れる。





ぞったん、ぞったん





何かが近づいてくる。

道に手を伸ばしていた草花が、後ろへと後退りする。

サーチャーの進む先、目の前の通りに、黒が姿を現した。

すたすたと歩くその左手には、黒と紫の鱗を持つトカゲ型の魔物を、右手には焦茶色の髪をした若い人間の男を掴んでいた。



【離せッ!ジャージィカル!この人間喰ってやるッ!!】

「離せよッ!このトカゲヤロウを八つ裂きにしてやる!!」



魔物の振り回す尾を避けながら、人間の男も魔物に向かって拳を蹴りを繰り出す。

が、その度に黒が絶妙な距離を作るので、お互いにぶつけられるのは罵詈雑言だけである。



【毎日毎日オレのこと付け回しやがって!!気持ち悪いんだよクソがッ!!】

「道端でヨダレだらだら流しながら、人間見やがって、気持ち悪いんだよ変態魔物野郎がッ!!」

【ああッ?!】

「アアッ?!」



サーチャーは黒い目を瞬かせた。

魔物たちと人間たちは、お互いに言葉が通じていないようだったが、こいつらはちがうのだろうか?

いや、それはいい、問題は黒の前で晒している騒ぎだ。



喧嘩じゃないか?



喧嘩は、まずい、サーチャーの身にも災いが降りかかる。黒が立ち止まり、サーチャーの方を向いた。



【サーチャー!!】



サーチャーに気付いた魔物の顔がパッと輝き、そしてしまったッ!という顔になる。

サーチャーのずっと後方にいる魔物たちの姿を見てのけ反った。



【ちッ!ちがうッ!!ちがうんですサーチャー!!オレ、人間に手を出そうとかしてないんですよ!!そんなことしませんよ絶対にしません!オレのせいで、クソジャージィカルがサーチャーに酷いことするなんて絶対に絶対に許せませんもん!!ただちょっと見てただけなんですッ!!あの肉旨そうだなッて!!】

「死ねトカゲ野郎!!」



魔物の顔を蹴ろうとした人間の男の足に、

人間を叩き斬ろうと硬化した魔物の尾に、

青緑色の葉枝が絡み付く。

みるみる繁り、魔物と人間の身体を覆う。


いくつも、いくつもの花が咲く。


咲いては、枯れて、実を造る。


膨らませる。


ぼんぼんと、つやつやとした、

薄暗色の瓜が成る。



『ЮⅥⅨⅡ』



魔物の腹の上になった実をサーチャーが指差した。



【え、え?】

「なんだこれ」



戸惑う魔物の横で、人間の男が転がる実をもぎ取り匂いを嗅いだ。

ちょっとかじった。



「ウおえげオエエーーーーー!!」

【オマエーーーーーーーーー!!】



顔を歪ませ吐いた人間に、魔物は激怒した。

サーチャーは、ふむと頷いた。



【サーチャーが造ってくださったモノになんてことを!!】



魔物は人間の投げ捨てた実を慌てて拾う。

そして、ためらいながらもかじりついた。



【………………】



しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく…



【………………】



魔物は、すべて食べきった。

食べきると、他に成った実をもぎ取りまた食べ出した。



【…うまい!うまいです、サーチャー!!】



顔を輝かせる魔物に、サーチャーは、またふむと頷いた。



『ⅧⅥЮⅡⅨΗ、ⅩⅡЮⅨⅧⅩΗΗⅥЮ、ⅧΘⅡⅨⅩΗⅧδЮ、ΘΘЮⅨⅧⅥЮⅡⅨ、ⅧЮⅡδΘЮⅡⅡ…』



サーチャーの言葉に、魔物と人間は首を傾げる。

小さな者たちには、今のところサーチャーの言葉は通じない。

例外の黒が、手にとった実を見ながら、サーチャーの言葉を訳した。



『これは魔力を含んだ実だ。これからは人間ではなくこれを食べろ。人間よりも栄養がある。国中に生やしてやる。人間の家に植えておけば、腹の減った魔物は人間ではなくこの実に飛びつくから争いも起きない、とサーチャーは言っている。』

【そうだな!そうするよサーチャー!これは最高だ!人間なんかよりうまいし力がみなぎる!オレ、本当はちょっと人間食いそうだったけど、もう大丈夫だ!みじめったらしい姿を晒すこともねぇ!ありがとう!サーチャー!!】



黒がサーチャーに命じた魔物たちの食糧ーー人間を食べる必要がなくなるモノーー、とりあえず造ってはみたが、上手くいったようで良かった。

サーチャーへの半灰刑は有耶無耶になりそうだ。



「へー、そりゃいいや。」



魔物の様子を見ていた人間の男が、黒の言葉を聞いて、ゴロゴロと成る実をもぎ取った。



「これ、土に埋めればすぐ生える?」



サーチャーを見て尋ねた。

サーチャーは頷いた。



「じゃあ、そういうことなら、さっそく植えちまう!ヤツラが我慢できなくなる前にな!!」

「そうだな!」

「もらってくぜ!」



サーチャーたちの様子を伺っていた人間たちが集まり、実をもぎ取り駆けていく。

せっかちな人間たちだとサーチャーは思った。

待っていればサーチャーが街中に生やしていくのに。



"王"となった黒は、サーチャーを"農工大臣"という者に任命した。

そして、この国に住む者たちの食糧をどうにかしろと言った。

サーチャーから涌き出る生物に目を付けたらしい。

迷惑である。

サーチャーは、喜んだり、走り回ったりする魔物と人間を眺めた。













「お」



薄暗色の実は、土に埋めればすぐに芽を出し、家々の壁に伸びていった。

わっさわっさと繁り、ぽんぽんと成った実は、

夕暮れに、ぼんやりと光を放ち始めた。



「きれいね」



淡い月色の光に、人間たちは微笑む。



【地底の灯に似ているな】



魔物たちは囁く。





造りかけの不恰好な街を、点々と灯した。















なんだあれは?







サーチャーは、寝床にしている山頂から見えた街の様子に驚いた。

サーチャーは、あの植物にあんな能力を付けてはいない。



サーチャーは、街の中で光っている実に目を凝らす。

薄暗色の実に、赤金色が花びらのように散り落ちている。





火の気配だ。















街の真ん中に、ひときわ高い灰色の建物がある。

黒が出した一番高い火柱が固まった岩山だ。

そこのてっぺんに空いた穴に、サーチャーは降りたった。

灰色の山先を8本の灰色の柱が支えるだけ、壁もなく、足を踏み外せば真っ逆さま、地面に潰れ落ちにいける空間。

そこにぽつんとある、赤い布がかかった椅子に黒は座っていた。



黒は、足を組んで頬杖をついている。



なんだ?

なんでそんなに目を細めているんだ?



黒だから、黄色い目玉がないと顔が無くなったように見えるだろうが。



なんだその顔は。



王の練習?



昔見た人間の王がそんな感じだっただと?



椅子が薄暗色の螺旋に包まれて、縦へ横へと伸びてプツリと消える。



椅子がなくなり突っ立つ黒を、サーチャーは見下ろした。

そして、初めて自分で考え造ってみた作品を、横暴で極悪なイカレ野郎に汚されて、いかに傷ついたか、ソイツをぎゅうぎゅうに絞り殺してやりたいかを語った。



黒は、黄色い目玉でサーチャーを見上げた。



『人間は魔物と違い夜目が利かないから便利だろう。魔物だけが得をする実というのもよくない。』



サーチャーは鼻を鳴らした。



魔物に喰われなくなるだけでも最高だと思うがな!

欲深な黒め!人間め!











まあいい。





魔力の実、あれは魔物たちの飢えを満たす。



だが、それだけではない。



魔物たちの身体を変えていくのだ。



黒との戦いの時は、サーチャーの力が魔物たちの許容量を超えて死にかけたが、この実を食べれば少しずつ強くなっていける。



時間はかかるだろう、だが長命な魔物たちにはそんなもの関係ない。



力を得た魔物たちと共に、いつの日にか黒を倒してやるのだ。





















今日もサーチャーの後ろを子供が付いてくる。



動かない足を引きずりながら、時折もう一方の足で跳ねながらやって来る。



サーチャーの造り出す植物たちを、食い入るように見ていた。

後ろで、魔物たちがギリギリと歯軋りしながら、子供を睨み付けている。



サーチャーは、街の周りの土に、植物を造り植えた。

魔物も人間も口にできる、野菜や果物を造り植えた。



その横で、



魔物たちは畑のために水路を引く。

山から持ってきた腐葉土を撒く。

植物を食べる害虫を捕獲して、喰った。

サーチャーの作業を手伝った。



それを見ていた子供も作業を手伝うようになった。

魔物たちには煙たがられていたが、体力自慢の魔物と比べたら、塵のごときな活躍だったが手伝った。

魔物たちが、昼飯に旨そうにかぶりつく薄暗色の実を見て、子供もかぶりついて、吐く。



毎日毎日、子供はやってくる。









『いいのか?』



そう言った黒の視線の先を見た。

繁る植物に頭を突っ込んでいる子供がいた。

側にある大きな籠の中で、虫がギチギチと鳴く。

害虫の捕獲をしている子供の背中には、剣が括られていた。

小さな子供には大きすぎるそれを、いつも身に付けていた。

初めて会った日から、背負っていた。

子供は、戦士という人間ではない。

使い古された鞘に収まる剣は、サーチャーに敵意を持つ人間たちに持たされたものでもないようだった。

魔物たちが剣を取り上げようとした時、いつもぼーっとしてる子供が獣のように暴れて抵抗した。

子供にとって剣は宝のようだった。

子供の言っていた"とうさん"と"かあさん"は、一度も姿を現さない。


あの日、


サーチャーと魔物たちが地底から解放された日、


魔物たちに殺されたのか?


破壊されていく建物の下敷きとなったのか?


裂けた大地にのみ込まれたのか?


それならば、サーチャーと魔物たちは許せない敵だろう。




青黒く緑がかった唇が、弓形になる。



おもしろい



サーチャーは笑う。



復讐が、


憎悪が、


憤怒が、



共にあること、



それはサーチャーにとって、ごく自然なことなのだ。





『そうか。』





黒は、サーチャーを見て頷いた。



立ち去る顔には、何の感情も浮かんでいない。



サーチャーよりも、長く生きてきた黒。

破壊と死を連れ歩き、憎悪と悲鳴を引き起こしてきた災厄。

そんな黒が国を造る。

黒に仲間を住処を奪われた復讐者マモノたちを国民とするという。



狂気の沙汰だ。



たかが人間の子供、気にするはずもない。













昼飯時、魔物たちは畑から野菜や果物を山ほど採ってきて、騒がしく食べていた。

薄暗色の実も山盛りにある。

少し離れたところに座る子供のその手にも薄暗色の実があった。

青い顔で震えながら、噛もうとして、顔を背けて、噛もうとして、顔を背けてを繰り返している。

サーチャーは草むらでゴロゴロ転がりながらその様子を見ていた。



よくやるものだ。



人間の口には合わないように造った。

食べ過ぎれば毒となるというのに。



あれは魔物たちのために造ったのだ。

魔物たちの敵である人間のためではない。

愚かで、弱くて、騒々しい、

サーチャーの大切な者たちのために造ったのだ。







サーチャーは目を閉じた。





『δⅥ…?』







ふと目を開けたサーチャーは、視界に入った子供を見て固まった。

子供の手の中にある薄暗色の実が、3分の1ほどになっていた。

しかも、子供は実に美味しそうに食べている。

凝視するサーチャーに気付いた子供が、実を抱えてサーチャーの元に駆けてきた。

サーチャーは、顔をひきつらせた。

子供の曲がっていた足が、まっすぐとなって動いているのだ。





「おうさまが、まずいところをけすっていってた。けすのはとくいだからって。まずいとこきえちゃった。」





なに?





「これたべると、すごいげんきになる…」






なんてことをしやがった、あの黒めッ…!!






そういえば畑からいなくなる前に、子供の前で止まっていた、あれだ!

魔物たちの実だ、それを人間に、憎き人間が食えるようにしただと?!

怒りの声を上げようとしたサーチャーは、目の前で立ち止まった子供の顔にギョッとする。





「うごいてる」





目から鼻から水が流れ出していた。





「うごいた、あし、はしれた、はし」





サーチャーや魔物たちが、いくら邪険にしようとも出さなかったのに。





「もう、おんなじッ…!みんなとおなじ!」





見上げてきた子供の黒い目が、降り注ぐ日の色に輝く。



どこかで見た色、



どこで見た色、



振り向いた先にあった…





『……………』





跳び跳ねる子供の背中で、大剣が音を立てて揺れる。







サーチャーは鼻を鳴らした。







まあ、いい。



生きるには力が必要だ。

人間も同じこと。



魔物たちは強く、人間たちは弱い。



同じ国に住み生きるならば、

対等に生きようとするならば、





いいだろう



嫌いではない。







夜の闇のなか、

ほのかに光る実の周りで、



魔物が踊り、人間が踊る。





踊れ、踊れ



剣を、槍を、暴力を持って



踊るがいい、



災厄の王の国に相応しく。









楽しく眺めてやろうではないか。





サーチャーは邪悪に嗤った。























サーチャーは畑に向かって歩き始めた。



青や赤、桃色の葉の植物たちが、さわさわと揺れ動く。



畑の周りを子供は駆けた。

魔物たちの周りを子供は駆けた。



立ち止まって息を吐いた時、子供は、まっすぐとなった足のくるぶしに、ふわりとした緑色の毛が少し生えているのに気付いた。









『この実にはサーチャーの力が入っている。食べれば人間も魔物たちのように強くなるかもしれないが、魔物たちのような異形の姿になるかもしれない。それでもいいのか?』





一本角の真っ黒な生き物が言った。





「たべるよ。つよくならなくちゃいけないんだ。とうさんがいってた。つよくなれって。」



『強くなって、どうする?』



「……………………わからない。でも、やっぱり、いきたいんだ…。」





歪む顔から滲んだ涙を、黒い指が消した。



















遠くに見えた黒い王の姿に、子供は立ち止まって手を振った。

黒い腕が、伸びて返した。



子供は走ってサーチャーにたどり着いて、また駆けていく。






















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