第4話  1泊め 修道院

 ルッキオはカメの甲羅の上に足をのせて、少しまどろんだ。

 馬車はサーシェルの首都を離れ、魔王領へと馬を進めている。


「魔王の砦城までは3泊4日を予定しております」

 

 護衛の騎馬隊隊長は、計画は綿密にたてる派とみた。

 ガリ版刷りの旅のしおりを、ルッキオに進呈してくれた。


 ちょびヒゲが強そうなのか、弱そうなのかわからない感じの男である。

 名前を教えてくれたが、ルッキオが覚える必要もないだろう。魔王の城へ着くまでの縁なのだ。


(〈ちょびヒゲ〉でいいや。いや、まさか本当に、そうは呼ばないよ)


 それによると、1日めの宿は修道院だった。

 『 ここで神官と合流する 』と旅のしおりに書かれていた。




 1日の終わりに乾いた砂ぼこりをあげて、馬車は修道院の敷地に留まった。

 数時間ほどしか馬車に乗っていないのにルッキオには、もう十分だと思えた。


 石造りの修道院から、「これは。これは。第6王子。このたびは」と、白いヒゲのおじいさんが、ななめって出て来た。

 杖代わりに少年が支えていた。


 大丈夫かな。老体に馬車の旅はきつそうだ。


「明日の出立は早いですよ。日のあるうちに次の宿場に着きたいので」

 ちょびヒゲが、きびきびと兵士を動かしている。 


「あー」

 ルッキオは修道院の玄関口で、ぬるい声を出した。


「……」

 ルッキオの従者、ナーソーの反応がにぶい。


「あーの、さー」

「はい?」

 従者は、『はい』の語尾をあげるのが癖だろうか。


「ぼくは、どうしたらいい?」

「呼ばれるまで待ってましょうよ。今、まわり、忙しそうでしょ」


「ナーソー、お前は手伝わないの」

「王子をお守りしているでしょう。身代金狙いの賊から」

「その話、まだ続いてたの」


「それにしても、このあたりは魔王の軍が侵攻したと聞いていましたが、どうにか、修道院は破壊工作から逃れたようですね」


「傾いてるけど」

「それは魔王軍が侵攻してくる前からです」


 そうだ。年の瀬に魔王軍は行軍してきたのだ。

 吹雪の山脈を越えて。

 大晦日おおみそかの〈王室主催紅白合戦〉に浮かれていたサーシェルは、完全に油断していた。そんな凍える季節に、魔王軍が進軍してくるなんて誰も思わなかった。

 吹雪にではなく、魔王軍にふるえることになった。

 ちなみに、今年の〈紅白合戦〉の勝者は紅組だった。


「たしか、魔王との一戦でサーシェルの辺境伯が一刀の元、たたっ切られたんだっけ」


 大将を失ったサーシェル軍の兵士は、無象むぞうと化した。

 王道の作戦だと思う。魔王軍は自国の兵士の消耗を最小にとどめ、サーシェルの民間人を戦闘に巻き込まなかった。


 あのときは、魔王軍が首都まで進軍してくると、王宮はハチの巣をつついたような騒ぎになった。貴族の中には、金目の物を持てるだけ持って家財を打ち捨てて逃げ出すものもいた。

 だが、魔王軍は進軍して来ず、休戦を持ちかけて来た。

 もちろん、属国になることが条件だったが。


 そして、ルッキオが差し出されるにいたる。



「第6王子さま、食堂にお越しください」

 夕食の用意がととのったのか、さっき、神官を支えていた少年が、ルッキオを呼びに来た。


 食堂では、「育ち盛りの第6王子には、修道院のメニューなど、物足りぬかもしれませぬが」、白ヒゲのおじいさんが、謙遜けんそんした。


「この丸パンは大蒜にんにくの風味をきかせております。

それから、白いんげんと春野菜のスープ。白いんげんは、たっぷりの水に8時間つけておくのがコツでして。玉ねぎのタルトは、アワジ産の新玉ねぎの甘さを余すところなく活かし。チーズは昔ながらの製法を守ったもの。その触感は、むっちりと。ミルクの旨味が、たっぷりでございます」


 食通かい。



 みんなそろって長テーブルにつき、お祈りをすませて食事となった。


「クセもないし塩味えんみもマイルド。いや、絶品」

 ルッキオのななめ前の席に座った役人が、チーズを賞賛した。


 こんな片田舎に来るのに、彼はスーツスタイル公務員服だった。髪は、きっちりと七三分けだし。

 名前は何だったろう。ルッキオは覚える気がない。


(〈しちさん君〉で、いいと思います)




 こうして、1泊めの夜は更けた。

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