第2話  従者、ナーソ―

 魔王領に旅立つルッキオの支度は、すぐにできた。

 貴族の子弟が入る学舎寮で暮らしており、実家というものもなく、荷物は身一つだった。

 13年ごときの人生で言い切りはしないが、物も思いも持ちすぎると結局、自分の首を絞めることになる。そう、ルッキオは思っている。

 

 そして、第6王子の準備はできているのに出立が延びたのは、誰が同行するかで、もめたからだと聞いた。最後には、くじ引きで決めたとか。それなら、恨みっこなしだ。いや、己のくじ運のなさを呪うのかな?


 魔王領へ発つという前日には王宮で、それなりの壮行会が開かれた。

 兄王子5人、姉姫3人、そろって会うのは、父王の誕生会以来だ。あと、王の側女の腹に弟か妹がいる。

 側女は、ルッキオにもやさしくて。

 赤ん坊の誕生を、けっこう楽しみにしていたのに、もう会うことはないだろう。

 死ぬと決まったわけではないが、死にそうな気分には、まちがいない。


 魔王は残忍だという。

 裏切った者は許さないという。

 魔族の国は科学と医学が格段に進歩していて、それでいて、原始の超自然的なものも尊ぶという。

 満月の夜に、獣に変貌するという。


 最後のは都市伝説っぽい。

 



 出立の日は晴れていた。


 


「ぼくなら、島流しを選ぶけどなぁ」

 走り出した馬車の中で、ルッキオは、そのままを従者に言ってみた。


 従者は、ルッキオの従者であるから、いっしょに4頭立ての馬車に乗り込んでいる。

 ルッキオの真向かいに座っている。

 やせているから体重も軽いのだろう。

 馬車の微振動に、やけに反応する。

 年寄りと呼ぶほどでもなく、壮年というほどの覇気もない。


 従者は、小さな目をしばたたかせた。


「……島流しの地は北の孤島だったのですよ。夏も溶けることがない氷に閉ざされた島。それに比べれば魔王の国は南にあり、冬も氷点下にまで気温が下がることは稀なのです」


 寒がりかい。


 馬車に乗る前、従者はナーソーと名乗った。

 きのこのような髪型は聖職者のようだった。

 小鉢でも持たせれば、托鉢僧でもいけそうだった。


「不敬罪で謹慎処分をくらったって聞いたけど、何をしたの?」

 ルッキオは屈託がない。


「『 王の足のウラは臭い 』と、超古代文字で王宮学院の柱に書いたのが、わたくしだとばれてしまって」


 あれ?


「読めるやつなんていないだろうと思ったら、王立大学に飛び級で入った新入生が読んだらしく」


 あれ?


「口伝えで誰かから誰かに伝えられ、ついに王の知るところとなり。超古代文字担当は、わたくししかいませんでしたからね。王の個人情報も知り得る者は限られておりましたからね。そのうえで、超古代文字を極めているのは、わたくししかいませんでしたからね」


 黙っているルッキオを、ナーソ―は、じっと見てくる。


「それ、かなぁ」

 ルッキオは自覚している。屈託がない。

一昨年おととしの暮れ、王立大学の試験を受けたら受かってしまって」


「――20年振りの賢聖グスタフの再来かと教諭陣が騒めいておりました。そう、あなたでしたか。第6王子よ」


 きのこ頭の従者は、目を細めた。


「ただ、正しくは『 王のアシのウラ 』ではなく、『 王の●●● 』とわたくしは書いたのですよ」

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