第6王子と御一緒に!

ミコト楚良

砦城へ

第1話  第6王子、生贄になる

 深い谷にわたした城門の跳ね橋を渡ったら、そこは魔王アラスタインの砦城だ。

 サーシェルの第6王子の一行は、広間へといざなわれた。


此度こたび、サーシェルに示された魔王さまの恩情、天よりも広く、海よりも深く、しもべは伏して、その御代が永く栄えますことを祈り、わがサーシェルの血筋を参らせたもう。魔王よ」

 

 謁見えっけんを許されたサーシェルの神官が寿ことほぎを述べる。


 この大陸には、魔族を束ねる魔王アラスタインがいた。

 人とは異なる種を持つ貴種、どのようにあらがおうと人は勝つことはできなかった。

 ゆえに人は、おもねることにした。

 従属に、なりさがることにしたのだ。


 さきほどから、ルッキオは低く頭をたれたまま、よく磨かれた石の床に移る己の姿を見ていた。

 白い乳色の肌。三日月の眉。短めの胡桃色くるみいろの素直な髪。

 本当なら、ここにいるのは異母姉いぼしのルクレティアのはずだった。




 それは、1カ月ほど前のことになる。

 大陸の山間の小国、サーシェルは魔王から休戦の条件を提示された。


 『王家の血を引く者を魔王領へよこすこと』。


 上品な文言もんごんでしたためられていたが、『人質をよこせ』ということだ。


 まず、年頃だった姫、ルクレティアの名が挙がった。

 しかし、ルクレティアは「魔王の下に行けと仰せなら、死にます」と城の2階のベランダに飛び出し、優美な回転体の形状をとる手摺子てすりこ欄干らんかんに片足をかけた。


(そんなところから落ちても、よっぽど打ち所悪くなきゃ死なねぇぞ)

 その時、その場にいたルッキオは心の中で舌打ちした。


 結局、父王は異母姉いぼしルクレティアの嘆きに心を動かされ、その人質の話は、第6王子の弟のルッキオのところに回って来た。

 実際にやって来たのは王弟である叔父だ。


「いやしい母を持つお前を、どうして今まで養育してやったと思う?」


 いきなり、ディスりから入ってくるのは、昔からだ。

 その、いやしい風呂番の女に手を出したのは、やんごとなき御血筋の父王だけどな。

 おかげで母は、嫉妬深い正妃の手の者に毒を飲まされそうになったり、川に落とされたりとルッキオもろとも、いろいろ死にかけた。


「今こそ、王家に恩を返すとき」


 恩かぁ。


「ですが、魔王のお望みは姫では? 王族の娘を所望されたのではないのですか?」

 一応、聞いてみた。


「――性別は言及されていなかった」


 そうですか。


「しょせん生贄いけにえだ。性別は問わぬだろ」


 生贄いけにえって。人質から一気に進んだな。


「出立は準備ができ次第、すぐだ。支度せよ」


 いやだという権利はなかった。




「それで、ぼくは魔王の国へ行くよ」

 ルッキオは、別な場所に住んでいる母に報告に行った。できるだけ、しんみりとならないように別れを告げた。


「気をつけてね」

 そう言ったルッキオの母のには、赤ん坊が抱かれていた。


 王は、自分のお手つきを、ずいぶん前に臣下にさげわたした。

 夫婦仲はよいみたいだ。子供も3人めだ。

 母を安心してまかせられる人だ。


 気をつけてって、道中の無事を祈るってことかな。魔王の国に行ったら気をつけようがないものな。


 


「王弟さまが、ご一緒してくださるのかしら」

「いや。祭祀さいし行事扱いで、神官の高位の方が同行してくださるとか。あと、国家公務員の方が」

「そう」


 ルッキオには、くわしいことは知らされていなかったが、余分なことは知らされていた。

 

 ルッキオに随行ずいこうする従者だが。

 その従者、王に不敬を働いたとかで謹慎処分を受け、島流しか、第6王子の従者になるかの二択を迫られたものらしい。



(ぼくなら、島流しを選ぶけどなぁ)


 ルッキオは思った。

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