第3話  同行者

 正しくは『 王のアシのウラ 』ではなく、『 王の●●● 』と書いたと告白したあと、ナーソーという従者は黙った。 


 がらがらと車輪を鳴らして、4頭立ての馬車は進んだ。

 山路に差し掛かったようだ。

 木々の緑が馬車の窓を流れていく。

 

(これがピクニックだったら楽しかったのにな)

 ルッキオは、ため息をついた。


「ところで、ぼくたちの足元に置いてある、この固いの。甲羅にみえるのですが、ちがいますか?」


 馬車に乗ったときから、ルッキオの足元には違和感があった。


「カメですよ」

 当たり前だろうという目をして、ナーソ―が言った。


「カメ。あの。カメですか」

 ルッキオは確認する。


「どのカメだと?」

「すいません。ぼくの認識より、ずいぶんと大きなカメで」


 ルッキオの足元のカメは、ほぼ、馬車の床を占めていた。


「なんで、カメを連れて来たの」

 ルッキオの問いに。


「甥から託されたカメです。残していけませんから」


「そうか。それにしても、でかいカメだね」


爬虫綱はちゅうこうリクガメ科リクガメ属に分類されるカメのうち、ガラパパゴス諸島産の複数種です」


 ナーソ―の説明は続いた。 

 自分の得意分野になると、話長くなるタイプの人だ。

 

「ガラパパゴスゾウガメ種群です。最大甲長こうちょう135センチメートルというのが、過去の文献に記録があります。縁甲板えんこういた後縁こうえんは弱くとがり、全身は灰褐色や暗褐色や黒。吻端ふんたん(目と目の間)やアゴ、ノドが黄褐色になる個体も。吻端ふんたんは突出せず、鼻孔びこうは円形と、王室字引の〈ウキウキぺディア〉に書いてありますよ」


「今度、読んでみるよ」

 ルッキオは適当な相づちを打った。

「でも、床が、ほぼカメでいっぱいで。ねぇ、気づいてる? ぼく、遠慮して爪先立ててるんだ。もう足がしびれてきたよ」


「そうですねぇ。では、カメの甲羅に足を乗せてもかまいませんよ。馬車を降りるときに、足首から先があるかどうかは保証しませんが」


「……」

 ルッキオは足元の甲羅を見つめた。

「横座りになるからいいよ」


 馬車は4人乗り。向かい合った座席を、それぞれ、ルッキオとナーソ―が占めているのだから、横座りになれば解決する。


「ハハ。冗談です。ラピスは、おとなしいやつです。野菜と果物しか食べません」

 ナーソ―は、書いたような笑い方をする。


「そうか。じゃ、遠慮なく。ラピス、足をのせさせておくれ」


 ルッキオが、そっと甲羅の頭側をのぞくと、奥で黒曜石のような二つの輝きが、としたようだった。


「ただし、土足厳禁です」

 靴のまま、カメの甲羅の上に足を乗せかけたルッキオに、従者の注意がとんだ。


「——まぁ。だね。でも、王族の馬車旅は急に賊に襲われたりしたときの対処法として、靴を脱ぐとか有り得なくない?」


「小国の、ましてや第6王子を誰が襲うんです?」


「いや、昔、敵対していた国の残党が襲ってきて、身代金を要求するとか」


「どのくらい要求すると、お考えですか」


「50マンエン……、かな」


「王子にしては、やっす


「じゃ、110マンエン……」


「びみょう」



 結局、ルッキオは大判のハンカチーフをカメの甲羅の上に敷いて、足をのせたのだ。

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