第7話  兵士たち、へべれけ

 神官助手の 〈空気K読めないY君〉と従者ナーソーと、ルッキオは食堂で円卓を囲んでいた。

 そこへ兵士たちが食堂に、わらわらと入って来た。

 皆、一様に、きれいになっている。


「いいお湯でした」

 ルッキオのところに、ちょびヒゲ隊長が挨拶に来た。


「お先に、いただいてます」

 ルッキオは、2本めのソーセージをフォークに刺した。


 ナーソーも神官助手も、ばくばくと大皿の料理を口に運んでいた。普通は王子が同席していたら、遠慮しないか? 

 さいわいなことに、おばちゃん女給は、大皿が空になる前に次の料理を置いていく。

「シチュウです。熱いから気をつけてくだせい」


 両手がついた中ぐらいの鉢は、やっぱり茶色の釉薬がかけてあるものだ。ぽってりとしたフォルムを両の手で触れていると、いくぶん、ルッキオは、ほっとした。

 一人分ずつ分けてあるのは、助かる。


 兵士たちは、〈予約席〉と書いた札を置いたテーブルに通されていた。


「おそろいのようでしたら、メイン料理を運びましょうかね」

 宿のあるじが、にこやかだ。


「おぉ、頼む。それから、もう1杯」

 役人が、すでに赤い顔でビアーのジョッキをあげた。


「こっちにも」

 兵士たちが手を挙げる。


「へぇ。自家製葡萄酒もありますよ。よろしければ、お土産にもいががすか」

 宿の主は商売上手のようだ。ルッキオのそばに、モミ手で立っている。


 こんな山奥に、貴族の訪れなど滅多にない。

 稼げるだけ稼ごうとしているのが見てとれる。


「あいにく、持ち合わせがないんだけど」

 ルッキオは丁重に断った。


「いえ、王子さまには1ダースほど進呈いたしやす」

 宿の主は申し入れてきた。

「このたびは王子さまのおかげをもちやして、戦が終わるんで」

 視線は、こびるものではなかった。


 だが、その前に。

 仮にも一国の王子に、旅篭はたごあるじが直に話しかけてるって、セキュリティ甘くないか。兵士どもよ。庶子の第6王子だけどさ。


「だったら、今、ビール1ダースと葡萄酒1ダース、皆にふるまってくれる?」

 ルッキオは思いついて、交渉してみた。そばで、ナーソーが、「……王子、強欲」とつぶやいたのは気にしない。


 それから、かぐわしい香りとともにメイン料理が運ばれてきた。各丸テーブルに、どんと置かれたのは、ローズマリーの枝が添えられた豚肉のソテーだ。

 急いで、ルッキオはフォークとナイフを持ち直した。




 そして、その夜は少し涼しかった。

 風呂上がりに、ルッキオは外に出てみた。


 役人と神官と兵士は1ダースのビールと、1ダースの葡萄酒で酔いつぶれて夢の中だ。

 意図したことではないが、今なら逃げることができる。


「……」


 だが、夜の森には獣がいるだろう。頭からかじられるのは、ごめんだ。

 逃げ切れたとして、どう生きていく? 身分を詐称さしょうする?

 

(ぼくは、まだ子供だ。何の力もない)



 空を見上げると星がきれいだった。


 『王子さまのおかげをもちまして、戦が終わる』と、宿のあるじは言った。

 

(ぼくが逃げたら、戦が、またはじまるかもしれない)


 その前に、ルッキオが逃げたら同行している諸士もろもろ、厳罰に処されるだろう。


(極寒の地に島流しは、かわいそうだよなぁ)


 ナーソーが不敬罪の上に王子の監督不行き届きで、次にどんな処罰が下されるかは見たい気がしたが。


 そのまま、ルッキオは馬車のところへ行ってみた。

 扉を、そっと開けるとカメの甲羅が見えた。カゴの中の果物はなくなっている。


「バ、バナナの皮まで食べたんかい」

 ルッキオは、ちょっと驚いた。

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