第24話  ルッキオ、記憶を失くす〈前編〉

 UUUUU。

 銀のホールケーキは上空を旋回した。


 帰ってこないルッキオを探すため、アーフェン王子は〈オスのミツバチ〉を放った。そして、〈オスのミツバチ〉は森で、ぶっ倒れているルッキオを発見したのだった。もちろん、豚も回収された。


 ルッキオは寝台の上で目覚めた。

 寝台から半身を起こそうとするルッキオに、そばにいたナーソーが気づいた。

「お目覚めですか」


「ここは、どこ……」

 目覚めた者が、まず言いがちなセリフ、ナンバーワンをルッキオは口にした。


「ケルンテン辺境伯の森の館です」

 ありがちの状況説明をナーソーもしながら、水差しからエタン製のシンプルなマグカップに白湯さゆを注いでルッキオに差し出した。

 コップを両の手で受け取ったルッキオは、「ありがとう」と礼を言ったので、ナーソーは、おおげさにちいさな目を丸くした。

「王子が召使いに礼を言うとは!」


「王子? 誰が?」

 ルッキオは怪訝な顔をした。そして、「君は誰?」と、おびえた様子でたずねた。


「記憶喪失ですか!」

 片メガネの魔人、アーフェン王子の側近であるイスゥが、タイミングを計ったように部屋の扉から飛び込んできた。

「お約束の展開ですか!」


「『入れ替わってる!』よりは古典です」

 ナーソーは、ルッキオから飲み干したコップを受け取った。


「さてと、自分の名前を思い出せるかな?」

 イスゥは、寝台のルッキオのそばで姿勢を低くした。


「うーん。思い出せません」

 ルッキオは額に右手を当てて考え込んだ。


 すぐに医者が呼ばれた。

 医者は、「落馬による頭部打撲によるショック」と診断した。


「なんということか」

 診察に同席したイスゥは顔色を曇らせた。

「一時的なものでしょうか。回復しますでしょうか」


「なんとも申し上げられませんな」というのが、医者の答えだ。



 イスゥから報告を受けたアーフェン王子は、「まぁ。忘れてもたいしたことない人生だから、いいんじゃないか」という意見だった。「予定通り、行程を進める」


 ケルンテン伯は、「わが領地で、すまないことになった。養生してくれ」と、今回ばかりはワハハハの大笑いなしで、ルッキオを心配した。

「好きなだけ、ブタ料理を食べていけ」


「ありがとうございます。ぼくの人生はこれからなので。これから、新しく記憶を積み重ねて行けばいいんです」

 ルッキオは遠慮なく、焼いた豚ローストポークゆでた豚ブタしゃぶ揚げた豚トンカツをほおばった。豚は、どう調理してもうまい。


「くっ。健気なことだ」

 ケルンテン伯は感極まってルッキオを、その厚い胸に抱きしめた。


 それはルッキオにとって暑苦しくはあったが、安心するあたたかさもあった。

「なんだか」ルッキオの頭の中に、もやの中の向こうにある記憶の画像が浮かぶ。

「なんだか、こんなことが昔、あったような気がします。誰か、ぼくを抱きしめてくれて——、父だったかも。父が、『おまえは、私のたいせつな宝物だ』って言ってくれたような——」


「そうか、そうか」

 ケルンテン伯の、つぶらな瞳から涙があふれた。

「ルッキオ、おまえは、わたしのたいせつな宝物だよ」

 ケルンテン伯はルッキオの何もかもを包み込むように、ささやいた。


「お父さん!」

「ルッキオ!」

 ひしと、ルッキオとケルンテン伯は抱き合うのだった。


 まわりのケルンテン領の者も、あふれる涙を止めることができない。

 王子付き従者としてひかえていたナーソーだけは、「記憶の改ざん……」と、ぼそりとつぶやいた。

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